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ブックマンションでの一日

先週金曜日、ブックマンションでお店番をした。よく「ブックマンションって何?」と聞かれるので、今回はそのことについて書いてみたい。

ブックマンションとは?

吉祥寺の東急デパート裏、ビルの地下1階にブックマンションはある。ブックマンションは、棚ごとに本の売り主が異なる、小さな本屋さんの集合体である。最近は空き物件などを利用し、複数の人達が古本を売る「シェア型古本屋さん」が全国的にも増えてきているようだが、2019年夏にスタートしたブックマンションは「新しい本屋さんの形」として注目を集め、メディアにも取り上げられ、一目見ようと遠方から訪れる人も少なくない。

ブックマンションには、現在70人程の「棚主」がいる。棚主は各棚の中で自由に本を置き、販売することができる。古本もあれば新刊本もある。広島カープファンの棚主は野球本を陳列し、棚が赤一色になっている。大好きな作家さん一人に特化する人、「戦国棚」と看板に掲げ戦国本を並べている人、自分の書いた本を置く人、その他現役の芸大生、イラストレーター、編集者、大手書店の上層部の方(この方は棚に置いた本が売れないで欲しいと思っているユニークな棚主さんである)、また中には小学生の棚主さんまでいる。この棚には自分が未読な本には「まだ読んでいないので非売品」と書いてあったりする。その注意書きにはほっこりとさせられる。そして、私のような専業主婦も棚主をやっている。

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70人の多種多様な個性や「好き」がつまった棚は、店の名の通り、マンションのような空気感が漂っている。マンションは一枚壁を隔てた反対側に、全く異なる世界が広がっている。インテリアのテイストはもちろんのこと、年齢や職業、趣味までまるで違う価値観を持つ人が暮らしている。

自分の部屋には自分や家族が好きなものが溢れている。しかし他のお宅では同じような間取りなのに、全く違う世界がそこにはあり、キッチンの引き出し一つから使い方が違ったりすることに面白さを覚える。

私がブックマンションの棚主になったのは今年1月だ。マンションがスタートしてから、1年半経った頃に入居したわけだが、周りの棚主さん達にとても親切にしていただいている。棚に本を置く際、「これを使うと本をうまく置ける、100均で売ってるよ」と本が傾かない方法を教えてもらったり、ユニークな棚主さんを紹介していただいたり、3月には別会場でブックマンション主催のイベントがあり、生まれてはじめてZINEを作り、販売させていただいた。

新しく越してきたマンションならば、近隣の方にゴミ出しの方法などを教えてもらうことから始まり、少しずつ挨拶を交わす人ができ、仲良くなればお茶をしたり、一緒に出かけていくこともあったりする。

ブックマンションと普通のマンションは似たものがあるように感じる。ただ一つ大きく違う点は、このマンションの住民は「本が好き」という共通項があることだ。それぞれの個性があふれる棚が陳列する風景は実にユニークであり、棚の写真を撮っていくお客さんは少なくない。お店番をしていた際に「ここは偏りがないのがいいのよ」と話されたお客さんがいた。一人の店主さんの味わい深い空気が店の隅々まで滲み出ている古本やさんを私は大好きだが、ブックマンションの面白さはおそらくそれとは反対側にあるのだろう。

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お店番の仕事

棚主は毎月、棚のレンタル料をオーナーさんに納めている。それ以外は特に決まったルーティンやルールはない。棚にある本の補充や入替えなどがメインな仕事で、基本的に管理は棚主に一任されている。本が少なくなっていないかな? 整っているかな? と頻繁に確認をする棚主さんもいる一方で、私のような怠け者は強制的にそこへ足を運ぶ理由が必要だったりする。そこで私がとっている策は「お店番をする」ことだ。

棚主のお仕事としてお店番がある。が、こちらは任意でシフト制ではない。営業日である水金土日の4日間のうち、自分ができる日を自由に申請できる。月によってはすぐに埋まってしまうこともあるが、平日は比較的予約が入れやすい。

