2012年11月23日「対話」

「どうしてあの子を殺したの?」

「あの子は確かに虐げられていた。朝から晩までこきつかわれて、ろくに食事もあたえられず、冷たい床の上で寝かせられていた。その点では確かにかわいそうだったと思う。でも俺にいわせればそこまでされて黙っているっていうのはもうその劣悪な仕組みを肯定しているのと同じなんだ。奴隷扱いされてそれを我慢するというのは人を奴隷扱いするのと同じくらい罪なのさ。だから殺した。」

「全ての人がそんなに強いわけないじゃない。虐げられて、それで生きていくのが精一杯だったんだよ。反抗することなんて考えられないくらいに弱っていた。そんなあの子の苦しみをどうしてわかってあげられなかったの?」

「俺にいわせれば違う。奴隷にされて、はむかう気持ちももてないくらいに弱ってしまったということは、もう心を壊されたのと同じだ。いいか、心を壊された人間はもう人間じゃない。いわば「奴ら」のいいなりになって動く人形かゾンビみたいなものだ。そんな奴らに同情するのは
間違っている。だって奴らには心なんてないんだからな。するべきでない同情をして戦術に狂いを生じさせるのは間違っている。君の言い分はね、戦車や銃には罪はない、だから敵の武器は壊すなといっているのと同じだよ。そりゃ確かにただの物に罪はない。だけどそれをいうならただの物を壊すだけの俺たちにだって罪なんてあるわけない。」

「彼らは好きで奴隷になったんじゃない。ある日突然どこかから奴らがやってきて、人々が奴隷になるしかない仕組みを作り上げてしまった。もうそうなったら従うしかないじゃない。生きるために。彼らには確かに心はあるよ。心があるから生きたいんじゃないか。生きたいから地獄のような毎日にも耐えるんじゃないか。そんな人々の気持ちを無視して武器やゾンビだから壊してしまっていいなんて、なんていうかあなたはとても優しくない。」

「そりゃあ自分から好き好んで奴隷になるやつなんていないさ。もしそんなやつがいたら俺はそれこそ遠慮なくそいつを殺すね。それはなんていうか、「生」というものが持つ尊厳に対する重大な侮辱だ。そうでなくても少なくとも重大な過失だ。…まあいいや問題は奴隷になることを強制されたやつのことだったな。しかしまあそれは災害みたいなものだよ。ある日突然津波か地震に街は襲われた。人々は全て死に、その死体を魔術師が操って自らの兵隊にした。その兵隊が隣の街を襲ったとき、「兵隊に罪はないから殺すべきじゃない!」なんていってられるか?やっぱりさ、それとこれとは話が別なんだよ。全然別。もうすでに心は壊されてしまったんだからな。」

「あなたは私とは相容れない。そんなたとえ話は決定的に間違っている。」

「相容れないって初めから言っているじゃないか。」

「あなたは勘違いしている。どんな存在も永遠には空を飛び続けることはできない。必ずどこかの時点で地上に降り立たなければ、空を飛ぶことはできないんだ。あなたはそれを勘違いしている。」

「そのたとえ話も大分ピントがずれていると思うな。」

「さよなら。」

「うん。じゃあまた。」

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