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文化人物録52(上岡敏之)

上岡敏之(指揮者、2016年)
→欧州で長年歌劇場やオーケストラ、音楽大学のポストを歴任するなど、現地で知名度の高い日本人指揮者の一人。ただ上岡さんの場合は小澤征爾や佐渡裕、大野和士のような華やかさは一切ない。まるで頑固な伝統芸能の職人のごとき地道な努力と作業を繰り返し、多くの実績を積み上げてきた人だ。日本では新日本フィルの音楽監督を務めたほか、読響などにも定期的に客演していて、僕も度々公演を聴いたことがある。万人受けはしない指揮者だろうが、こういう職人気質の指揮者はむしろ貴重な存在として映る。

*新日本フィル音楽監督就任について

・これまでゲストとして指揮したことはあったが、まずはオケの個性を見たい。どんな可能性があるのか。楽器は人間によって全く違うので、それを見極めるためにいろんな方向から考えたい。半分探りながら半分発展させる感じでしょうか。漠然としたイメージでは、この桶との相性はいいと思うし、すごく新鮮だ。・新日本フィルはオープンに僕に接してくれ、いろいろ意見があるにせよ、機能している。

・日本では個が出過ぎてはいけないという音楽体質がある。こういう教育ではなく、欧州的にやりたい。個を解放していったん崩す。これを一緒に経験することで音楽家として一皮むけるはずだ。僕は歌劇場育ちなので表現力の面で興味深い。ただオペラはどれだけできるかはわからない。最終的には斬新なオペラもできればいいなと思っている。オーケストラとしてまずしっかりとした土台を作り、音楽的に充実させたい。

・日本では初の指揮者ポストだが、ドイツやコペンハーゲンとは全く違う。欧州ではまず自分があっての音楽で、日本は枠に重きを置く。団員には間接的に伝えているのだが、事前にまず自分を自然に出せる環境を作ることが重要になる。

・新日本フィルにとって地元密着は大事な要素。音楽を通じたコミュニケーションは、大ホールの演奏会と同じくらい大事なことだ。新日本フィルがある街で住んだ子供たちがオケのある街だと認識してくれればいい。音楽的基盤だけでなく、経営基盤も大事。密着して基盤ができれば冒険もできるのだから。

・欧州の歌劇場のインテンダントは私もやったことがあるが、事務もできる人がやる。そしてここぞというときは一気に変える、リードできる人がいい。新日本フィルに関わっている宮内義彦さんは高齢だが斬新な発想を持っている。

・新日本フィルは今すごく変わってきている。スタンダードな水準を前提にしても、自分に正直なオケだと感じる。指揮者とオケで一緒にやっていくにあたり、外ではきれいに演奏するよりも、多少キズがあってもいい演奏を心がけたい。楽譜を見て作曲家の夢が感じられればいいと思っている。個性的なオケだと思うし、個性派集団をまとめるのが面白い。

・日本のオケは箱を作る作業は素晴らしいが、音楽で感動できるかはまた別。若い音楽家は技術的には優れているが、まず音楽を理解して初めて演奏できる。音楽は感動できるかどうかが原点にある。機能的なものよりも、時間をかけて音楽を伝えられるようにする。

・私は本が好きだが、例えば恋とは何なのかを知りたければジッド、シェイクスピア、ゲーテなど古典の名作を読むでしょう?クラシック音楽も同じで、だからこそ大事なものだと伝えたい。もちろん時代に合わせて対応することも重要だが、迎合してもだめだ。伝統とのバランスでしょうね。

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