見出し画像

この身も座標になるのかな… -- 塔と重力 上田岳弘

#私の恋人 を読んで興味を持ったので、同じく #渡辺えり さんによって舞台化された「塔と重力」を読んでみました。

読後の第一印象は、作者、上田岳弘氏の頭の中、かっこ良く言えば彼のイマジネーションとでも言うのかな、それを体裁を整えずに作品に叩き込んでいる感じがなんか爽快です。うまく表現できませんが、この作品に比べたら「私の恋人」は完成されてるというか、ちゃんとしてます、わかりやすいです。

---

主人公の田辺は阪神・淡路大震災で生き埋めになった過去があります。すぐ隣で共に生き埋めになって死んだ美希子は初体験の相手になるはずだったと田辺は思ってます。

物語が動き出すのは震災から20年後。田辺はfacebookに表示された大学時代の旧友、水上と再会します。この水上という男はなかなかのコンパ野郎で、20年経っても田辺が独身だと知るなり早速仕掛け始めます。その名も「美希子アサイン」。"田辺が美希子を忘れられないので、毎回「美希子らしい女」を連れてきて一緒に飲むぞ!"というわけです。上田先生なかなか面白いこと考えますよね。アサインという言葉の選択がまたおしゃれです。

でも田辺のほうはそれほど美希子を思っている自覚はなくて、葵というセフレと"会ってはセックス会ってはセックス"の日々なのであります(ここのくだり、こってりとしてそこそこ長いです)。しかもこの葵もパリの銃乱射テロにニアミスしたりして、今ひとつ現実感の伴わない生を生きてる人だったりするわけです。

そんな田辺と水上、田辺と葵のエピソードの間に水上が書くメタ小説が挟まるかたちで物語は進みます。この話は「私の恋人」ほど場面にも物語的にも起伏がないのですが、途中の水上のメタ小説がなかなか面白いくて飽きません。

例えば、巨大な塔を見下ろす高所で一人称の僕と得体の知れない男が対話してる話があって、対話を続けるうちに男の肉体は崩れて落下し、最後に残るのはその意識の存在を示す座標だけ…なんて話なんですが、その異世界の情景の描き方がとても美しくて気に入りました。無情の美といいますか、このあたりに渡辺えりさんはシンパシーを感じてるんだろうなと思います。

ネットで評論家の先生の本書の書評とかみていると、皆さんなかなか哲学的というか難しい言葉を並べて解読を試みています。私は田辺や葵の行動や水上の小説が何を意味していて、結局作者が何を訴えたいのか正直よくわかりませんでした。しかしその一方で、今の異常なスピードで進化を続けているネットワーク社会に生きていて感じる気持ち悪さってのがとてもリアルに描かれていて、感心する部分が多々ありました。

例えば美希子アサインですが、これはもうfacebookの「知り合いかも」と言って繰り出される顔アイコンの気持ち悪さそのものです。何かをキーに彼らは呼び出されてくるわけで、そのキーをどうにかして抹消してしまわない限り、延々と「この人は?じゃあこの人は?」という問いかけに付き合い続けなければならない。どうしてそこまで俺に世話を焼きたがるの?と言いたくなる感じ。

僕らはスマホで全世界と繋がっていると思っているわけですが、ネットワークの側から僕らを見ればたった一つのIPアドレス(つまり座標です)に紐付いた意志でしかありません。IPアドレスの向こうにあるものに肉体があろうが無かろうが、あるいはそれがAIだろうが、ネットの海の側から見ればそんなの全然関係ない。言うだけ班長に肉体があるとか無いとか、この記事を読んでいる人には全く不要な情報ですもんね。

じゃあ今のご時世この肉体にどれだけの意味があるの?ってなんだか不安な気持ちにもなるわけです。100年前の人は今の人よりよほど自己が存在している実感を持っていたと思う。その実感は、今随分とネットに吸い込まれてしまったように思います。だから田辺はセックスばかりしてるんでしょう。なぜならそれは数少ない肉の伴う行為だから。田辺が生を感じるのはセックスと意図せず流れる涙、そして生き埋めになった時の足の痛み。

物語は終盤いきなりネットとリアルの世界が入り混じって混沌としてきて、ここまでの話と比べてがらりと雰囲気が変わります。全くわけがわからない、だけど今のバーチャルとリアルが入り乱れている感じがすごく心地いいです。文章もここが一番力強い感じ。

で、結局最後、田辺は座標の向こう側にもこっち側にも命の営みがあることを実感して、さらには美希子の幻影とも美しく決着をつけていくわけですが、まあ最後は綺麗すぎる終わり方が少しもったいないです。ロマンチストなんですね、作者さんは。私の恋人もそうでしたが色々と終わってる世界やどんよりした未来をイメージさせておきながらも、最後は一筋の希望を見せて終わる。なんだかんだでぜんぜん諦めてないのです。んー私としてはそこが物足りないっちゃ物足りないかなー。最後なんかも、えーっ!そこ子供でまとめちゃうんだぁ…と、子無しの私なんざ思っちゃいますねえ、どうしても。

この本、他に短編が二本書かれてます。そちらは作者の思いのエッセンスだけを抜き出したような作品で、色々納得するところがありました。「肉の海」という言葉が登場する「重力のない世界」という作品 は、多分渡辺えりさんの戯曲を読む助けになると思います。私は本編よりこちらがお気に入りです。

あえて難解な作品にトライしたい方、エロ目線文学がお好きな方にはお勧めします。

この記事が参加している募集

読書感想文

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?