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麗和

麗和の声が、ここではない何処か別の場所より発せられたかのように聞こえる。天を飛ぶ神鳥のさえずりが、風にのって遥か下界の円儀のもとへ届く。床に入って夢の世界へと向かっていくときのような、自分が自分でなくなる瞬間に感じられる、あの不思議な心地よさ。

本当に自分は女を抱いているのか、いや自分自身が果たして本当にこの夜空の下に存在しているのかすらわからない。自分を構成していた原子が風と混ざり、大地と混ざり、渾然一体とした何かへと変わってゆく。

しきりに首を振って正気を保とうとしていたところ、ふと、麗和がその蒼白の手のなかに、何かを握りしめていることに気づく。おい、お前は何を持っているのだ、と尋ねるが、言葉になっているのか、わからなかった。麗和はそっと微笑むだけで答えようとはしない。かわりに、か細い腕を振りかぶり、一声ののちに握りしめた何かを中天めがけて放り投げる。

「飛んでゆけ!天竺まで飛んでゆけ!」

放物線をなして飛ぶなにかを、円儀は憑かれたように見つめている。しかし、後日いくら記憶を反芻しても、あの嵐のなか、麗和が握りしめていたものがどのようなものだったか、思い出せないのだった。そこのところだけ頭に靄がたちこめている。

嵐がすっかり治まってしまった暁のころ、麗和は息絶えた。風とともにその命も天空に運ばれていった。円儀は、彼女が空に放った物体を虱潰しに探したのであるが、それらしきものは何も見つからなかった。

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