マンガの中の少女マンガ/家(18):祟山崇『Gペンマジックのぞみとかなえ』(秋田書店、2023)

 『Gペンマジック のぞみとかなえ』は、今年、2023年5月に急逝した祟山崇が秋田書店の『ミステリーボニータ』で2020年から2022年にかけて連載していた作品である。主人公の明日奈かなえは文芸部に所属する中学2年生、そんな彼女はもう一人の主人公であるとにかくマンガに夢中なマイペース同級生・高井のぞみの影響、そして新任教師の五十嵐ふぶきとの出会いをきっかけに漫画研究部に移籍、漫画家を目指すことになる。
 設定だけ説明するとシンプルなのだが、なにしろ奇才・祟山崇のことなのでそう簡単に一括りにはできない怪作で、漫画家一族の末裔として山奥で修行を重ねたライバル(お供にはしゃべるタヌキを連れている)が登場するし、最終的には思いもよらぬスケールの物語へと展開していく。
 本記事の観点からすると、のぞみとかなえが目指すのが「少女マンガ家」なのかというのが気になるところだが、少女マンガを愛読しつつもどうもそういうわけではなく、あくまで目標はマンガ家であるらしい。しかし、彼女たちの憧れとして人気少女マンガ家が登場するのでここで取り上げても問題ないだろう。

 さて、作者である祟山崇である。
 祟山の名を一躍知らしめたのは、作者が自身のnoteで2015年から発表し始めた異色のホラーマンガ『恐怖の口が目女』がだろう。後にリイド社から単行本出版されるこの作品はその装丁からも分かるようにひばり書房から刊行されていたレトロなホラーマンガのスタイルをあからさまに取り込んでいる。

 『Gペンマジック のぞみとかなえ』も懐かしの少女マンガを思わせるレトロスペクティブな画風であり、これは『恐怖の口が目女』から一貫した作者のスタイルのように感じてしまうのだが、見比べてみると一見してレトロという点では共通しているものの、実際にはかなり異なる画風である。よくよく読むと『恐怖の口が目女』は、レトロなホラーマンガ風といっても、そこに現れるさまざまなスタイルが自由自在に取り入れられていて異様なほどである。他の作品を読んでみても、作品によってガラリと印象が変わる。実に多彩なアートスタイルを使いこなしてて自身のスタイルがないように見えつつ、それでいて強烈に作家の個性が感じられるのが面白い。

 巻末での祟山との思い出を語り合う座談会でホラーマンガ家の金風呂タロウが、ミュージシャンとしても活動していた祟山のセンスを「サンプリング」という言葉で形容しているもうなずける。1990年代に館山克仁名義で一度はマンガ家としてデビューしていた祟山だが、そのきっかけがPARCOが出していたフリーペーパーのマンガ賞だったというのもなるほどだ。

 『Gペンマジック のぞみとかなえ』でも、もちろん多彩なスタイルが取り入れられいて、それはたとえばキャラクターの瞳の描き方なを見ればわかるが、異なる画風が衝突しあうような混沌とした印象はなく洗練されている。 
そうした画風のレベルの他にも祟山のサンプリング的なセンスは随所に活きていて、個人的に興味深いのは参照される作家や作品の元ネタであり、物語時代設定である。第一話でのぞみが読んでいるのは「男装の麗人として姫君バイオレットが悪党と戦う少女漫画黎明期の不朽の名作『花園の騎士バイオレット』で、要するに手塚治虫の『リボンの騎士』なのだ。作者名は「夢塚治子」。

『Gペンマジック のぞみとかなえ』秋田書店、2023、p.15。

 また二人が夢中になる現役の人気マンガはバレエもので『炎のプリマ』だ。その作者は神宮京子で、かつて五十嵐先生とともに切磋琢磨していたマンガ仲間である。描いているのがバレエマンガというところで有吉京子を連想させるが、それほど明確な元ネタとは言えず、母親と生き別れた少女が主人公の『炎のプリマ』にはさまざまなバレエもののイメージが入り込んでいるようだ。
 さらに、作中には伝説の雑誌『KOM』でわずかな期間活動し姿を消した伝説の女性マンガ家として「岡林信子」というマンガ家も存在しているのだが、こちらはどう考えても岡田史子だろう。

『Gペンマジック のぞみとかなえ』秋田書店、2023、p.321。
ちなみに岡田史子の作品集のタイトルは『ガラス玉』(朝日ソノラマ、1976)


『Gペンマジック のぞみとかなえ』秋田書店、2023、p.363。
もちろん元ネタは「まんがエリート」の雑誌『COM』である。


 『リボンの騎士』や岡田史子を過去の作品として参照する物語中の「現代」はおそらく1970年代後半から80年代前半といったところだろう。過去と物語中の「現代」の距離感の”ちょうど良さ”に祟山のセンスの良さが光る。
 
 「少女マンガ家マンガ」というテーマからだいぶ脱線したかもしれない。手短にポイントを述べておくと、気になるのは神宮京子の姿である。神宮は主人公たちが競うマンガコンテストでSFマンガ家、四コママンガ家とともに審査員をするのだが、そこで彼女はたなびく金髪に背景にバラを舞わせるという「少女マンガのヒロインさながら」の登場をしてみせる。

『Gペンマジック のぞみとかなえ』秋田書店、2023、p.182。

他のふたりは別に「SFマンガ風」、「四コママンガ風」には描かれておらず、ベレー帽をかぶっていたり、どちらかといえばマンガ家然とした出で立ちと言えるだろう。
 この対比には「少女マンガ家」が求められるイメージが表れているように思う。
 

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