【ゆっくりSS】行商ゆっくり


 「ゆーしょ、ゆーしょ」

 暑い真夏の盛りに、人目につかないようひっそりとそろりそろり歩き続けるゆっくりの一団があった。

 野良ゆっくりに見られるようなすすや油の汚れは見られなかったが、あんよは泥まみれで、おかざりはところどころ破けていて、肌には無数の傷があった。それに、葉っぱを編み込んだような風呂敷を各自が持っていた。

 その風呂敷の中には、山でしか採取できないような木の実や、誰かが捨てた車やキャンプ用品の部品など、さまざまなガラクタが詰められていた。彼らはこれらを使って街の野良ゆっくりや飼いゆっくりと取引をするのだ。

 彼らのようなゆっくりを、いわゆる“行商ゆっくり”と呼ぶ。



 行商ゆっくりの多くは元々山に住むゆっくり達だった者だ。

 山に住むゆっくりは、春から秋にかけて虫や小動物を狩猟し、木の実などを採取して暮らしている。冬になると巣穴に籠り、備蓄された食料を食べて、半冬眠状態で過ごす。冬の山で、あまり人が立ち入らないような場所で、木の根本などに木の枝でバリケードのようなものが敷かれてあるなら、その中を覗いてみると良いだろう。すやすやと眠っているゆっくりたちがいるはずだ。

 山のゆっくりは(饅頭にしては)高い危機察知能力も持つ。常に自分たちの甘い体を狙う動物たちを警戒しているためだ。

 (ゆっくりにしては)目と耳が良く、足も比較的早い。ほんの少しの異変を感じただけで(ゆっくりにしては)驚くべき速さで彼らは姿を消してしまう。虐待鬼威惨たちがあまり山の中でゆっくり狩りをしたがらないのは、山のゆっくりたちを探して追いかけるめんどくささが大きな要因だろう。



 山に住むゆっくりたちは強い繁殖力を持っている。なので、運営に成功した山の群れの頭数は市街地の地域ゆっくりを凌ぐほどだ。
 
 しかし、人口が増えると食い扶持の問題が出てくるし、数が増えすぎると群れが目立ってしまって動物たちに狙われやすくなる。そうなった時、山のゆっくりたちは“一定の基準”で選ばれたゆっくりを群れから追放するようになる。

 その一定の基準がどのようなものかは「ゆっくり度合説」「おさの気分説」「完全ランダム説」「ゆカビ菌保有説」などが挙げられるが、ハッキリとしたことは分かっていない。

 群れから追放されたゆっくりは完全に群れから排斥されてしまうわけではない。彼らは山で取れる木の実や捨てられたゴミを持って市街地に降りていく。そして行商のようなことを始めるのだ。

 森で取れる食材は鮮度こそ長持ちしないが、普段雑草やゴミを食べている野良ゆっくりや、毎日の生活に刺激を欲している飼いゆっくりにとっては非常に興味深いものだった。また、山で拾えるジャンク品は野良ゆっくりの家の補強に使われたり、地域ゆっくりが流れ者を排除する際の武器として使われたりする。ビー玉やまだ錆びていないネジなどキラキラしたものは飼いゆっくりのおもちゃとして高い需要があったりもした。



 その代わりに行商ゆっくりは何を得るのだろうか。

 飼いゆっくりとの取引では、主にゆっくりフードやおやつが代金として使われる。地域ゆっくりなどの群れのゆっくりとの取引では、価値こそ低いが芋虫や食べられる雑草の干し草、たまにその地域のボランティアから与えられたゆっくりフードが代金となる。

 では、完全に孤立して生きている野良ゆっくりとの取引では何が得られるのだろうか。

 それは子ゆっくりだった。

 食うに困ってしまった野良のゆっくりの家族は、一家が全滅してしまうのを避けるために子供を差し出す。多くの場合、末っ子が取引に使われる。

 その末っ子は商品として、地域ゆっくりの群れに高額で売られることになる。

 そのゆっくりは「おやなし」と蔑まれ、群れの“うんうんどれい”として死ぬまでこき使われたり、見た目が良ければ群れの慰み者になる。市街地の比較的大きな公園には大体1か2くらいの地域ゆっくりの群れがあるが、その中でみすぼらしい風体でいじめられているゆっくりを見掛けることがあるだろう。その饅頭は僅かな食料と引き換えに売られた気の毒なやつなのだ。



