第7回 『なにせにせものハムレット伝』

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2幕4場

今回登場する人物

ハムレット・・・・・・・・・ クマデン王国の王子
クローディアス・・・・・・・ クマデン王国国王、ハムレットの叔父
ガートルード・・・・・・・・ クマデン王国王妃、ハムレットの母
ポローニアス・・・・・・・・ 宰相、クローディアスの相談役
オフィーリア・・・・・・・・ ・ポローニアスの娘
役者1・・・・・・・・・・・・旅回りの劇団の団長
森の妖精・・・・・・・・・・・語り手

森の妖精(語り手): お城に旅回りの劇団やってきました。ハムレットさまのお気に入りの劇団のようで、すさんでいたお気持ちも、ちょっとだけ回復したようです。でも、今回は、ハムレットさま、ブチ切れとなりそうな予感がします・・・。でも、まずは、劇団到着の場面からお楽しみください。まったねー。

ハムレット: やあみんな、久しぶりだな。毎年こんな田舎に来てくれて、本当に感謝している。

役者1: 毎回、身に余るご歓待をいただき、団員一同、心より感謝申し上げております。

ハムレット: ところで、最近の景気はどうだい。お客は入っているかい。

役者1: 残念ながら、我々のような、昔ながらの劇団は、すっかり影が薄くなってしまっています。何とか挽回ばんかいしようと、歌と踊りを増やすなどしてがんばっているところですが、まだまだ努力が足らないようです。

ハムレット: そうか。だが世間はどうあれ、ここでは存分に実力を発揮していってほしい。そうだ、到着したばかりで悪いのだが、ここで何か一つ台詞を披露してもらえないだろうか。

役者1: 喜んでご披露いたします。

ハムレット: それでは、えーと、あの台詞はどうかな。戦いに敗れた戦士が、人の一生を1本のロウソクにたとえた台詞だ。

役者1: お任せください。それでは「人の命は」のところから始めましょう。それでは…

人の命は1本のロウソクのよう
お誕生日のケーキの上に立てられて
赤々と、誇らしげに燃えさかり
毎年、1本ずつ増えてゆき
華やかになってゆくものの
長さは刻一刻と短くなり
1本、また1本と消えゆく
ひとたび、燃え尽きてしまうなら
可燃ゴミとなり
土台についたクリームもろとも捨てられて
焼却炉の炎で焼かれ
燃えかすすら残らない
ああ、哀しきかな人の一生、ロウソクのごとし

以上でございます。この後、主人公は残忍な結末へと向かってゆきます。

ハムレット: 相変わらず素晴らしい演技力だ!主役の座は、あと10年は安泰だな。私が保証する。

ポローニアス: この私も学生の頃に少しばかり演劇をかじった経験がありますが、今の演技は、まあまあといったところですね。仮に75点とでもしておきましょうか。まあ、なんとか合格でしょう。

ハムレット: (ポローニアスに向かって)おまえはもう二度と口を開くな!今度、下らんことを言ったら、その口を瞬間接着剤でふさいでやるからな。いいか、よく聞け。もし仮に、おまえが今の台詞を語ったとしたら、そのあまりに退屈な響きに、観客は皆、寝込んでしまうだろう。そして彼らがかくいびきの方が、はるかに美しいハーモニーをかなでることであろう。このおんぼろ、ポローニアス、このご一行を、丁重にもてなすのだぞ。

ポローニアス: わかりました、身の丈に合わせて、おもてなしいたします。

ハムレット: なんだ、その上から目線の言い草は。いいか、暖かいおもてなしをするのだ。大切なのは、お金ではなく、心だ。我が王国自慢の山菜料理でおもてなしするのだ。表も裏もなしだ。手を抜くなよ。

ポローニアス: かしこまりました。仰せのとおりにいたします。(退場)

役者1: あのお方、「家臣困りました」といったご様子で行ってしまいましたしたが、ご迷惑だったのではないでしょうか。

ハムレット: 心配ない。 あいつは、忖度のかたまりだからな。なにしろ、従順さだけで、国王側近にまで上りつめた男なのだから。「上にやさしく、下にきびしく」がモットーだ。目上の者の指示にNOと言えない体質をしているのだ。遠慮はいらん。

