私が気になる彼は(佐藤Ver.)【短編小説】1300文字

14時。もうすぐバイトが終わるのに外は薄暗くて、急ぎ足で歩いている人の顔は傘で隠れている。やめてよ、気持ちまでどんよりしちゃう。
お客さんの出入りが多いからか、パンまで湿気った顔をしている。
んなわけないか、冷房しっかり効いてるもんね。

朝は8月にしては柔らかい日差しだったから自転車で家を出た。
こんなことなら疑って天気予報見とけばよかった。
アプリを確認すると夕方には晴れるみたいなので、近くのカフェ兼レンタルショップ兼書店に行くことにした。最近この手のお店が多い。兼化粧品売り場っていうケースもあってスキ。
バイト帰りについ寄ってしまう。特にここはDVDの格安ワゴン販売があって、よくお気に入り芸人のライブDVDが売られている。
ついこの前もここで売られていて、今度見かけたら買おうと思っていた。
いいんだ。どうせかわいい服を買ったって見せる相手いないもん。

独り占めしたかった相手の背中を押してしまった。後悔はしないようにしている。夏休みが終われば学校で会えるし、きっとあたしが1番仲が良い女子だと思うし。
彼が悩んだりふらふらしている姿を見ているのがもどかしくなっただけ。

「あ・・・」
格安ワゴンにまだあったDVDが他の人の手に取られた。
その人はあたしに気付いていないみたいで、パッケージを見てすぐレジに持っていった。
ちょっと悔しいけど、あたしの他にもあの芸人を好きな人がいるんだという安心感でほっとしている。見たかったけど。あれ、レンタルにはないんだよね。

カフェでホットココアを注文して席を探す。通りに面した窓側のカウンター席の1番端っこが空いている。
スマホをテーブルにおいて触りながら、カップの中で浮くマシュマロをスプーンでつつく。あたしも溶けてみたい。

ガチャン。
隣の席に座った人のトレーが音をたてた。こぼしてはいないみたい・・・あ!
「DVD・・・」
あの芸人のDVDを買った人!
「?コレ?」
「そう!あたしも買おうと思ってたの。レンタルになくて。5年前のライブ映像だよね。あたしそれ小学生の時に生で観たことあって。」
「僕も!姉ちゃんに無理やり連れて行かれたんだけど、僕の方がハマっちゃって。別にお笑い好きってわけじゃないんだけど、この人たちのコントはさ、癖になるというか、いろいろ観たくなるんだよね。」
「え!じゃあ観たのって一緒かな?ここら辺に初めてできたライブハウスで・・・」
「そう!ライブハウスだった!バンドじゃないんだって思った記憶がある。」

行き交う人は傘を閉じて上を向いて歩いている。マシュマロは溶けちゃったけど、あたしの気持ちは晴れやかになった。
この芸人について語り合った。変なの。こんな話をできる人がいるなんて。
遊園地や水族館デートの相手が先だと思ってた。
「よかったら貸そうか?」
「いいの?でも、一緒に観ながら話したいね。持ち込みで観れるとこあるかなー。」
深い意味なんて全くなかったの。
「あ、うち来る?今日はもう遅いけどここから近いよ。バイトない日だったら夏休みヒマだし。」
おっと!まぁいっか。同じくヒマだ。
「じゃあ、うちにあるDVD持って行くね。前座のやつとかあるよ。もうなんでこんなDVD作ったんだろっていうやつ。売れないだろうに。」
「買ってるじゃん!」

「あたし、山之下高校で1年だよ。佐藤です。」
「えっ、一緒!瀬戸です。」

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