 最近では行商ゆっくりを排除しようとする運動が流行っているので、行商ゆっくりはその数を減らしつつある。

 山育ちの粗暴なゆっくりたちに憧れた地域ゆっくりたちが人間に反抗的な態度を取ったり、飼いゆっくりが強く逞しい行商ゆっくりの赤ゆをにんっしんっしたりなど、様々な問題が起きたからだ。

 飼いゆっくりや地域ゆっくりにRFIDを使った専用バッジを与えたり、野良ゆっくりの駆除の徹底化したり、飼いゆっくりの飼育放棄の厳罰化などが行われて、簡単に非公認ゆっくりが判別できるようになった。これらの施策は“ゆっくり保護条例“と呼ばれた。

 群れに所属せず孤立して暮らす野良のゆっくりは減少していて、大口の顧客の減少は行商にとって致命的だった。



 F市ではまだ行商ゆっくりの排除は進んでいない。

 行商ゆっくりたちは爽快な青空の強烈な日差しを浴びながら、人間たちに見つからないようにそろりそろりと歩いていた。これから顧客に会いにいくのだ。

「ゆ〜っ…たいようさんはぜんぜんゆっくりしてないのぜ。こんなにあついとあんこさんがとけちゃうのぜ」

「まりさっ!そろそろ“おきゃくさん”のおうちにつくのよ!あちあちさんなおかおはとかいはじゃないわ!」

「ちーんぽ!まら!」

「ありすはうるさいのぜ…みょんのいうとおりなのぜ」

 他愛のない会話をしながら、まりさたちは顧客の巣に着いた。

 そこはジメジメとした薄暗い橋の下だった。ぐちゃぐちゃの雑誌と湿ったダンボール箱でできた粗末な巣から、一匹の不潔なれいむが出てきた。

「れいむ、きたのぜ」

「まりさ…ゆっくりしていってね…」

 まりさとれいむは顔見知りだった。れいむは元飼いゆっくりだったのだ。

「まりさは、でいぶにやさしくしてくれるよね?」

 れいむは飼いゆっくりではないゆっくりの子供をにんっしんっして出産し、家を飛び出したゲスゆっくり、いわゆる“でいぶ”だ。でいぶの相手は行商ゆっくりの別のまりさだった。でいぶは逞しく強い行商ゆっくりに魅了されてしまったバカなゆっくりの一頭だった。

「もちろんなのぜ。きょうはれいむのためにごはんさんをもってきたのぜ」

「ほっ…ほんと!?ゆっゆわあああ」

 ごはんさんという言葉でれいむの目は輝いた。でいぶはここ数日何も食べていなかった。番であるはずのゆっくりはでいぶが飼いゆっくりを辞めた時に見切りをつけて、どこかに失踪してしまった。おそらく飼いゆっくりを孕ませれば自分も飼いゆっくりになれると思っていたが、当てが外れたのではないだろうか。子持ちのでいぶはとりあえず今の住まいをみつけられたは良いものの、途方に暮れていたのだ。

 まりさはどこからかその話を聞きつけて、れいむの“手助け”をするべくやってきたのだ。

 脱走した飼いゆっくりの多くは生活能力に乏しい。ゆっくりフードやあまあまで舌が肥えているために、多くのゆっくりの主食である雑草すら食べることができない。

 そもそも、雑草が食べものだということを知らないのだ。

「とりあえずごはんさんをたべるといいのぜ」

 まりさはゆっくりフードを2、3粒でいぶの目の前に放り投げた。

 でいぶは迷わず食らいついた。固くて少し渋みがあるが、懐かしい甘みが口の中に広がった。でいぶは思わず涙をこぼした。

 まりさはその光景を見て、風呂敷に包んだゆっくりフードをさらにでいぶのまえに差し出した。

 少量の食事で更に空腹を刺激されたでいぶはそれに飛びつこうとしたが、ありすとみょんに静止された。

「ちーんぽ!まら!」

「まってね!もっとごはんさんがほしいなら“おだい”をもらわなきゃとかいはじゃないわ」

「お…だ…い?」

 れいむは何も持っていない。本来通貨として使うはずのゆっくりフードは飼いゆっくりではないのでもう無い。他にこれといった財産をれいむは持っていなかった。子供以外は。

「おちびをもらっていくのぜ」

 まりさの発言を耳にして、でいぶの顔つきが変わった。今まで子供のことを忘れてフードにがっついていたが、奪われそうになって初めて母親としての人格(?)を取り戻したのだ。

