教員を目指した理由:×0.57

依月です。
課題がひと段落ついた(仮)のバイト前。何となく書きたくなったのでwordを開いてパソコンに挨拶。

僕は教育学部の3年生。
教職志望で取得予定の教員免許の数がお祭り状態です。随分豪華な屋台だこと。
今は1か月後に迫った教育実習の支度に追われ日々生きております。

そういえばなんで僕は教員を目指したんだっけ。

今は特別支援学校の先生を目指していますが、最初は小学校の先生志望で、そう思い始めたのは確か小6で…

なんでだっけ。

そうだ。安定した職に憧れて「サラリーマン」って言ったら「女の子はサラリーマンじゃなくてOLさんよ」と言われなんか性別で名前が分けられている感じが嫌でやめて、公務員系の仕事を目指したんだ。

いや、その前にも色々あった。
明るい理由ではないけれど、僕にしてみれば立派な理由。

大きく分けて2つ。
1つは「居場所作りが転じて達成感と充足感に変わったから」
この時点でもかなり陰りがありますがそんなもんじゃない。

2つ目。これがきっと本当の「最初の理由」。

【×0.57】

この数字に見覚えのある方ってどれくらいいるのでしょうか。
中学受験の鉄板ネタの1つ。
僕はこの【×0.57】があったからこそ教員を目指したといっても過言ではありません。
いや、ちょっと過言だけど。

ということで今日も僕の昔のお話。


小学校6年生の頃。
僕はやっぱりひねくれていた。いや、むしろすごく純粋だったのかもしれない。
週7学習塾にいるという生活を特に疑問も持たずに送り、小学校の授業で習う内容はすべて学習塾なり自習なりで習得済みでしたから気がついたときには〈塾で習うことがすべて〉だと思い込んでしまっていた節があった。まさに純粋培養。まさに洗脳教育。

中学受験の算数の問題って面白いくらいに分かれていて、じっくり時間をかけて考えさえる問題を多く作成する学校もあればスピード勝負でとにかく反射的に解いていくことが求められている学校もある。
僕の受験する学校のほとんどが後者だったためか基本的に塾ではとにかくスピードが重視されていた。小学生にして平方数は20×20までは暗記していたし、×3.14の計算結果もかなりのところまで暗記していた気がする。とにかく公式を頭に入れて、よく出る計算式の答えの数値は丸暗記をしていた。

そんな中で僕は疑いもなくある数字を教えられ、その数字をこれまた何の疑いもなしに扱っていた。

【×0.57】だ。



そもそも【×0.57】とは何かというと『お芋型』『葉っぱ型』などといわれる形の面積を求める際に用いるもので、例えば上で示した図で言えば
本来ならば
1辺×1辺×3.14×1/4 + 1辺×1辺×3.14×1/4 - 1辺×1辺
で求めることができる。
それを中学受験の世界では
1辺×1辺×0.57
で解いてしまおうというわけだ。
上の式の1辺×1辺を極力最後まで残そうと()でくくっていけば
1辺×1辺(3.14×1/4+3.14×1/4―1)=1辺×1辺(0.785+0.785-1)=1辺×1辺×0.57
という風に結局下の式と同じ形になるので、今考えれば何も不思議なことではないが、僕の場合〔この図形は1/4サイズの円を2つ組み合わせて正方形を引いた形〕ということを教えられないまま【×0.57】という魔法の切り札を手に入れてしまったために『なぜ【×0.57】で求められるのか』など知ることはなかった。しかしそんなことを考える時間があるなら1問でも多く解け、そんなことを覚える暇があったら歴史上の人物の名前を1つでも多く覚えろって環境ですから『なぜ【×0.57】なのか』なんて必要のないものだったのです。僕にとっては。

そういうわけで事件は起こります。
小学校の授業の中でこの図形が現れたってわけです。

僕は何の疑問も抱かずに解きました。
正方形の1辺×1辺×0.57で。

すぐに終わって先生に提出しました。


そしたら先生が一言。
『これはなんだ』と。

僕は言いました。
「問題の答えです。」



もめた。


そもそも当時の担任とは何度も揉めていたので別に今更どうってこともなかったとは思います。今になって、教育学部生として児童に対しての指導方法を考えるようになって「あの時はどう考えても私がおかしかった」とおもえますが、当時は良くも悪くも純粋です。【中学受験教育】というある種の洗脳教育を受けていた状態ですし、そもそも担任の先生の指導方法が気に食わないものばかりだったので歯向かうことのできる機会には容赦なく歯向かいました。

確か、その時も言われました。
『この[0.57]はどうして導いたのか』
そんなもの「塾で教えられたから」の一択。

『じゃあ[0.57]が本当に正しいって言えるのか?その証拠は?』
それも「塾で教えられたから」

『塾で教えられていることに間違いは絶対にないって言えるのか』
じゃあ学校で教えられていることが正しいという証明はできるのか。

担任も担任です。
何を小学生に対してムキになっているのか。
素直に『このやり方以外の方法も考えて』の一言でいいのに。

ということで議論(と言えないほどの泥試合)を経て担任がとうとう切れました。

『お前は自分が頭いいって自負しているのかもしれないけど、他の人に理由も説明できない以上、俺より下なんだからな』
『説明できないなら、覚えている意味ないからな。勉強する意味ないんだからな』


レコーダーで音源を保存して教育委員会につきだせばよかったと思えるくらいの暴言。
いや、それを生業としている人間が小学生に向かって『俺より下』ってなんだよ。

今になれば笑える話ですが、その時は全く笑えなかった。
というかなぜかよくわからない刺さり方をしてしまった。

『教えられなきゃ勉強している意味がない』『教えられないんじゃ俺より下』

正直、当時の担任のことは人間として見下していて『こんな人間にはなりたくねえな』って思っていたので、そんな見下していていた人間に『自分より下』と言われれば刺さりますよ。悔しいですよ。12歳だもの。

まあでもそこで折れてしょぼーんってなる人間ならここまでハードモード人生は送っていませんから。
謎に対抗心を燃やすわけですよ。


なら、教えられるようになって、見返してやる。

教えられるようになって、そんな自分の考えに即しない児童を否定するような教師(笑)を否定してやる。



多分これが生まれて初めて【教師】という仕事を目指した瞬間。

言うてしまえば人生をかけた復讐劇みたいなものなのかもしれない。
もちろんそのあと、他の理由を見つけて、その上で教師を目指しているのだから、この理由を外に漏らしたことはあまりないけど。

最初に教師を目指したきっかけは、とある算数の授業で、とある図形の問題で…
そう考えると、教師を目指したきっかけが[×0.57]って言うのも過言ではないような気がした。…過言か。

今、僕は個別指導塾の講師のアルバイトをしている。
小学生から高校生まで色んな教科を教えているが、中学受験経験者っていうこともあって中学受験生を担当することも多い。その中で図形問題を教える機会も多くあったし、もちろん[×0.57]を教える機会も多くあった。

そのたびによぎる。

『僕はお前のせいで人生変わったのかもしれないんだぞ』って。

まあ0.57からすればとばっちりなんでしょうけどね。


今日はきっとこんな日。


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