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「食べるラー油」の事例から、ヒット商品の難しさと食品開発の醍醐味を語ろう。

 桃屋から「辛そうで辛くない 少し辛いラー油」が発売されたのは2009年のことだった。

桃屋HPより引用。このフォントも素晴らしい。

 ちなみにこの商品が発売された背景に、その前から「沖縄系ラー油」と呼ばれた「具材入りラー油」が少しずつ広がりかけていたということがある。

 しかし、この商品が日本全国にもたらした爆発はその比ではなかった。

 僕は、初めて食べた時の衝撃を今でも覚えている。
 ラー油ってそれまで餃子食べるときにしか使ったことがなかったのよね。
 でもこれは、食べた瞬間に新ジャンルだと思った。

 ザクザクした食感、尾を引くうま味、ちょうどいい辛味。 少し人の注意をネーミングまで含めて、リリース時点でほぼ完璧な商品だった。

 ブームになった頃は本当に手に入らなかったし、手に入った時は狂ったように何にでもかけていた記憶がある。 冷ややっこ、うどん、なんなら白米にそのままかけて食べてたような気もする。ヤバい奴だな……。

 技術的な面から言うと、さっきも書いたけどまずあのザクザクした食感をキープできているのはスゴい。そして味わいも、香りとうま味、そして適度な辛味に絞られていたのがとても良かった。下手に強い味とかがついていないからこそ、色々なものに混ぜて使うことが出来る。

 あと、桃屋が「ごはんですよ」や「キムチの素」で瓶詰ラインを持っていたのは大きかったと思う。

 食べるラー油、ボトルじゃ具材が出せないんだよね。瓶は酸素を通さないから、油の劣化も少ない。そして中の具材感をはっきり見せることが出来る。包材も含めて素晴らしい商品と言えると思う。

 それにしても、もう15年近く前の話なんだね。あの当時にスーパーで買い物する習慣があった人はあの狂騒曲は覚えてるんじゃないかな。本当に棚が空っぽになってたんだよね。
 今振り返っても、ここ20年の食品業界を代表するヒット商品の1つだと思うよ。

 さて、このヒットを受けて桃屋の売上も利益も爆増した。 2009年1億円くらいだった営業利益は、2011年に24億円近くにまで到達している。桃屋は上場してないけど、上場してたら何回ストップ高叩き出してただろうね。

2009→2010の伸びがエグい。日経ビジネスより引用。

 この間売り上げは20億円くらいしか増えてないんだけど、これはスーパーに販促費を殆ど出さなくても、つまり値引きをしなくても、メーカー希望小売価格で売れてたって事だと思う。凄い商品だよ。

 ただ、ここが食品の難しいところでもあるんだけど、「大ヒット」や「ブーム」を作ってしまうと、後が怖い。

 まず、確実に他社が参入してくる。 ご多分に漏れず食べるラー油にはいくつも入ってきたが、スパイス大手の一角であるヱスビー食品が入ってきたのは大きかった。競合が入ってきた方が市場は活性化するけど、売上が何倍も上の会社。発売後7ヵ月で「おかずラー油」という商品をリリースしている。この速度はなかなかエグい。
 あ、ヱスビーの「ヱ」は「エ」じゃないので注意しようね。

 そしてもう1つの難しいところなんだけど、今までなかった食品がブームになると、確実に飽きが来てしまうんだ。

 ラー油市場の規模は、食べるラー油が発売された2009年から2010年にかけて、7倍近くになっている。食べるラー油以外のものがそこまで売り上げを伸ばしたとは考えにくいから、競合品も含めて100億円くらい売れちゃったわけだね。

東洋経済オンラインより引用。2008年にラー油市場の市場規模を測定してたのがすごい気もする。

 100億円売れる商品ってあんまりイメージは湧かないと思うけど、大手の食品メーカーでも多くて両手で数えられるくらいしか持ってないと思う。それくらいです。

 しかし、ラー油市場は2011年には半分強、2012年にはさらにその半分としぼんでしまった。それに連動する形で、桃屋の営業利益も5億円ほどにまで落ち込んでしまった。 1/5くらいになってるから、これはちょっとキツイ。

 ただ賢明だったのは、その間桃屋はどうも大きい投資はしてないみたいなんだよね、調べた感じでは。それは良かったと思う。ライン投資をした後で商品が売れなくなると、マジで地獄だから。

 内輪の話になるけど、食品メーカーにとって欠品は特にキツいんだよね。
 小売店からは「しょうがないのはわかるけど、利益が取れるものだから早く供給してほしい」という供給責任を問われる。メーカー側も、出せば確実に売れるのがわかっている状態で供給できないのは、利益を得る機会をみすみす見逃してしまうことになる。

 そして何より、商品を求めているお客様にお届けできないのは辛い。そのせいで食べてもらえないかもしれないというのは、メーカーとしての使命そのものを果たせてないようなしんどさがある。

 ちなみに、ここまで大きなブームじゃなくても、一時的にこういう現象が起こることはある。 ちょっと前だと「マツコの知らない世界」で食品が扱われるとやばかった。今は「ジョブチューン」
 テレビの力は昔ほどはないとかよく言われるけど、食品ネタって普通にSNSで拡散されるから、普通に爆発するんだよね。弊社も「ジョブチューン」とかの話が聞こえると営業がちょっとピリピリする笑。
 この反動が大ヒット商品、ブームの怖さと言えるだろう。

 ではその後食べるラー油はどうなったのか。これは言うまでもないよね。
 定着しました。

 ブームで去ってしまう商品っていっぱいある。けれど、全盛期のような売れ方はしなくとも、食べるラー油はちゃんと食生活の一つに組み込まれたんだよね。証拠に、今でもよほど小さいスーパーじゃない限り、大抵のお店の棚には並んでいる。

 これはやっぱり商品力の高さがなせる業なんだよね。
 本当にいい商品は、残る。

 僕も一時期のように食べなくはなったけれど、半年に一回くらい何となく思い出しては買って「やっぱり美味いなぁ」と思いながら、カロリーと相談しながら食べている。 これ結局油だからカロリーだけは心配なんよね……。

 僕は自分の就活の面接の時にも、リクルーターとして学生と話すときにも、食品メーカーの魅力は「大ヒットもロングセラーも同時に起こせること」と伝えている。
 その事例の一つが、まさにこれ。

 多分、日本が無くなるその日までスーパーの棚から「食べるラー油」が消えることは無いんじゃないかなと思う。
 それはつまり、食文化の一つを作ったと言えるだろう。

 食品は誰もが食べるものだから、一度ブームが起こった商品は誰もが一度は口にしている、と言えるかもしれない。1億人が自分の商品を食べているって、すごいことだよね。
 iPhoneのシェアは50%くらいだけど、食べるラー油を食べてたことのある人はきっとそれより多い。
 それは本当に、誇れる仕事だと思う。自分が開発してたら、死ぬまで自慢できると思うね。

 重ねて言うけど、やっぱりこれは商品としての完成度の高さがあっての話。 ここまでの爆発的なヒットはそうそうないのだけれど、こういう商品、ひいては文化を作ることが食品メーカーの仕事の醍醐味なんじゃないかな。

 というわけで、「辛そうで辛くない 少し辛いラー油」の事例から、ヒット商品の難しさと食品メーカーにおける開発の醍醐味について語りました。

 それでは皆様、よいラー油ライフを!

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