認知症?と思いきや

先日、かなり遠いところから80代の男性が奥さんと一緒に見えました。何やら書類を持っています。みると警察の診断書提出命令とあります。つまりこの人は田舎暮らしで車を運転しているのだけれども、多分何かおかしな運転をしたらしく、警察から認知症かどうか診断して貰えという命令を出されてしまったのです。


ほー、警察ってのは市民に命令出来るんだと思いましたが、その書類を見て私ははたと困ってしまったのです。認知機能が低下していることだけを診断するのでは無く、アルツハイマー病か、レビー小体病か、前頭側頭型認知症か、脳血管性認知症か診断しろというのです。これは認知機能検査一枚では診断出来ません。脳のMRIが必要であります。しかしこの人は警察の命令書で来院したので、医療保健が使えません。診断書というのは自費なのです。MRIを自費でやったら自己負担が診断書料含めて2万円近くになります。


困ったなと思って宮城県運転免許センターの所轄部署に電話しました。そうしたら担当者が「あー、簡単な認知テストだけで良いですから」というのです。それではとMMSEという一般的な認知テストをやると、明らかに認知症のレベルです。ただ質問に対する答えの間違い方が変です。アルツハイマー型認知症には特有の間違え方があるのですが、それに当て嵌まりません。といって幻視もないのでレビー小体型認知症でも無いです。指に振戦が有りつま先を揃えて立たせると立てないので、パーキンソン病に付随した認知症かなあと思いました。


それで、ご本人と奥さんに「これだけでははっきりとどんな認知症か分かりませんがともかく認知症レベルです。車の運転は無理と診断せざるを得ません。ただしここまでは警察の命令に従っただけですが、これからあなたの治療をするには脳のMRIが必要です。ここからは保険診療でやりますが、当院にMRIはないので別の病院に紹介状書きますからMRIを撮って貰ってください」と話したのです。


そうしたらですね。


奥さんが驚くべき答えをしました。


「MRIなら去年石巻赤十字病院で撮って貰いました」


これは変なのです。石巻赤十字には日頃救急で大変お世話になっていますが、あそこの神経内科は認知症を診ません。診ないとはっきり宣言しています。その石巻日赤の神経内科がわざわざ入院させて脳のMRIを撮った・・・?変であります。


そうなんですか、それでなんという病気だと言われました?ときいたのですがそこはご本人も奥さんも要を得ません。ただご本人曰く、腹ばいにされられて何時間も背中に何かやられたというのです。


だんだん真相が見えてきました。石巻日赤に紹介状を書いて、こういう人がいるが何の疾患でしたかと問い合わせたら、結果は思った通りでした。


「正常圧水頭症です。タップテストで一定の認知機能の改善を認めましたがそれ以上の治療はご本人が希望されませんでした」


警察に出す診断書は全部書き直しになりました。
診断「正常圧水頭症」
予後「シャント手術ないし漢方薬五苓散(ごれいさん)の投与で6か月以内に認知機能が改善する可能性がある」


であります。後日運転免許センターから電話が掛かってきて、「漢方薬で認知症がよくなるんですか?と言うから、そうですよと答えました。正常圧水頭症は認知機能低下を示し、基本的な治療法は脳腹腔シャントですが、最近は五苓散で改善することが広く知られており、脳外科の先生もまずは五苓散を投与します。あの人その後どうなったかなあ。随分遠いところの人だったので、その後来てないのですが。

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