「ふっふざけないでよおおおお!!!こまってるゆっくりがたすけあうのはとうぜんでしょおおお!?!?たすけあいのわをひろげなきゃだめでしょおおお!!」

 れいむの激昂をよそに、みょんとありすはでいぶのおうちの中を物色しようとした。れいむはありすに噛みつこうとした。

「ゆがあああ!!おぢびぢゃんにでをだずなあああ!!ゆぶへっ!」ボイーン

 その日は朝方に雨が降ったので道から蒸発した湿った熱気が立ち込めていた。ジメジメとした気持ち悪い、全然ゆっくりしていない天気だった。まりさは若干イライラしていた。

 まりさのたいあたりでれいむが吹っ飛んだ。倒れたれいむの中枢餡をギリギリで潰さないように踏みつけながら、まりさはれいむをみおろした。

「いっいだいいだいいだいいだい!でいぶはじんぐるまざーなんだよお!やざじぐじなぎゃいげなっ…ゆびびびびびびび!!」

「ゆふぅー。ふざけるんじゃないのぜ。こっちもおしごとさんでやってるし、ただめしさんをくわせるぎりはないのぜ。ぜんぶかいゆっくりをすてたでいぶのせいなのぜ。さっさとおちびをよこすのぜ?」

「おぢびぢゃっ…にげっ」

「まりさ…ちょっといいかしら」

 ありすの少し動揺した顔にまりさはまさかと思った。子ゆっくりは既に死んでいたのだ。でいぶとおなじくれいむの子ゆっくりだった。栄養失調の影響でリボンの色は薄いピンク色になっており、体中には水分不足でひび割れが走っている。乾燥途中の干し柿のようになっていた。

 れいむは今まで否定し続けていた子供の死を受け入れざるを得ない状況になり、呆然とした。

 まりさはため息をついた。

「よくかんがえたらわかることだったのぜ…でいぶにおちびがそだてられるわけないのぜ」

「ちーんぽ…」

「どうする?まりさ」

 まりさは少し考えた後、このでいぶをどうするかを決めた。

 その間れいむは泣きじゃくっていた。

「でっでいぶはぁ…おちびぢゃんがほじぐで…それだげだっだのにぃ…」

「…ろくにおちびをそだてられないくせに、よくいうのぜ。ばかなおやにそだてられて、えいえんにゆっくりしちゃうならおうちからおいだされたほうが、このおちびにはよかったのぜ?」

「ゆ...ゆ...ゆぎぎ…」

 母親としてのプライドがズタズタにされたでいぶは反論しようとするが、言葉が何も出てこない。

「そんなにおちびといっしょにいたいなら、いいところをしょうかいしてやるのぜ」

 まりさはでいぶを運動公園の群れに引き渡した。子供ではないゆっくりの価値は低い、ゆっくりフード1個分しかなかった。大赤字だ。

 でいぶはその後おかざりを奪われて、群れの保育所で子ゆっくりたちに死ぬまでいじめられたらしい。



 行商のまりさは既にこの稼業が長くは続けられないと感じ取っていた。今まで懇意にしていた多くの飼いゆっくりや群れのゆっくりとのコンタクトが絶たれてしまっていた。野良ゆっくりの家族はあのれいむ家族を除けば今やゆっくりが数えられるほどしか存在していない。

 山に帰るか、それともあのれいむのように野良になるか。今の所まりさは自分の最終的な身の置き所を決めてはいない。だがこれまで何頭ものゆっくりを悲劇に追いやった自分に、ろくな死に方などないとわかっていた。

 そのことを考えるとあんこが震えた。1日また1日と長く生き続けるたびに、自身の業はどんどん深まっていく。その苦しみに自分はこれからもずっと苛まれ続けるのだろうか。まりさは悩み続けることになる。

 しかし、今はこの暑さを乗り切る方法を考えるのが先決だ。まりさはゆっくりできる場所を探して歩き始めた。

おわり

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?