電波戦隊スイハンジャー#4

第一章・こうして若者たちは戦隊になる



伝説の海人(あま)


季節は春から夏に移ろいゆく。

2013年5月の天草の海は白く凪いでいた。空は晴天、青空にちぎれた白い雲が切れ切れにあるだけ。

海辺の陽射しは都城琢磨《みやこのじょうたくま》の肌をじりじりと容赦なく灼《や》いた。

日焼け止めをSPF50のやつにしといとよかった。と琢磨は思った。

彼は仕事の事情で日本各地を旅している。太陽が空の一番高いところに昇っている。

そろそろ昼食にしようと琢磨は思った。大きな岩の影になった場所を見つけ、リュックサックから簡易レジャーシートを出してそこに広げた。

民宿で作ってもらった弁当のタッパーを手に取り蓋を開ける。

中には具の入った大きなおむすびが3個。民宿の女将手製の大根の漬物が添えてある。琢磨は手前のおむすびを掴んだ。

熊本県の天草に来てもう2週間。

民宿の女将のばあさんも最初は行き先も告げずにふらりと出ては帰って来る琢磨の行動を怪しんでいたが、

最近は彼を勝手に海洋関係の研究員なのだろう、とひとり合点して何も言わなくなった。

「春の海、ひねもすのたりのたりかな…あ、旧暦じゃもう夏か…」

独り言で俳句を詠むのは、彼の癖であった。

25歳の若さでじじむさい奴。と同僚によくからかわれた。その同僚達とももうまる一年会っていない。

おむすびの中身は昆布だった。塩加減がちょうど良い。

琢磨は魔法瓶の冷たい麦茶をぐびりと飲んだ。

彼は元々は色白なのだが、いまはすっかり日焼けしてしまった。琢磨は今年で25になるのだがまるで大学生にしか見えない程の童顔である。

大きな二重瞼の眼がくりっとしている。人によっては高校生にも見えるらしい。

ふんわりした天然パーマの髪が彼の見た目の幼さに拍車をかける。

困ったことに、よく年上の女性から「可愛い」と言われ付きまとわれたことが何度かあった。

彼は「上」の命令で一年前から日本各地をとある調査で回っている。

昨夜調査報告を上司にメール送信したし、そろそろ天草での調査も終わりだ。明日あさってにはここを切り上げよう。

琢磨は麦茶をもう一口飲んだ。打ち寄せる波も穏やかである。が…

ウニが一個海中からざばあっ!と上がり、波打ち際から10センチ程を浮いて移動している。

琢磨は自分の目を疑った。空中のウニは「よいやさ!」と男の掛け声と共に岩礁にぽんと放り投げられた。

げ、幻覚と幻聴?

幻覚はなおも続いた。続けざまに海中からウニ、小振りのアワビ、海藻などが浮かび、再び「よいやさ!」の掛け声。

それらがぽんぽん岩礁に集められていく。

海産物が空を飛んでいる!

岩礁の上に、たちまち海産物の小さな山が出来た。

その辺りから歌声が聴こえた。

ハイヤー、ハイヤ
ハイヤで今朝出した
船はエー

何処の港にサーア入れたやらエー
エーッサ牛深三度行きゃ三度寝に多か
鍋売っても酒盛りゃして来い

戻りゃ本渡瀬戸徒歩渡り

アヨイサーヨイサー
ヨイサーヨイサー
サッサヨイヨイ
サッサヨイヨイ

こ、この歌は「牛深ハイヤ節」!?
(牛深市民文化財)

日本全国の漁師唄ハイヤ節の元祖と言われている。

腰を低く落とす踊りの振り付けは、阿波おどりのルーツとも言われている。

って、こんなはっちゃけた幻聴ありか?

昼飯を中断して琢磨は海産物の山に駆け寄った。目を凝らすと半透明な小人がウニを担いでいる!

