2013年5月22日の雑文


 そう、僕は白衣の天使の目の前にいる。

僕は彼女に採血をしてもらっている。彼女は

針を用意し、それを僕の体の中に突き刺す…

ナースを見ると僕はクリミア戦争のことを思い出す。

ロシアとトルコとの戦争に、それぞれの思惑をかかえて

ヨーロッパ諸国が介入する。そんな戦争にナイチンゲールは

赴いていった。傷ついた人々を介抱するために。

家柄の良い娘なのにもかかわらず

泥や血に汚れることもいとわずに。


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 汚濁に手を伸ばせば届きそうな人間には

貧者に手を伸ばすことはできない。触れてしまえば

触手が爪や傷口の間から忍び込み、

その人を汚濁そのものに変えてしまうからだ。

結局のところ地獄に手を差し伸べることができるのは

神の保護を受けている者、

地の底へ墜落しないという保証がある者のみなのだ。

もちろんそれは観念的な話しにすぎない。それはもちろん

そういう闇を抱えた人間だって老人の荷物をもったり、

傷ついたものを抱えて病院へかけはしるなどということは

するだろう。しかし行為の純白さと内面の

汚濁さは関係ないのだ。

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 天使の末裔がこの病院にはうようよしている。

しかしそのありようは様々だろう。医者の玉の輿にのろうとしている

輩もいれば本当に純粋に奉仕の心を持って天使になる人もいる。

ただ単に仕事だからやる人もいる。もちろんどれも尊い。

内面と行為は関係がない。というよりもそれらを関連付けて

話すことにはあまり意味がない。そもそもその2つは不可分であるともいえ

るのだから。


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 少女は額を床にこすりつけて泣いて謝る。少女はずっとこうやって

生きてきた。誰かが自分を攻撃したときに、こうする以外の対処の

方法を知らなかった。別に彼女の知性に問題があったとかそういうことじゃない。

ただ知らなかった。誰もそれ以外の方法を教えてはくれなかった。

ただそれだけのことだった。そして狼はきちんとそのことを見抜いていた。

だからこそ彼女を選んだのだ。


「お嬢さん」

 にっこりと笑って狼はいう。

「君は何も謝る必要はないよ。だって君は悪くないもの。

罪のない人が謝ることはできないんだ。

世の中にはわけのわからないような罪悪感をあおって

人を支配下に置きたがる奴がいるが、そんなやつのいうことを

聞く必要はない。」


 狼の言っていることは少女にはよくわからなかった。けれど声のトーンや

表情、しぐさがとても愛くるしく優しそうだったからきっと少女にとって

利益になることを言っているのだと判断した。

それは仕方のないことだと思う。子ども

というのはみんなそんな感じで

色々なことを判断しているのではないだろうか。


 少女は安心したようにすがりつくように手を伸ばす。狼は

しっかりと彼女の体を抱きしめてあげ、そして耳元でこうささやく。

「そう君は謝る必要がないし、意味もない。

だってこれは一方的な虐殺だからね。

僕はいかなる意味でも君の個性には着目していない。

たださらいやすそうで体の感触が気持ちよさそうだったから

選んだだけさ。君の獲得した肉体上および精神上の

特質について、君はなんの責任を持たない、

少なくとも僕はそう考える。それはつまり君が許される、

すなわち陵辱をうけることを免れる回路が存在しないということだ。

だから君は何の心配もすることなく泣いてわめけばいいのさ。」


 彼女はやはり狼の声のトーンで彼が何か不吉なことを

話しているのだと判断して身を震わせた。

しかし決して彼女は狼から逃れることはできなかった。

だって狼はしっかりと彼女の体を抱きしめていて、離してはくれなかったの

だから。

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 不穏な空気を感じ取った少女は身をよじって狼から逃れようとしたが、

狼は少女の体をがっちりとつかんで離さなかった。しかし

その時、外壁をよじのぼって少女と狼がいた部屋に忍び込んだ

者がいた。それはポーランド出身の騎士であった。

狼は完全に油断していたので

侵入してきた騎士の存在に気付かなかった。だから

騎士は簡単に狼の息の根をとめることができた。背後から

ナイフでぶすり。それでいちころ。狼はよだれに満ちた

下をだらんとはきだして口の横にぶらさげ死んでいった。

白目をむいて鼻水をたらした間抜けな死に面だった。


 ポーランドの騎士は少女を抱きしめて彼女の耳元でささやく。

「もう大丈夫だ。安心していいんだ。」

少女はもちろん騎士の胸でわんわんと泣いた。

当然だ。あとちょっとで醜い獣にめちゃくちゃにされて

しまうところだったのだ。きっと彼女は自分を助けにきてくれたのが

薄汚い乞食だったとしても喜んで口付けをしただろう。それが

端正な顔立ちの騎士だというのだから嬉しさ、安堵さはひとしおである。

だからもう彼女は身も心も完全に騎士にゆだねてしまったのである。

窓の外では月が煌々と照っている。

闇に沈む木々の枝先でふくろうがほーほーと鳴いている。

差し込む光に照らされて2人はいつまでもいつまでもあつい抱擁を続けてい

ましたとさ。めでたしめでたし。


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まあこんなところでいいだろうね。


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