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「なんか、バスの待合室みたいやな」

「なんか、バスの待合室みたいやな」

大見が言った。

大見はサポートドラムで、場所は名古屋のライブハウス。椅子が等間隔に置かれた出番前の楽屋は、座れる席がないほど混み合っているのに、水を打ったようにシーンとしていて、確かにバスの待合室みたいだった。

バンドマン同士は、出番前多くの話をしない(例外は勿論あるけれど)。皆、ライブを控えて、静かに各々の時間を過ごしている。

バスの待合室。

出番の時間が来ると、バンドごとに下の階にあるステージに降りてゆく。その時になって初めて「よろしくお願いします」とか「お疲れ様です」とか、そうした簡単な会話をする。俺たちはたまたま長い人生の中の一夜に一緒になって、それぞれのバスが来るのを待っている。


名古屋に行くためには、新東名高速道路を使って、東京から4時間ほど高速を走らせる。往復8時間の移動時間を使って、今日のライブの出演時間は40分。

不思議になる事がある。音を鳴らしている時間よりも遥かに、移動している時間の方が長い。足柄SAを越え、静岡SAを越え、沢山の機材と4人の身体を運ぶ。たわいも無い雑談と、タフな熱気を運ぶ。宙に浮いた冗談と、効きすぎた空調を運ぶ。音を運ぶ。夜を運ぶ。

組みたての頃は、サービスエリアや、あたりの景色などにいちいち感動していたものだったが、それも次第になくなった。車内は基本的にドライバーの聴く音楽以外シーンとしていて、変な話だが、これまたバスの待合室みたいだと思う。

ライブハウスに着くと、機材をメンバーで手分けして中へと運ぶ。アンプは重く、二人で持つ。ギターと、物販と、衣装と、簡単な荷物を持って、俺たちはライブハウスへと入っていく。

大体、着いてすぐ1時間くらいの休憩があり、リハーサルをして、現地のPAさんや照明さんと簡単な打ち合わせをした後、メンバーはまた散り散りになる。それぞれの行きたい場所へ。喫茶店で時間を潰したり、あたりを観光したり、楽器屋に必要なものを買いに行ったりする。そして、本番前、再び待合室に戻る。



ライブが終わると、緊張の糸が解れて、バンドマン同士は喋る(これまた例外はあるけれど)。「あの曲良かったですね」とか「最高でした!」とか、お酒を飲みながら、ライブについて一しきり喋った後、また車に戻る。ここで喋ることは、その日のライブによって、多かったり少なかったりする。夜の結末により、まちまちだ。

再び、車に戻ると、その日のライブについてメンバー同士で話したり、興奮のままふざけ合ったりして、気づけばまた静かになる。音楽が流れ、運転するメンバー以外が眠りにつく。もしくは、自分の時間をそれぞれ過ごす。

東京まで帰ってきて、それぞれの帰路に着く。朝になっていたり、起きたばっかりだったり。眠い目を擦り、疲れた身体を引き摺り車から降りてゆく。「お疲れ!」とか簡単な言葉を交わして別れる。どうせ、すぐまた会うし。



名古屋のライブが終わり、その日は翌々日も名古屋でライブだったので、ホテルの自室に帰った。しっかり打ち上げをし、お酒も飲んでいたので、ややふらつきながら上着をハンガーにかける。コンビニで買ったアイスを食べながらジャスミン茶を飲む。遠征先で、しっかり飲んだ時のセットはいつもこれだ。

隣の部屋には、ギターの浪越とベースのタノがいる。ドラムの大見は愛知の実家へと帰った。それぞれどうやって夜を過ごしているんだろうか。窓の外は、明るくなってきている。飲み過ぎたようだ。

長い人生の中で、たまたま一緒になった4人がバンドをやっている。大学生の頃、神戸で知り合って、そのまま気づけば8年間バンドをやっている。バンドをやっている時以外は、どうやっても他人で、それぞれの時間を過ごしている。こうしてアイスを食べている間、浪越はもう寝ているかもしれない。タノはシャワーを浴びてからベッドに入るだろうか。

アイスを食べ終え、風呂は明日入ると決め込み、バタンとベッドに横になる。携帯を充電ケーブルに繋ぎ、電気を消す。


まどろみながら、ふと、大学ってのはバスの待合室みたいだったと思う。皆、それぞれのバスを待っていた。ただ、そこでたまたま知り合った4人と、今バンドをやっている。同じバスに乗りながら、色んな街を旅する。色んな景色を観る。

乗り換えのために降りた待合室で、他のバスに乗ってた仲間と合流して、一しきり盛り上がった後、またそれぞれのバスに乗ってゆく。

共演したバンドは、今日中に東京に帰ると言っていた。岡崎SAを越え、浜松SAを越え、今頃は家へ帰っているだろうか。関西から来たお客さんは、とっくに眠りについてもう起きる頃かもしれない。

本質的には、皆他人だ。メンバーも、対バンも、今日集まってくれたお客さんも、ライブハウスの人たちも。それぞれの生活の中、ある夜を共にして、それぞれの帰路へつく。ただ、そこにいたことは間違いない。その夜、その地点で、待合室で暇つぶしがてら話した他人同士のように、俺たちは出会った。


同じバスに乗りながら遠くまで旅をする。夜行バスのトイレ休憩のように、時々散り散りになりながら。そのバスには、今夜のお客さんも乗ってるかもしれない。たまたま行き先が一緒になったり、たまたま違う趣味ができて別れたりする。

音を運ぶ。夜を運ぶ。沢山の沈黙と笑い声を運ぶ。

明日は名古屋で丸一日オフで、隣の部屋で寝ているメンバーとは一日中、会わないと思う。明後日また会って、恐らく「昨日何してた?」とか話して、機材を運び入れ、30分のライブをする。また次の街へ行く。


「なんか、バスの待合室みたいやな」


冷蔵庫とヒーターの唸る音に満たされた明け方の部屋で、大見の言葉を反芻していた。

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