真っ白なハッピにふんどし姿。頭にはねじりハチマキである。

「ヨーイヨーイ、ヨイヤサ…」

上機嫌そうにウニを担いだ小人が琢磨と目が合った。笑ったまま表情が凍りつく。

「ひ、ひええええええっ!!」小人が担いでいたウニを取り落として逃げた。獲物であろう海産物の山に隠れるとちら、とこちらを伺う。

「隠れてももう遅いです」

琢磨は小人に話し掛けた。

「に、兄ちゃん…おらが見えるべかあ?」

おずおずと小人が琢磨の方に歩み寄った。

「た、たまげたあ。人間に見られんの400年ぶりだべえ…あ、おらの名前は心太《しんた》、兄ちゃん名前は?」

「琢磨。都城琢磨です」

「じゃあ、たくぽん。で呼んでいいべか?」

勝手に愛称付けられても…と琢磨は思った。

「ヨーイヨーイ、ヨイヤサ」

他に心太と同じ格好をした小人が3体、海中から獲物を持って上がって来た。

やはり上機嫌な顔をしていたが心太と琢磨の様子に気付くと、担いでいたアワビやら海藻やらを取り落とした。

「心太ぁ、この人間おらたちが見えんのかあ!?」

「兄ちゃん達おかえりー。んだ」

心太を含め4人の小人達がわっ!と琢磨の足元に駆け寄った。

四人は声を揃えて叫んだ。

「人間さん一名歓迎だべー!」

心太の兄ちゃんらしき小人がウニを担いで満面の笑みで琢磨に差し出した。

「ウニ食うかぁ?」

熱い網の上で小振りのアワビやら貝類やらが、生のまま焼かれて縮んできている。
海辺の取れたてでしか味わえない「ざんこく焼き」である。

「兄ちゃんの弁当、おかず少ねえからもっと食え」
心太が木の串にアワビを突き刺して、琢磨の弁当の上に置いた。他2体の小人は久しぶりの人間との邂逅に相好を崩している。

残る1体は黙々と熱い貝を冷まして食っている。

「おら達兄弟4人で素潜りやってんだあ。

紹介すんべ。左隣から、長男の藻吉《もきち》兄ちゃん、次男の磯吾《いそご》兄ちゃん。おらは心太、三男だべ。
さっきから黙ってんのが末弟の蛎蠣助《かきすけ》だべ。こいつ、極端に無口なんだべ」

蛎蠣助がこくり、とうなずいた。

「あなた達顔みんな同じだし、お祭りコスプレしたサン○オキャラにしか見えないんですけど」

「お前ら、練習しといた『あれ』やんべ!!」長男の藻吉が、立ち上がって叫んだ。

「ええーっ?」

4兄弟が円陣組んでこそこそ話し合っている。

(兄ちゃん、あのネタはおら的にはイタイと…)
(兄ちゃんが一人張り切ってるだけで…)
(こくり)
「黙ってやれーっ!!せーの」
(しぶしぶ)
「おら達、『あまくん』ブラザース!!古墳時代から素潜りしてる、伝説の一族だべ!!」

キメのポーズが、まさに「ギ○ュー特選隊」であった。

(に、兄ちゃん、たくぽんの反応が微妙だべ…)
(いいから、モテるサーファーみたく爽やかに笑え!)
(サーファー=モテるは、もう古いべよ!)
(こくり)

「あ、あのー、海女さんの事でしょ?素潜りの仕事って女性のイメージなんですが…」

「いんやいやいや!!熊本の天草では、素潜りは昔から男の仕事だべよ。
あの海女さんをヒロインにした朝ドラのお陰で、ついにおら達の時代が来た!と思ったべ。しかし…」

藻吉たちががくっと肩を落とした。

「普段、人間に見えないからなー…」
「精霊だからなー…いくらポーズ練習しても、じぇじぇじぇ!!練習してもなぁー」
「んだ」

蛎蠣助が、やっと言葉を発した。

「あの質問、あなた達、何で東北弁なんですか?ふつう熊本弁喋るんじゃ」
読者が思っているだろう質問を、琢磨は投げ掛けた。

「あれは明治のご一新の頃であったよ」

磯吾が答えた。

「400年ぶりにおら達木霊の統括部長である女神U様が、日ノ本に散らばったおら達の代表達呼び出したらあらびっくり…、
方言が細分化されすぎて、お互いのコミュニケーションが取れない状況になっただよ。400年たちゃ、方言も色々生まれるって…」