役者1: 毎度、格別のお引き立てをいただき、我々一同、大変感謝しております。

ハムレット: ところで、今晩、芝居を一本やってほしいのだが、どうかな。

役者1: 喜んで演じさせていただきます。我々役者にとっては、演じる歓びこそが生きる歓びですから。日頃の鍛錬の成果を披露させていただきます。

ハムレット:たしか、君たちのレパートリーに、『美しき熟年女性-美徳のよろめき』という芝居があったと思うが、できるかな。

役者1: もちろんでございます。

ハムレット: もし可能なら、台詞を数行ほどつけ加えさせてもらいたいのだが。
役者1: もちろん大丈夫です。おまかせください。

ハムレット: 台詞はすぐに届けさせる。今晩また会おう。(ハムレット以外退場。) ああ、ようやく、一息つくことができた。ここで落ち着いて、今のおれの状況を整理してみよう。おれは今、何を考えたら良いのだろうか。 英語で表現すれば、“To be or not to be”となる。うん、しっくりくる。しかし、これを日本語に訳すと、一体どうなるであろうか。「生きるべきか、死ぬべきか」という哲学的な問題とすべきなのか。いや、それとも、「このままでいいのか、いけないのか」という現実的な問題となるか。うーん。「あります、ありません、それが質問です」これは論外だな。
 そういえば、ふと、子どもの頃に教えられた童謡を思いだした。ある日森のなかでクマさんと出会った少女についての歌だった。不思議な歌詞であったが、本当のところ、あの少女は、一体どうしたのであろうか。
 野生のクマが、わざわざ、「お逃げなさい」、などと言ってくれるはずがない。また、逃げたところで、助かるわけがないではないか。不運と受けとめて、あきらめたのか。それとも負けを覚悟でクマに立ち向かったのか。いや、おそらくは、恐怖のあまり、なにも考えることができなかったに違いない。それに引きかえ、今のおれはどうだ。考える時間が十分あるにもかかわらず、行動することができない。あの歌の少女の方がよほどましではないか。

(オフィーリア登場。)

ハムレット: ああ、あそこにいるのは、オフィーリア、森のなかの少女だ。すると、おれはクマか! そうかもしれない。だがまあ、そんなことはどうでもいい。ああ、美しいオフィーリア、まるで妖精のようだ。森の妖精だ、なんという美しさなのだろう。

(ハムレット、オフィーリアに近づく)

ハムレット: ああ、オフィーリア。久しぶりじゃないか。元気にしているかい。

オフィーリア: 殿下、お久しぶりでございます。ご機嫌、いかがでございましょうか。

ハムレット: 元気だ。ここで君に会えたから、さらに元気になった。

オフィーリア: 殿下、申し上げたいことがございます。かねがね、殿下から頂いたマイスプーンをお返しせねばと考えておりました。全部で30本ほどございます。リボンで結んで、持ってまいりました。あれから、毎晩、1本1本、きれいに磨いて、殿下のことを思い出しながら、全てを重ねようと頑張ってきました。でも、それぞれのスプーンの先と柄の部分の角度が微妙に違っていて、重ねていくうちに、どうしても隙間ができてしまい、途中で倒れてしまうのです。順番を替えて、何度も、何度も、何度も、時には明け方まで試してみたのですが、いつも、もう少しのところで崩れてしまうのです。それはまるで、殿下と私との関係を示しているかのようでございました。もはや、あのオムライスをご一緒にいただく機会もなかろうかと思います。ですので、いただいたスプーンを全てお返しいたします。どうぞ、お受け取りください。

ハムレット: いいや、返す必要はない。それなりに再利用してくれ。銀製だから、溶かせばお皿にもフォークにもなる。結婚指輪にだってなるであろう。きっと、いつか必要になるときがくるはずだ。

オフィーリア: 殿下、「かなわぬ恋は、胸の奥にしまってしまい、おしまいにすることこが、身分の高い女性にふさわしい生き方」であると、教えられました。ですから、どうぞ、お受け取りください。

ハムレット: なに、かなわぬ恋を胸の奥にしまって、しまい、おしまいにするだと。何だ、その陳腐な言い草は! 世間広しといえども、そんな言葉づかいをする奴は、俺が知る限り、この城に、いやこの世の中に一人しかいない。それは、お前の父親、ポローニアスだ。オフィーリアよ、裏切ったな。おまえの親父は、今どこにいる。

オフィーリア: いえ、家にいます。

ハムレット: それは嘘だ。一体、どこにいる。

オフィーリア: いいえ、そんな。

ハムレット: あのもうろくじじいが、壁の隙間に首を突っ込んで、抜けなくなってしまわぬよう、目を離さぬことだ。

オフィーリア: 殿下、申し訳ございませんが、このスプーンをお受け取っていただけませんか。沢山あって随分重たく、落としてしまいそうです。

ハムレット: それもよかろう。美しいオフィーリア。おまえに聞きたいことがある。おまえは誠実か?

