オミクロン株がエアロゾル感染するという意味について

オミクロン株の主な感染経路が従来言われていた「飛沫感染」ではなく「エアロゾル感染」であることを、日本の国立感染研究所が漸く認めました。


気体中に浮遊する微小な液体または固体の粒子と周囲の気体の混合体をエアロゾル(aerosol)と言います。大きさについていえば,分子やイオンとほぼ等しい0.001μm=1nm(ナノメートル)程度から花粉のような100μm(マイクロメートル)程度まで約5桁にわたる広い範囲が対象となります。具体例を挙げると、花粉や黄砂などがエアロゾルです。重金属粒子やディーゼル黒煙,たばこ煙,アスベスト粒子などもエアロゾルです。重要なのは、これまで新型コロナで主要な感染経路とされてきた「唾液の飛沫」より何桁も小さな粒子であるという事です。新型コロナの主要な感染形態が従来の飛沫からエアロゾルに変化したことは、感染防御に深刻な影響をもたらします。


「花粉や黄砂、たばこの煙がエアロゾル」でピンと来た人がいると思います。花粉症の人なら特に実感すると思いますが、一般のマスクは花粉症には無力です。黄砂で喉がやられる人もそうだと思います。またマスクをしていてもたばこの臭いは漂ってきますから、これもマスクは無意味という事になります。つまり、エアロゾル粒子は通常のマスクを易々と通過するのです。これまで新型コロナにはまずマスク、と言われてきたことがひっくり返ってしまったのです。


マスクだけではありません。私たちがコンビニのレジで目にするビニールカーテンも、レストランで目にするアクリル板の仕切りも、あれらは全て「口から飛び出して放物線を描いて1,2m先に落下する飛沫」を防ぐために考案されたものです。しかしエアロゾルというのは、空気中をふわふわと漂っているのです。花粉や黄砂がそうであるように。そしてオミクロン株はその状態で数時間(概ね3時間ぐらい)、感染力を有したまま空中を漂うのです。そう言う存在に対して、上記のような種々の対策は全て無力です。つまりこれまでコロナ対策として施されてきた種々のものが、ほとんど無意味になってしまったのです。


たまたま先週、私の勤務する病院の厨房で3人の調理師がコロナに感染し、厨房機能が麻痺するという事態が起こりました。一人が家庭で子供から感染し、無症状で出勤して同僚二人に移したのです。この三人は全員ワクチンを3回接種されていました。それでもこういう事態になったのです。


エアロゾル感染に対して現在唯一取り得る対策は換気だとされます。空中をふわふわ漂う粒子ですから、強力に換気してしまえば外に出すことが出来ます。厨房というのは法律の定めがありかなり強力な換気が行われています。しかし死角は休憩室でした。ここは換気が行われていなかったのです。この休憩室の空気中にもオミクロン株の粒子が感染力を持ったまま漂い、2名に感染したと推定されています。


勿論調理師達は全員ワクチンを三回接種し、皆マスクをしていました。調理師ですからこまめに手洗いもしています。しかしエアロゾル感染が主流である感染症にはこうした対策が無力であることを、私自身まざまざと思い知らされたのです。


ワクチンを三回接種したことは、彼らにとって無意味だったわけではありません。ニューヨーク州やイギリスの大規模疫学調査で、ワクチンは2回だけ接種するより3回接種した方が発病リスクが下がることは明確に示されています。しかしリスクは「下がる」だけなのです。「無くなる」訳ではないのです。これも今回私が目の当たり体験したことでした。


オミクロン株の感染力を露骨に示すのはこれだけではありません。これまで強力な政府主導のロックダウンで新型コロナをほぼ完全に抑え込んできた中国が、今オミクロンに大苦戦しています。人口二千四百万の上海市でオミクロンの大流行が続き、これに対して中国はお手の物のロックダウンで臨んだのですが、それが今回は全く功を奏していないのです。上海市民全員がほぼ自宅に軟禁状態となり、陽性者は中国当局が力にものを言わせて作り上げた隔離兼治療施設に片っ端から隔離されているのも関わらず、連日上海だけで2万人を超える新規感染者が出る始末です。先日隔離の現場を視察に訪れた上海市長(習近平の右腕とも言われる人物)は地域住民から国の恥!と罵声を浴びせられ、老婆から「もう食べるものが無い」と泣きつかれ、這々の体で引き上げたそうです。