藻吉が続けた。
「そん時の兄弟代表で行ったのがおらだが…あ、女神さまのモノマネすんべ
『うるさ~い、あんた達ぃ、あたしゃ聖徳太子じゃないんだからねっ!!
方言を統一しまあす。あんたら今から東北弁ね!!』で、決まっちまったべ…」

「つまりは『逆バベル』をされたんですね?」
「たくぽん、おめえ理解早えな」

琢磨の理解の速さに感心して心太が、言った。
「おめえ、今時の若者だから最高学府(大学)出てんべ?どこ卒業だべ?」
「京都大学ですが…」

「じぇじぇじぇ!!」2013年当時には新鮮だった流行語を4兄弟は口を揃えて言った。
「選良(エリート)だべかあ?し、仕事は何してんべ?」
「農林水産省の職員ですが…」
「か、官僚かあー!」
「ひえええっ、官吏さまだべえ」
「でも、なしてこんな地方の海べたに?
官僚ってえのは、霞ヶ関にいるもんだべ?…あ、もしかして、ミスって出向とか」

藻吉が言っちまったとばかりに口を覆った。
「若いのに気の毒な」
「んだ」
琢磨は天然パーマの髪を掻いた。

「僕もやや気にしてるからそこんとこつっこまないで下さい。省の命令で色々調査、研究してるんです。極秘ですが…」

「国家機密か?おら達の事報告すんのか!」海人《あま》達が、気色ばんだ。
「いや、まず信じてもらえんでしょ?」
「だよなぁー」
「んだ」

「いやぁー、もう今日は仕事切り上げてこのまま宴会するかあ?」磯吾が提案した。
「おら焼酎持ってくんべ!!」
心太が立ち上がった。
「えー?昼間からあ?」

どうしよう、めんどくさい事態になってきた。琢磨はもう帰りたくてしょうがなかった。
「待て」蛎蠣助が小さく叫び、海を指差した。
「あんた達聴こえたわよっ、なーにサボって宴会モードに入ってんのよ!」

波打ち際に女性が立っている。
銀色の髪に、瞳も銀色のものすごい美女である。ギリシャ神話の女神のようなドレープの付いた白いドレスを着ていたが、
それが海水で濡れてべっとり張り付いているので…
彼女の乳首も陰毛も、透け透けに見えている。

ぶーっ!!琢磨の意識が一瞬にして遠退いた。

「わー、たくぽんが鼻血出して倒れたあ!」

「女神さま!分別ある女性なら水着ぐらい着けてけれ!」

藻吉が女神に黒いビキニを献上した。
女神と呼ばれた女性は、岩礁に上がると横たわる琢磨を見下ろして笑った。

「んふ可愛い…純情なのねボクちゃん」

「あー女神さまの『病気』が始まったあ…」
「たくぽん。聞こえてるかどーかわかんねーけど、
このお方は、おら達海で働く精霊を統括する女神さまだべ。
別名『男喰いのうーちゃん』」

「相変わらずフェロモン凄いべー」

女神が濡れたまま倒れた琢磨に近づき、顔を覗き込んだ。

「ターイプ!!この坊や気に入ったわ。心太、あたいにも酒持って来な!」

「か、かしこまりましたあ!!」

「ああっ、女神さまっ!!人間に手を出すのはいかがなものかと…」

海人兄弟達があたふたしている。
「今日はこの坊やを肴に宴会よ」
「女神さま人の話聞けー!」

都城琢磨、彼の貞操はどうなる!?

