カラフル症候群

「そこからは、何が見えるんだ?」

俺がそう言うと、郁弥は黒目だけを動かして俺を見た。大抵において主語やら述語やらがすっとんでいる俺の言葉をよく理解してくれるものなんだが今回はそうもいかなかったようだ。

「どこからだい?どこから?」
「そこからだ、お前が、今、立っているその位置から」
「ここから?南が見えてるものと同じさ。パン屋と、コンビニと、横断歩道」
「バッカ!そういうことじゃねえんだよ」

郁弥の世界がどんなか、俺はしらない。
だってお前は、私より10センチは高い視点からものをみているじゃないか。すこし背のびしたら、鳥くらいは簡単に捕まえられるんじゃないのか?と前に言ったら、郁弥は笑った。心外だ。俺は本気で言ったのに。

「実のところ、郁弥には俺なんか小人にしか見えていないんじゃないのか」
「なぜさ」
「だって俺たち、10センチ以上も身長差がある。いや、10センチは言い過ぎたかもしれない。俺はもう少し背がある」
「そうだね」
「腕の長さだって脚の長さだってよ。いや、それは俺の手足が短いとか、そういうわけじゃなく、だ」
「うん。すごい差があるね」
「見てる景色だって、きっと全然違う筈だ」

郁弥は前髪をかしかしと掻きながら、ハハハと笑った。

「南、いいこと、教えてあげようか」
「何だ?」
「僕が見ている世界のこと、ちょっとだけ教えてあげる」
「何だって?」
「それはね、すごくキラキラしているんだ」
「はあ?」
「まるでね、虹みたいに、カラフルな世界なんだ」
「意味がわからない」
「でもねそれは僕がすこしばかり君より背が高いからじゃなくて」
「……」
「君が、僕の隣に現れたときから、そうなんだ。ずっと、ぜんぶ、輝いてる」

まるでジョークをいうような口ぶりの郁弥に、俺が「気障野郎」と舌を出すと、次はこういってみせた。
びっくりするくらい、とろけそうな笑顔で。

「心外だな。僕は本気で言ったのに」





end.

#BL小説 #小説


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