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幸せ おすそわけ【短編小説】1200文字

「ちょっと!それどうしたの?テニスボール・・・ん?」
リビングで英語の参考書を読んでいると、お母さんが、今は購入しないともらえない貴重なスーパーのビニール袋を両手で持って、現れた。
「おばあちゃんのとこの柚子よ。ほら、高い所はおばあちゃん取れないから」
車で30分ぐらい、家の周りは田んぼか畑のTHE田舎に、私のおばあちゃんは一人で住んでいる。
せいが東京の大学に決まって家を出る時、私たちと一緒に暮らす話も出たんだけど、おばあちゃんにははぐらかされた。
「柚子の木だってまだ元気。実をつけなくなったら、考えるわね」
おじいちゃんが旅立ってメンテナンスする人がいなくなっても、毎年必ずおばあちゃんの柚子は実をつけている。今年はやけに元気みたい。

「この前持って帰ってきたやつ、まだあるよー。柚子風呂もいいけど、やっぱり何か作ろうよ!パウンドケーキ?マドレーヌ?シャーベット・・・は寒いか」
「何言ってんの。今日のはご近所さんに配るわよ。あとはお母さんが柚子味噌でも作ろうかしら。晴香はるかは・・・この前の模試イマイチだったんでしょ?」
地元の短大に狙いを定めてはいるけど学部に迷っていて、今一つやる気が出てこない。ここに合格できるか、正直怪しい。
「気分転換したーい!」
「何言ってんの。机に向かってる時間より気分転換してる時間の方が長いんじゃないの?」
いつの間にか手にしていた英語の参考書はスマホに代わっていた。

「じゃあ、柚子茶でも作ってみたら。晴香には物足りないかもしれないけど、できたらおばあちゃんに持っていくわ」
おばあちゃんがよく作っていたもの。
氷砂糖と柚子で作るおばあちゃんの柚子シロップ。
大きなビンに入った氷砂糖と柚子は、おじいちゃんが混ぜる係なんだって聞いていた。
おばあちゃんの大事な思い出を横取りするようで、作る気にはなれなかったけど。
「氷砂糖はないのよ。でもほら、グラニュー糖でジャムみたいにして作れるんじゃない?柚子って血圧下げたりむくみを解消する効果があるみたいだから、おばあちゃんには食事で摂取して欲しいのよねぇ」
「おばあちゃん、どっか悪いの?」
「まぁ、お歳だから」
私はスマホで検索してみた。

お母さんが私の手のひらを覗き込む。と思ったら離れる。
「老眼かしら。最近ピントが合わなくって」
「お歳でしょうね。柚子って老眼にも効くの?」
「それは知らないけど、中性脂肪を下げるみたいだからお母さんも積極的に摂らなくちゃ!」
「そだねー。でも、グラニュー糖も結構使うみたいだから、1日1杯とか決めなよー」
私はスマホで検索した大体のレシピをインプットして、キッチンに向かった。


「おばあちゃん、はいこれ。晴香が作ったのよ」
「まぁ、柚子の」
「おばあちゃんの作り方じゃないけど、ハチミツとお砂糖で作ったのよ」
「晴香ちゃん、忙しいのにねぇ。毎日これを飲むの、楽しみにするわ」
「いい気分転換になったみたいよ。食物栄養学科に決めたみたいだし」



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