絵本の編集をするのなら絵本の概念を変えるようなビジョンを示せなければ今の時代は生きていけない

絵本の編集をするのなら絵本の概念を変えるようなビジョンを示せなければ今の時代は生きていけない

私は2015年の夏くらいに絵本の編集者をすることになりました。
みなさん、絵本というとどういうイメージをお持ちでしょうか?
おそらく、とても「良い」イメージをお持ちなのではないでしょうか。
あるいは、「絵本作家になりたい」という方も、けっして少なくないと思います。

あるとき、こんな話を聞きました。
「絵本の編集者をしていると、本当に多くの方が『私の作品を見てほしい』と言ってくる」
これは、編集者本人にはもちろん、その家族のところにまで来るそうです。
それほど、絵本作家(注:編集者ではありません)は憧れの職業なのです。

ただ、絵本というのはそういう華やかなイメージとは裏腹に、それほど売れるものではありません。初版はだいたい5000部くらいですが、多くの本がなかなか増刷されません。

そうなると、絵本で食べていくのはとても難しくなります。たとえば、定価1000円の本を1冊描けば、印税が10%だとして初版で50万円の収入となります。
ただ、絵本というのは読むのはあっという間でも作るのはとても時間がかかるので、1年だとどんなに頑張ったとしても2冊しか出せません。

ということは、その2冊がともに増刷しないと、年間でたった100万円の収入にしかならないのです。これでは、とてもではないですが暮らしていけません。
そのため、今の絵本作家さんは専門でやれている人はとても少ないと聞きます。少子化も相まって、とても厳しい時代が続いているのです。

それでもなお絵本作家が人気なのは、もちろん子供に夢を与える素晴らしい仕事だからというのもあるでしょうが、もう一つ「ロングセラーが多い」ということがあります。20年前30年前に描かれた絵本が今でも人気ランキングの上位を占めています。
おかげで、100万部以上のベストセラーも珍しくありません。これまでで最も売れた絵本は『いないいないばあ』だといわれていますが、累計で600万部、去年だけでも10万部売れたといわれています。

そんなふうに、絵本は一度人気になると長く読み継がれるのです。これも、絵本作家が憧れの職業である大きな理由の一つではないでしょうか。
ただ、そんなふうにロングセラーが売れるということは、逆に新しい作品がなかなか売れないということでもあります。それもあって、今は絵本作家が生きにくい時代になっているのです。


そんな時代に、私は絵本の編集をすることになりました。これは、絵本作家同様非常に厳しいことです。
編集者になった以上は、作家さんに安定して描いていただけるような環境を作る必要があります。また、もちろん私自身も食べていかなければならないので、まずは出した絵本を売れるようにしなければなりません。

では、今の時代にどうすれば絵本が売れるようになるのか?
少子化、ロングセラーしか売れない、出版不況、子供の本離れなど、取り巻く状況にはとても厳しいものがあります。

そこで、私はこう考えました。

「これまでと同じやり方をしていてはダメだ」


絵本というのは、今、とても厳しい状況にある。
ということは、とりもなおさず「今の絵本の作り方」に、何らかの問題があるのではないだろうか?
少子化、ロングセラーしか売れない、出版不況、子供の本離れなど外的要因もなくはないが、それ以上に大きいのは、「面白い絵本が提供できない」という内的要因ではないだろうか?
むしろ、そっちの方が本質的な問題ではないだろうか?

そう考えた私は、まずは今の絵本を取り巻く状況というのを調べてみました。そして、そのやり方と反対のやり方で絵本を作ろうと考えたのです。

そうしたところ、一つのユニークな事象に気づきました。
それは、絵本の世界では必ずしも絵の「技術的な上手さ」が重視されていない——ということです。それよりも、個性的であったり、勢いの良さであったり、気持ちの優しさが伝わることだったりが好まれています。

そこに、私は目をつけました。そして、こう考えたのです。

「技術的に上手い絵の絵本があってもいいのではないだろうか」

個性的であったり、勢いの良さであったり、気持ちの優しさが伝わったりする絵本は、えてして技術的にそれほど上手くなかったりします。ですので、技術的に上手い絵の絵本というのは、意外に少ないのです。

そこで私は、日本を代表するような絵の上手い人に絵本を描いてもらおう、と考えました。そうすれば、これまでとは違ったやり方で絵本を作れるのではないか——そう思ったのです。

そこで、私と私の相棒のスドウは、日本を代表するような絵の上手い人を探し始めました。
そうしたところ、すぐに見つかりました。
それは、イラストレーターの井筒啓之さんです。

