2013年2月15日「空想の日記」


 自分は若さを食いつぶして一体何を手に入れたのだろうかと

時々考える。知識だろうか?経験だろうか?経験なんてものは

何もない。ただ浄水場で僕はひたすら働いていただけのことだ。

しかしその職場も僕は逃げ出してしまった。敷地のはずれにある

森の中にあった小屋。そこで僕は近所の高校生の男女が

睦みあっているのを見て、絶望感にうちひしがれてしまった。

木箱の上に足をのせて、ささくれだった窓枠で手のひらを

傷つけ、泥まみれの作業着で、こんな世界の果てみたいな

森の中で僕はなんでこんなのぞきをしているのか。

考えたら馬鹿らしくなってきて僕は逃げ出したのだ。


浄水場の仕事は楽ではなかった。…しかしそのことについては

今語らなくてもいいだろう。僕は今日のこと、すでに

12時は回ってしまっているから正確には昨日のことについて

考えようと思う。


 僕は朝、ビスケットとミルクで簡単に朝食をすませてから

家を出た。ダウンジャケットの中にセーター、それから

チノパンの下にはスウェットを着込んでいた。これは

僕の考えうるかぎり最高に暖かい格好だった。

これ以上さらに何かをきこんでしまってはもこもこになりすぎて

身動きが辛くなってしまうので、どんなに寒くても

僕はこれ以上の厚着をしたことが今までにないのだ。

そんな格好で僕は家を出たのだ。

 そしてすぐに事件が起きた。僕は狐においかけられてしまったのだ。

なぜこんな街中に狐がいたのかはわからない。

僕は東急の高架下へとフェンスをよじのぼって逃げ込んだ。

しかし狐は巧妙にフェンスをくいやぶって中へと侵入してきた。

僕は高架下の工事用資材がおかれている広場で

狐と一通りおいかけっこをした後にそこから逃げ出した。

しかしなおも狐は僕のことを追いかけてきた。

僕は公園に逃げ込み、滑り台の頂上へと

のぼった。地の利をいかして、狐を迎え撃とうと

思ったのである。狐は滑り台のふもとをうろうろと

歩き回ったあげくにその場に座り込んで目をつむった。

僕は狐の様子をじっと見つめていた。まさか僕が音をあげて

下に降りていくのを待っているのだろうか。

そう不安になってじっと狐の様子を伺っていたのだけれど、

いきなり狐の顔が歪み、僕は背中に氷を一粒入れられた

ような気分になった。その歪み方があまりにも醜悪だったので、

僕はそれが笑みだということにすぐには気づけなかったのだ。

犯罪者のような笑みのまま狐はすたすたとその場を離れて

いった。もちろん僕は狐の行き先を目で追った。

狐は少しだけ離れたところにある砂場にいき、そこで

遊んでいる3歳くらいの男の子と、その母親らしき

女性のもとにいって座りこんだ。狐はその親子のもとに

座り込んだ。男の子が狐に近づき、その頭をなでる。

呼応するかのように狐は頭をこすりつける。その様子を

ほほえましそうに母親が見ている。しかし狐は

一瞬の隙をついて滑り台の方を、つまり僕の方を

ふりかえって僕の目をじっと見た。僕は狐のいいたいことを

一瞬で把握した。狐は親子を人質にとったのだ。

この幸せそうな2人を助けたければ下へ降りて来い。

奴はそういっているのだ。狡猾にも。狐らしく。


 もちろん僕は折れた。親子を見捨てるという

選択肢は僕にはなかった。親子は見知らぬ他人である前に

親子なのだ。僕にとっては。特にあんな小さい子どもと

若い母親なんていうのは。

 僕はむなしく滑り台をすべりおり、そして砂場へと

近づいていった。すると狐は男の子の手をふりはらって

僕の膝元へと近づいてきた。男の子はもっと狐と

遊びたそうに狐と僕の顔を交互に見ていたが僕はあえて

無視した。狐が僕のものだということを証明するかのように

狐を抱きかかえてから若い母親にだけちょっと会釈をして

僕は公園を去った。


 そして僕は結局狐につかまってしまったのである。

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