私は今まで3回、お店番をした。まだ数回ではあるが、本屋さんのお店番をするのは中々レアなことで毎度、面白さを感じている。開店前にドアを開けるところからスタートし、店内に電気をつけ、BGMを流す(BGMの内容も棚主のセレクト)。店内を一通り整え、看板(これも各棚主のオリジナル)を表へ出し、お客さんを迎える。お客さんと話したり、会計をやっているとあっという間に閉店時間になる。一般の書店で働いた経験がないので分からないが、吉祥寺の一等地にあるお店を短時間でも任せられるというのは、私のような臆病な人間にとっては、最初は度胸がいることだった。

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お店番の日は、店内中央にあるテーブルを好きに使用してよい。バナナに関する本を集めバナナ特集をする人がいたり、サウナ特集をしサウナファンが集ったこともあったようだ。私も見よう見まねで、初回のお店番のときは好きなブータンの本を置いてみた。2回目は息子が描いたポストカードやZINE。そして先日は絵本に特化し、その内容にちなんだグッズをつけて置いてみた。『ふくろんくん』には涙のお茶、『かぜはどこへいくの』にはお香、『Life』には花の種を、という具合に。何をオマケにつけるかを考え、作業をするのがとても楽しかった。

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本の作用

ブックマンションにも当然のことながら、コロナの影響は出ている。一時に比べて客足が減ってきている。3回目のお店番をしたこの日も少なかった。しかし、来店したお客さんのほとんどは不思議と本を買っていく。もちろんこれは単日のみの印象なので、全体比はわからない。

お客さんがいない店内も悪いものではない。そこは私だけの貸し切り図書館の場となる。気になるタイトルのものを手に取り、じっくり読む。これはかなり贅沢な時間だと思う。書店では立ち読みすることは難しい。かといって図書館でも完全な静けさの中で読書をするのは、意外と難しい。この日は安藤光雅さんの『旅の絵本』を見ながら、頭の中でヴェネツィアやフィレンツェへ出かけていった。そして心は不思議な落ち着きと楽しい気持ちにあふれた。

同じことがお客さん側にもあるように感じる。金曜日午後のこの日は、一人でお店にやってくる人がメインで、その時間は私とお客さんの二人だけになる。ゆっくり時間をかけて棚を見る姿は、自分と対話しているような印象を受けた。気軽に人と会っておしゃべりができない。展示やライブといった場所も休業や中止。身動きがとりづらい状況下でも、「ちょっと外の空気を吸いたい」とか「こんなときだからこそ、本にゆっくり触れたい」と思っているような気がした。それは、買われていった本はしかりとした目的を持ったタイトルではない印象があり、しかし心には必要なのかもしれないと感じたからだ。

安藤忠雄氏は、著書『いたずらすきな けんちくか』の中で、

「(中略)旅には2しゅるいあります。ひとつは、遠くまで行ってちがう場所の空気をすうふつうの旅。もうひとつは、本を読んで想像のせかいをめぐる心の旅です。ふつうの旅はなかなか行けませんが、心のたびはいつでも出発できるからいいですよ。(略)」

といっている。

本は心に何かを灯す作用があると思う。それは気持ちを落ち着かせてくれることだったり、新しいものとの出会いや発見だったり、必要な気づきだったり、人によって受け取るものは違うだろう。

この日最後に売れた本は、料理家・なかしましほさんのお菓子本だった。私はなかしまさんのレシピが大好きでよく作る。

 「なかしまさんのお菓子、よく作るんですか?」と聞くと、

 「いえ、作ったことはないんです」と女性は答えた。

 「なかしまさんのお菓子、おいしいですよ。私はよく作るんですが、洗い物も少ないし、甘すぎないからつい食べ過ぎちゃって、、」と言うと、

女性は「作るの楽しみ!!」とマスクから笑いが飛び出るような顔をして帰って行かれた。その笑顔を見て、私はとても嬉しい気持ちになった。

私は一棚主に過ぎない。お店の経営の心配とかをせずにいられるからこうしてのらりくらりと楽しく小さな本屋さんをさせていただいている。そして、お客さんやユニークな棚主さん達からも貴重な体験をさせてもらっている。これからもブックマンションから繋がっていく新しい扉をバンバン開けていきたい。

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