わたしがいつまでも好きでいると思うなよ

2日連続のイケメンワールドから無事に帰還したら、
いろいろ思うことがあった。

彼の働く工場から10キロくらい離れた自宅へ帰ると、
わたしはどっと疲れを感じたけれど、
頭はだいぶ冷静になった。
なぜか彼への熱も少し冷めたような気がするのは気のせいだろうか。
やっと現実に戻ってきた感じがする。
ライブ後のような遠征帰りのような気持ちだ。
もう彼のところにはしばらく行けないから、
わたしの日常に彼はいない。
わたしは今まで通り本業をしながら、
いろんな現場でいつものように働いて、
週末はまた遠征に出れば良いのだ。
2日間いろいろあったけれど、元の生活に戻ろう。


そして冷静な頭で振り返ってみると、
たぶん、たぶんだけど、

2日目、彼はわたしに話しかけられたくなかったのだ。(想像)


仕事が忙しいタイミングだったのかもしれないし、
他の人達の目もあるのかもしれない。
考えたくないけれど、
彼はおそらくわたしに好かれていることには気づいているから、
しつこいわたしに嫌気が差したのかもしれない。
1日目の帰りもめちゃくちゃ名残惜しくて、
他の人にQRコードを読み取らせている彼に遠巻きに「じゃあお疲れ様です!(2回目)」と言ったら、
彼は少し慌てつつも顔だけこちらに向けて「おつかれ」と言った。
あれはちょっと迷惑だったかもしれない。
緊張のあまり記憶がないのだけど、
わたしは喜々とした顔をして手ぐらい振っちゃってたような気がする。
やべえ、空気読めてねえ。

2日目の彼の態度。
わたしが隣に行くと逃げ、
他の同僚とは笑顔で話すのにわたしには無表情、
なんとか話しかけても距離を置かれたし、
わたしが話している間彼はずっと居心地が悪そうだった。
ふたりで隅っこにいるのを避けるようにど真ん中に作業台を無言でずらすし、
差し入れを渡した直後の無言の目線だけでの指示出し…。
いつもいろんな人と働くけれど、
あんな感じの悪い指示出しをする人は他にいないような気がする。
もしかしたら今日もあのテンションでずけずけと俺に寄ってくんなよという牽制だったのかもしれない。

しかし唯一引っかかるのが、
わたしではなく別のタイミーを一番遠い機械に送った点だ。

そんなにわたしのことが嫌いなら、
わたしを遠くに送るのが筋なのではないか。
あの時彼は何か言いたそうだったから、
わたしは目を合わせようとしたけれど、
彼はわたしには目もくれず他のタイミーに声をかけた。
わたしに話しかけるのも嫌だったということか。
彼の近くの機械は扱う物が他の機械よりも軽いからか、
彼は年齢問わず細めの女性を自分の近くの機械に置いているような気がする。
わたしもわりと細身に見られるし、
遠くに送ったタイミーの女の子はわたしより若くてずっとふくよかな子だった。
仕事だから配慮してなのか、いつものクセだったのか。
わたしは重い物の方の仕事はよっぽどできなさそうに見えるのか、
でも何度か彼に向こうに送られたことはあるのにな。
もしかしたら嫌な顔してたかな、ははは。


そんなことを考えていても、
思い出すのは昔好きだったバンドマン(故人)のことだ。


あの時もわたしはサイン会に行く度に、
彼の塩対応にビビってはめちゃくちゃ悩み、
他のファンやスタッフとは笑顔で楽しそうに話す彼を見て、
若かったわたしはそれはそれは傷ついた。


そしてたぶん、

どこかのタイミングでわたしはポキっと心が折れたのだ。


今思い返すと、
「わたしにはあの人と楽しく話すのは無理だ」
と悟った瞬間がきっとどこかにあったように思う。

そこからわたしは彼と直接話す機会を避けた。
彼の顔も声も大好きだけど、
直接話すとわたしは死ぬほど傷つくから近づけない。 
だから遠巻きにニヤニヤしているだけの不審者みたいなファンになった。
あの時のわたしにできる限界がそれだったのだ。
わたしにはとても越えられない壁が、
わたしと彼の間には確かにあった。
だからわたしは壁に隠れながら、
彼をコソコソ見てはニヤニヤすることしかできなかったのだ。(根暗)

以前サーキットイベントで他のバンドを観に行った時に、
街でたまたまバンドメンバーに出くわして、
ボーカルに写真を一緒に撮ってとお願いしたことがある。
そのバンドはわたしが追いかけていたバンドと違ってインディーズで、
ツアーと言ってもせいぜい東名阪で、
とてもわたしの地元でワンマンライブをするような人気はなかったのだけど、
わたしはこのボーカルが作る曲や彼の声が、
前のバンドの時から地味に好きだった。
ボーカルは普通に明るく返事をしてくれて、
わたしはその時もひとりだったから、
まるで友達みたいにわたしのスマホを持って自撮りをしてくれた。
メンバーもめったに来ない地方に来てごきげんだっただけなのかもしれないけれど、
本当に普通にわたしと話してくれて、

もしわたしがこっちのバンドを追いかけていたら人生全然違っただろうな


と衝撃を受けたことがある。
わたしは追いかける相手を間違えたのかもしれないとその時初めて思った。
だから今回も好きな人だけ見てしまわないように、
いろんな現場に行っていろんな人と仕事をしたり、
たまには地方に遠征に行って、
ひとりで思い詰めないように気をつけているのだ。



でも結局あの時、

彼から離れたのはわたしが先だった。


彼のことはあんなに大好きだったけれど、
わたしは現実で他に好きな人ができたら、
バンドの追っかけからは足をきれいに洗って、
新たな沼に落ちたのだ。
自分でも信じられないくらい呆気なかったけれど、
不思議なことに後悔は1ミリもなかった。


だからきっと今回も、

先に冷めるのはわたしだと思う。


なんかそんな気がする。
この人といてもわたしは全然楽しくないし、
きっと他の人の方が彼には良いのだろう。
わたしは他の人と違って彼を笑顔にすることはできないと悟ったら、
その後半年くらいで他に好きな人を見つけると思うのだ。(ただの勘)


ようやく出口が見えてきたような気がする。
わたしはもしかしたら、
今年の年末には違う人を好きになっているかもしれない。
それはそれで面白い。
わたしは子供嫌いで結婚願望もなく彼氏もいない、
ただの独身女だもの、
これくらい自由でいたっていいのだ。
誰にも迷惑なんてかけてないし。


王子様、わたしがいつまでも好きでいると思うなよ。


お兄さんがようやくわたしに振り向いた時には、
わたしはもう違う男を追いかけているかもしれないぞ。
と警告できるうちに警告してみる。