つまり、あの強力な中国式ロックダウンでさえ、オミクロンの感染には無力なのです。まして日本の「緊急事態宣言」などなんの役にもたちはしないでしょう。要するに、これまで人類が学んできたコロナ感染対策は、全てオミクロンには役に立たないのです。


感染は、防げないのです。


この事実を目の当たりにして、欧米など合理主義的な国々は、もうマスクを止めてしまいました。欧米でオミクロンが流行していないわけではありません。それどころか猛威を振るっています。しかし「無駄なことをやっても意味が無い」という極めて合理的な理由により、欧米人はマスクを外しました。しかし日本人は「ともかく何か努力していることで安心感を得る」民族です。例え無駄だろうと竹槍だろうと、「やってる感」が大事なのです。WHOもアメリカのCDC(疾病対策センター)もかなり早くからオミクロンがエアロゾル感染していると認めていたのに、日本だけがじくじくと認めたがらなかったのは、「今やってる対策全部無駄です」と国民に公言するに等しいのを恐れたからでしょう。感染症の専門家達も、今回ばかりはお経のように「マスク手洗い」をくり返すばかりで、それが無駄になったことを言おうとしません。


マスクや手洗いに全く意味が無いとは私は申しません・・・手洗いは限りなく無意味ですが。勿論、手を清潔にするという事は様々な感染症に対する基本対策ですから、「手を洗うな」とは言いません。しかしオミクロン株に関する限り、接触感染、つまり何かに触れて感染するリスクはほとんど無視して良いのです。ですから手洗いはオミクロン感染に於いては意味を持ちません。エアロゾル感染が主流だとわかったと言っても、飛沫感染がなくなったわけではありませんから、マスクはその分のリスクを減らす意味はあるでしょう。船底に穴が幾つも空いて、大穴であるエアロゾルを塞がずに小さな穴に過ぎない飛沫感染を塞ぐと言うだけの意味に過ぎませんが。


以上述べてきたように、人間が社会生活を営む限り、いやそれどころか上海で必死に試みられているように巨大都市をロックダウンしてもなお、オミクロン株の感染は有効に防ぐことは出来ません。従って、戦略を大きく転換する必要があります。感染を防げないのであれば、重症化を防ぐことに専念するしかないのです。幸いなことに、オミクロン株は過去のベータ株、デルタ株などに比べれば遙かに重症化しにくい。重症化するのは高齢者などのフレイルホストにほぼ限定されています。ですから彼らの重症化さえ防げば、感染は広まってもこれは社会的にはそれほど恐ろしいvariant(変異株)ではないと考えることは可能です。勿論、今後ウィルスが更に変異して、再び重症化力の強い姿になって現れる可能性は全く否定出来ません。しかし予想もつかないことを考えても仕方が無いわけで、現在流行しているオミクロン株に対しては、感染を防ぐのではなく重症化を防ぐという視点で臨むのが、現状では最上の策であると考えられます。


現在、重症化を防ぐ薬剤がいくつか開発されています。しかし点滴薬のゼビュディはオミクロンBA2に対する効果が充分では無いと言われています。ワクチンの4回接種に関するきちんとしたエビデンスはありません。経口薬のモルヌピラビルはオミクロンBA2に対しても充分な重症化抑制効果を示すと言われますが、生産が追いつかず、現在限られた医療機関でしか使用出来ない状況にあります。今後はこうした状況の改善が強く求められるでしょう。また一方では季節性インフルエンザに比べればまだ重症化しやすいとは言え、従来の新型コロナに比べれば遙かに重症化しにくいオミクロン株の感染症法上の取り扱い、具体的に言えば二類相当というのをどうするのか、そろそろ議論が俎上に登ったとも言って良いかもしれません。分類を軽くすると患者負担が、と言う懸念もありますが、それはルールを変えれば良いだけです。人間が作ったルールは人間が変えられます。


以上、オミクロン株エアロゾル感染の特徴について解説しました。


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