「だからさあ、陸の精霊の木霊《こだま》を統括するのは、
豊穣の女神Uちゃんでえ、あたしは海の精霊海人《あま》を統括すんの」

うーちゃんと自称する銀髪の女神は、琢磨の隣にぴったりと豊満な女体をすりつけ、しきりに彼の太ももをさすっている。
どんなグラビアアイドルも敗北宣言しそうなナイスバディである。

「女神さまっ!!ハニートラップはやめてください!」

また鼻血が垂れそうになる。琢磨はハンドタオルで鼻を押さえた。
「MAJIでエレクト5秒前?」
海の女神、うーちゃんは艶然と笑った。
「エレ…子供が読んでるかもしれない小説で何て事言うんですかっ!?
それに僕は…胸が大きすぎるのは、好みではありません」

透けた白いドレスの下に黒いぴっちぴちのビキニを着けたうーちゃんは、さらに体を擦り付ける。
「なーによ、マダムキラー顔してぜいたく者お。つねってやるうー」
「血を失いたくないから触らないでっ!!」
「まるでキャバ嬢と客の掛け合いだべ…」
あまくん4兄弟の長男、藻吉が白けた顔で言った。
「いんや、女神さまの格好ギリ風俗?」
次男、磯吾もまずそうに焼酎を飲む。
「でさあ、同僚Uちゃんとあたしって、イニシャルが同じUでかぶる訳よ。
じゃあ、あたしU2?アイルランドのバンドみたいじゃない!
でも、ボノさんは好みよ。じゃあウッチャン?それじゃあ、無駄に演技力のあるあの色白芸人みたいじゃない。
でも彼も嫌いじゃないわ…だ、か、ら、あたし、うーちゃん」

「ちょっと男のストライクゾーンが広すぎやしませんか?」

琢磨は女神の手を無理に振りほどいた。

どうしよう?このまま焼酎で潰されたら、マジで自分はこの女に食われてしまう…
まったく今日はなんて日だ!

「慣れてないのね…そこが可愛い」
うーちゃんが琢磨の耳たぶに息を吹きかけた。

琢磨は、助けを求めるように海人《あま》4兄弟を見る。

「あのう、女神さま、あなた様、一応人妻なんだから、男喰いもほどほどにな…」

3男、心太が注意した。どうやら兄弟達の中で唯一のツッコミ役らしい。
「んだ」
4男、蛎蠣助が呼応する。
「(--)(-o-)(´Д`)(><)」

蛎蠣助が何を言ってるのか、琢磨には判らなかった。

心太が説明した。
「弟は主張したい事があると、顔文字で喋るべ。これは兄弟達にしか分からねえ。
通訳するとこうだ…女神さま、貴女はかつて、海の豪族大海人一族《おおあまのいちぞく》を束ねた立派な女性ではねえか?
このていたらくは何ですか?嘆かわしい、ご亭主が哀れだ」

うーちゃんは凄まじい目つきで蛎蠣助を睨んだ。負けじと蛎蠣助も、睨み返す。
「( ̄ー ̄#)」
この末っ子、意外と心が強そうだ。

「人妻だってバラすなよ、小僧」

怒るとこそこかよ!と琢磨は思った。大海人一族?どっかで聞いたような…
「(_)(^^)(*^o^)/( ̄ー ̄#)!」
「不倫は文化だって、言わせねえべ!」
心太が通訳した。

実にめんどくさい末っ子であった。

あーっはっはっはっはっ!!
琢磨達の背後の高い岩上から、快活そうな男の笑い声がした。

全員笑い声の方に注目する。
2メートルほどある岩の上に、男が立っている。
身長は琢磨の目測で180センチぐらい。

日に焼けた彫りの深い顔に、偏光サングラス。肩まである黒髪が、海風になびいている。
パナマ帽を斜めにかぶり、上半身は黒地に赤い牡丹模様のダボシャツ。
下半身は白いステテコである。素足に何処にも売ってなさそうな一本足の高下駄を履いている。

女神うーちゃんは男を見ると舌打ちした。
「サイッコーにヤな男が来たわ…あーあ、宴は終わり。
せっかく新鮮なネタ食えると思ったのに…あまくんブラザース、ずらかるわよ!」

女神と4兄弟は滑るように走り出し、海岸から海に滑り込んだ。白い水しぶきが上がる。

「あ、たくぽーん、また逢いましょう!うふっ」
投げキッスを残して、女神の顔が海中に消えた。

男は絶妙なバランス感覚で岩の上に立っている。

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