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2013年9月11日「無題」


「きちんと死骸は燃やさないといけないんだ」

 少年はそう言って狼の死骸を脇に置いて焚き火の準備を始めた。
 狼は舌をだらりと垂らして横たわっている。
 腹にはむごたらしくナイフが突き立って、今もなおそこから血がどくどくと流れて草を赤い色に染めていた。

 空には丸い月が上がり、青白い光を放っている。


「でもかわいそうじゃない?」

「でも、ほっておいたらたくさんの人々が殺されてしまう。仕方のないことなんだ」

「狼になる前はどうだったの?」

「すごくいい奴だった、というか親友だった。でも村のみんなもいい奴だと思っていたと思う」


「狼になると人間の心は失われてしまうの?」

「それはわからない。ただ人を襲うのは確かだ。何しろ僕の両親は狼に殺されたからね」

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ある山間の村の中央の広場で、あたしたちは焚き火をした。狼の死骸を燃やすために。

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「こんなことを聞いたことがあるよ」

「なに?」

「ある処刑人がいた。ある独裁者が次々と死刑判決を出し、処刑人が受刑者の首を次々と鎌で切っていく。処刑人は2つのことを恐れていた。…1つは、独裁者が処刑人自らに死刑判決を出すこと、もう1つは革命が起きて独裁者が殺されること。そうなれば今まで殺してきた人々の家族がきっと処刑人を八つ裂きにしてしまうだろう、と彼は思ったんだね。」

「…」

「で、実際には後者が起きた。独裁者はパレードの最中にみじめに殺され、頭と右腕と金玉を切断された。本当はもっと死体を辱めようと思ったてらしいけれど、なんだかやっている途中で空しくなったんだって…。まあ、で、処刑人はぶるぶると震えた。今にも暴徒が自分の家に押し入ってくると考えて家の片隅に隠れてじっと息を潜めていた。しかしいくら待っても誰も押し入ってこない。その内食料も尽きてきて、たまらず家の外へ出てみた…革命のときはあれだけ大騒ぎしていた街は静まり返っていた。それなりに市場はあって、にぎわっていたけれど、なんていうか、もう普通だった。広場に行くとデモが起きていた。でもそれは市民による選挙で選ばれた市長の汚職に対する抗議だった。処刑人のことを気にする人間はどこにもいなかった…。その後処刑人は街はずれの丘、元処刑場があった場所に行き、さび付いてしまった鎌で自ら首を切ったんだって…」

「その話がなんの関係があるんだ?」

「ん、なんとなく。あなたのことを見ていたらその話を思い出しただけ」

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