井筒さんは、現在TIS(東京イラストレーターズ・ソサエティ)という団体の理事長を務めてらっしゃる、イラストレーターの第一人者です。書籍の表紙や新聞小説の挿絵など、数多くのお仕事を手がけられている売れっ子でもあります。文字通り、日本で一番絵が上手い方のお一人です。

しかしながら、そういう方に絵本の執筆を依頼するというのは、ある意味暴挙ともいえます。なぜなら、万が一にでも本が売れなかったら、本当に少ない額の報酬しかお支払いできないからです。

井筒さんは、一冊の絵本を描くだけの時間と労力とがあれば、もっと金額の高い仕事を他にいくらでも引き受けることができます。ですから、私と私の相棒のスドウは、初めは「引き受けてもらえるはずがない」という、半ばやけっぱちな気持ちで依頼をしてみました。
そうしたところ、思いもかけずお引き受けいただいたのです。私は、今でもなぜ井筒さんが引き受けてくださったのか本当のところは理解していないのですが、しかしとにもかくにもご快諾くださったのです。

さて、しかしそれからが、逆に私とスドウにとっては大変でした。
井筒さんに膨大な時間と労力とを割いていただくのですから、生半可なことはできません。少なくとも、井筒さんがイラストをお描きになった場合と同等の報酬が得られるところまでは、なんとしても本を売らなければならない責任が生じたのです。
その責任の重さを思うと、ちょっと吐き気がしました。私たちは、大変なことをお願いしてしまったのです。

さて、それから井筒さんと私たちの絵本作りが始まりました。
まず、私たちは編集者として、井筒さんに「ビジョン」を示さなければなりません。

「こういう絵本を作っていただきたい」

そういう明確な方向性を指し示せなければ、今の時代、編集者はお金をいただく資格がありません。なぜなら、もし作家の方がビジョンまで示されるのであれば、ぼくらは何一つすることがなくなってしまうからです。そうなってしまっては、もはや泥棒に近い。

ですから、私たちはまず「井筒さんが『面白い』と興味を示してくださるようなビジョンは何か?」ということから考えました。

そこで、私たちはこんなふうに思考しました。

井筒さんは、なにしろ日本一絵が上手い人のお一人なのだから、その絵本も日本一のものにする必要がある。
では、「日本一の絵本』とは何か?
それは、「絵本の概念を変えるよう作品」だ。これまで誰も見たことがないような絵本のことだ。
なぜなら、歴史に残るような名作は、どれも発売されたときには、誰も見たことがないような絵本の概念を変えるようなものだったからだ。

そしてまた、こうも考えました。

日本一を目指すのなら、絵本の——あるいは単に本の「本質」に迫るものにしたい。
では、本の本質とは何か?
それは、「絵と言葉とで何かを伝える」ということである。
では、何を伝えたらいいのか?
それは「知」だ。
本はいつでも、「知」を伝えることを最大の使命としてきた。
では、伝えるべき「知」とは何か?

そこまで考えたときに、私たちには一つのキーワードが思い浮かびました。
それは、

「哲学」

です。
私たちは、知の中でも最もポピュラーなものの一つ「哲学」をテーマに、井筒さんに絵本を描いていただきたいと考えたのです。


そして、それをお願いしたところ、最終的にできあがったのが、この作品です。



このタイトルは、哲学者である永井均さんの著書からヒントを得てつけられました。
永井さんは、こうおっしゃっています。
「哲学というのは、徹頭徹尾『問い』のことである」
この世には、さまざまな「もんだい」があります。実は、それは「こたえ」よりも重要なのです。
哲学者たちは、よく「こたえ」を見つけた人のように思われますが、それに先立つ「もんだい」を見つけた人でもあるのです。
その考えにならって、ここでも『もんだい』とつけたのです。

この絵本には、世界を代表する15の偉人の肖像画と、彼らが見つけた「もんだい」とが描かれています。
出てくる偉人は、ソクラテス、パスカル、ニーチェなどの純粋な哲学者や、モーツァルトやゴッホ、紫式部などの芸術家、あるいはカエサルやガンジーなども含まれています。

これを読めば、偉人たちが発見した「もんだい」をあらためて考えるきっかけとなるはずです。


この『もんだい』は、2016年12月10日に発売となります。
また、12月13日に、東京の青山ブックセンター本店で、作者の井筒啓之さんと私とのトークショーが開催されます。

井筒啓之さんの『もんだい』のもんだい?

このイベントには、私の相棒であるスドウももちろん参加します。
みなさま、ぜひいらしてください。そして、井筒さんがどのような絵を描かれたのか、またこの絵本をどのような思いで描かれたのか、ぜひその目撃者になってください。

よろしくお願いいたします。

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岩崎夏海

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