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線でマンガを読む『座二郎』

電車のなかにゾウが現れたり、車両がまるごとバーになっていて、白い犬のようなバーテンに迎えられる。そのほか、文房具屋や回転寿司屋を営んでいる車両が、ふつうの通勤車両に連結されている。さらには、会社や住宅、水族館、あらゆる建物が列車の一部となって絶えず走り続けている不思議な世界と、現実を往還するお話だ。ロシア・アヴァンギャルドを思わせる色使いも魅力的。

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND ラピッド・コミューター・アンダーグラウンド』のなかに構築された世界を眺めていると、時がたつのも忘れてどっぷりとはまり込んでしまう。読み終えたあとも、このマンガで描かれた列車が、今も人々を、どこかに運んでいるような気がする。電車というのは、人を空想の世界にいざなうようなところがある。あのゴトンゴトンという周期的な音と心地よい振動、地下鉄の車窓を流れていく暗闇。私は電車に乗るとよく居眠りをして夢と現実のあいだをさまよっているが、その現実と夢を行きつ戻りつしている感覚を紙に写し取ったようなマンガだ。

そして、面白いのは、作者の座二郎というひとは、本業はサラリーマンで、このマンガを毎日の通勤電車のなかで執筆している、ということ(ネーム、下書き、ペン入れ、ベタ、グレー系のサインペンまでを列車内で行い、彩色は自宅でやっている)。

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』

電車のなかで、電車のマンガを描く。とうぜん、部屋の中で描いているようにはいかないはずだ。列車はガタゴトゆれているし、隣に他の乗客もいる。ふつうなら、あまりマンガを描くのに適した環境とはいえないだろう。しかし、その振動による線のふるえやもろもろの物理的制約が、むしろ、いい味になっている。ライブ感がある。地球の裏側のジャングルでもなく、北の氷の島でもなく、日々私たちが身近に接している列車のなかに、幻想的な世界が広がっている。ふだんは見えないその世界を、座二郎が即興でマンガにして見せてくれる。

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』

クリエイティブ、という大げさな言葉を使っても、使わなくてもいいのだが、なにかを作ったり、描いたり、書いたりするさいに、こういう、自分の境遇や、自分にいま与えられている場の力を最大限に活かせる人は、すごいと思う。時間がないから通勤電車のなかで描く、という、ふつうの考えでいくと制約になってしまうようなことも、独創性に変えてしまうマジック。ときどきテレビで見る、合気道の達人が、向かってくる相手の力を利用して、ふわりと投げ飛ばす瞬間をみているようなマンガである。こういう作品を自分の本棚に忍ばせておいて、ときどき見返すのって、ほんとうに楽しいんだよなあ。

『RAPID COMMUTER UNDERGROUND』

※本コラム中の図版は著作権法第三十二条第一項によって認められた範囲での引用である。


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