オフィーリア: 殿下、突然、なにをおっしゃりたいのでしょうか。私には、どのようにお答えしたらよいのか、分かりません。

ハムレット: そうか。では、教えてやろう。最近では、心の美しさと外見の美しさは両立しないのだ。

オフィーリア: 殿下、どうしてでございましょう。心が清くて美しいことこそが、女性が目指すありかたなのではないでしょうか。

ハムレット: いいや、それは昔の話なのだ。今では、そんなことはあり得ない。なぜなら、美しい女性がいれば、下心をもった男どもがウジ虫のように群がり、たちまちのうちにその女性を堕落させ、その誠実さを奪ってしまうからだ。

オフィーリア: 殿下・・・。

ハムレット: 美しさか、誠実さか、そのどちらか一方をそなえているというのであれば、認めてもよい。しかし、その両方をそなえていると言い張るのであれば、許しはしない。いいか、この私だって、女性に群がるウジ虫どもの一匹にすぎない。生まれてこなければ良かったと思うことすらある。(冷静に)そう、かつてはおまえを愛していた。

オフィーリア: はい、そのように信じておりました。

ハムレット: だがそれも、遠い昔のことだ。おれの言葉など信じるべきではなかったのだ。いいか、今後は男という生きものがしゃべる言葉を一切信じてはいけない。おまえのためを思って言っているのだ。分かったか、分かったなら、尼寺に行け。さあ、尼寺に行け。あそこなら、女しかいないから安全だ。そして、そこで一生、平穏に暮らすのだ!幸せになれよ。では、さようなら。

オフィーリア: なんと言うことを、殿下。
ハムレット: もう一度繰り返せというのか、良いだろう。おまえが清く美しくありたいと願うのであれば、尼寺に行け!さっさと尼寺に行ってしまえ!(退場)

オフィーリア: 何という残酷なお言葉!ああ、気が違ってしまいそう。ハムレット様のお心が壊れてしまった。かつては、あんなにお優しかったのに。私はこれから、どうしたらいいのかしら。ああ、お兄様がいてくださったら。

(クローディアスとポローニアス登場。)

ポローニアス: イテッ!ジュルジュル。オフィーリアよ、大丈夫か。すべて聞こえていたから、おまえは何も心配する必要はないのだよ。あとはすべて父に任せておきなさい。(自分が鼻をかんだ鼻紙を手渡して)さあ、この鼻紙で、涙と鼻水を拭いてきれいにしなさい。

オフィーリア: 大丈夫でございます。鼻紙は大丈夫でございます。

クローディアス: (傍白)これではっきりした。ハムレットの心にあるのは、愛などではない。それが何であるのかは、今のところは分からない。だが、あの感情の激しさは危険だ。それに、あいつは国民にも人気があるから、こんな様子が知れてしまったら、この私に反感が向かうことになってしまうかもしれない。ただでさえ、私が王位を横取りしたのではないかという噂が広まっているのだから。ああ、不安で胸がしめつけられる。とにかく、あいつを遠ざけてしまわなくては。どこか遠くに。もはや帰ってくることができないような所に追いやるまで、おれの心が休まることはない。(ポローニアスに向かって冷静に) ポローニアスよ。今のハムレットの様子は尋常ではない。なにかに悩んでいるようにみえる。私はとても心配している。あいつはガートルードの唯一の息子であるとともに、我が国の未来を背負う王子なのだから。

ポローニアス: 心中お察しいたします。ただ、私にはどうしても愛の病としか思えないのですが。

クローディアス: 確かにそうかも知れない。しかし、あいつが最も必要としているのは気分転換なのではないだろうか。私はそう考える。だから、気晴らしに、あいつをクビキリ王国にでも送って、しばらく静養させようと思うのだが、おまえの意見はどうだ。異国の空気に触れて、気もちをリセットすれば、きっと元気になってくれることであろう。(傍白)帰ってこれればの話だがな。

ポローニアス: さすがは陛下、ご名案でございます。しかし、その前に、今晩の劇の上演の後に、ガートルード様と2人だけでお話しをさせてみてはいかがでしょうか。母親からきつくたしなめられれば、ハムレット様の振る舞いも少しは改まるかもしれません。それでも効果がないようでしたら、クビキリ王国にでも、陛下のお好きなところに送られたら良いでしょう。

クローディアス: そうだな、分かった。そうしよう。(傍白)ああ、なんということだ、不安で胸がしめつけられる。いても立ってもいられない。早く何とかしなくては。

森の妖精: ハムレットさま、どうしちゃったんでしょうね。オフィーリアさま、かわいそう。クローディアスは、まあ自業自得なのですが。次回に続きまーす。ぜったい待っててね!

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