公園の傷まりさ パート1

 ☆

 桃花台という中規模な団地の真ん中に大きな公園がある。家族連れの人間がよく遊びに来る市民の憩いの場だ。

「ゆーんしょ、ゆー」
「くささんはやくぬけてねっ!すぐでいいよっ!」
「ゆぅ〜ん、いもむしさんはゆっくりしているね」


 昼下がりの公園の運動場で、数多のゆっくりたちが草むしりをしている。彼女(?)らは公園に住む野良ゆっくりたちだ。草をむしり、虫を駆除(捕食)し、落ち葉を掃除することを条件に公園での居住を許されている。所謂公園ゆだ。

 野良ゆっくりといえば体中泥だらけで薄汚い風体、人間に食事をたかったり家に侵入し荒らす害ゆを思い浮かべる人も多いが、それは所謂はぐれゆっくりと呼ばれる少数派だ。大抵の野良はこのように公園に住み、人間との協定を守りながら生きている

 ここの公園は山に近く敷地の中に池もあるので虫が多く、また雨もよく降るので草もたくさん生える。雑木林はゆっくりたちの住処とするのに丁度よく、水道も多く水浴びも好きな時にできる。まさに「ゆっくりプレイス」と言える場所だ。

 そこに一匹のまりさがいる。帽子はつぎはぎで体中には数多の痛ましい傷痕があり、他のゆっくりと比べて異様な雰囲気がある。他のゆっくりたちが4、5匹で集まって草むしりをしているのに対し、このまりさはたった一人で落ち葉掃除をしている。

 この傷だらけのまりさは元々人間の所有物だったゆっくりだ。まりさははぐれゆっくりの下に生まれた。この両親はゲスだった。まりさが生まれた次の日には人間に餌をたかり、ゆっくり流の脅迫の末に殺された。運が悪いことにその人間は虐待愛好家だった。赤ゆだったまりさを持ち帰り、拷問の限りを尽くしたのちに彼女を公園に捨てたのだ。

 公園のゆっくりたちは傷だらけのまりさを治療し、公園に住まわせることにした。体中傷だらけで帽子もつぎはぎなこのまりさは他のゆっくりから見ても、人間から見ても不気味で異様だった。おさのぱちゅりーはこのまりさを不可触民として扱い、仕事場も山際や池の近くの薄暗い場所に限定し、人間の目に触れないようにした。まりさは一応貴重な一ゆん前の労働力だったし、人間に目をつけられて殺されるのは気の毒だと思ったからだ。

 大人たちの腫れ物扱いを見て育った子供たちは当然傷まりさを軽蔑するようになった。不気味な傷まりさをむれの子ゆたちはよくからかって遊んだ。

「ゆぴぴぃ!きずまりしゃがいりゅよ!」
「きもちわるいねっ!ここはれいむたちがあそぶからさっさとどいてねっ」
「はやくどかないとありすがとかいはにせいっばいっ!するわよ」

 ぷりぷりとよく肥えた子ゆたちはポインポインと跳ねながら傷まりさを威嚇し、落ち葉を掃除したばかりの遊歩道を奪取した。
 まりさは文句の一つも言わず立ち去り、また別の場所を掃除し始めた。

「きずまりさはなさけないね、おとなのくせにれいむたちになにもいいかえさないよ!」
「れいむがきゅーとすぎてごめんにぇ!」

 子ゆっくりたちはコロコロ転げ回り、じゃれあいながら傷まりさを嘲笑した。せっかく掃除した遊歩道もどんどん汚れていく。突如大きな声が子ゆたちの背後に響いた。

「こらっ!おちびちゃんたちっ!!いじめをしちゃだめでしょっ!!」

 声の主は若いれいむだった。子ゆたちはそのれいむの怒声に驚き、しーしーを漏らしながら逃げていった。若れいむは子ゆたちに散らかされた落ち葉を片付けながら傷まりさに語った。

「だいじょうぶ?おちばさんをかたづけるのてつだうね」
「ゆぅ…」

 傷まりさは言葉が出なかった。久しく語りかけて来るゆっくりなどいなかったからだ。

「いっ、いいよ!れいむもじぶんんのおしごとさんがあるでしょ?」
「れいむはきょうはおしごとさんがもうおわりなんだよ。てつだうよ!」

 れいむに割り当てられた仕事は虫取りだった。ここのところ虫の数が減っていたので仕事が早めに切り上げられたのだった。

「ゆ、ゆぅ……ありがとう」

 傷まりさは嬉しさよりも戸惑いを感じた。なぜこのれいむは自分を手助けしてくれるのか?この公園に住む大抵のゆっくりは傷まりさのことを知っているし、不気味がっている。

 それもそのはずだった。れいむは元々この公園に住むゆっくりではなかった。れいむの両親は飼いゆっくりだった。飼い主との言いつけを破り子供を作ってしまった。れいむは生まれてすぐに飼い主に捨てられ、この公園にやってきた。れいむは赤ゆの頃から際立った美ゆだった。群れの保育士であるありすに見初められ、箱入り娘兼妻として育てられていたのだ。当然公園内のゴシップには疎い。

 一応れいむの手助けもあって落ち葉は片付いた。若れいむは空を見あげ、日の位置を見て時間を確認した。

「ゆっ!そろそろしゅうかいだよ!まりさもはやくいかないとおくれちゃうよっ!」

 れいむは慌てて走り去っていった。傷まりさはれいむの背後を見ながら、胸の内の温かい気持ちに気づいた。

 公園のゆっくりたちの集会は日没前に人目を避けて行われる。むれおさのぱちゅりーとその側近たちがベンチの上に登り、1日の収穫の分配と時事の連絡を行う。側近の中にはあのれいむの夫(?)のありすがいる。保育士という仕事は、共働きが基本である群れの子供の面倒を見る役目を持つが故に、ありすは多くの若いゆっくりから第二の親と見なされ、おさにつぐ影響力を持っている。その隣がおさのぱちゅりーだ。ぱちゅりーは咳払いをし、報告を行った。

「むきゅん!しょくりょうのはいぶんはもうおわったようね。きょうはじゅうようなほうこくがあるわ。いけしゅうへんのぐるーぷから、こうえんにどうぶつさんがふえているというほうこくがあったわ!これはゆゆしきじたいよっ!」

 ゆっくりたちがざわつき始める。猫やネズミとはこれまで何度も熾烈な縄張り争いを繰り広げてきていた。身内を殺されたゆっくりも多い。身の安全の問題もあるが、側近たちには政治的な問題でもあった。現在ぱちゅりーがむれおさになっている理由は、過去に何度もドブネズミによる侵略の防衛に成功した功績を讃えられたからだ。現ぱちゅリーに子供はいない。もしも自分が戦争で功を立てれば次期のおさは自分たちであると側近たちは理解していた。

 そういう色んな意味でピリついた雰囲気があるにも関わらず、傷まりさは集会の端っこで一点を見つめていた。

 ベンチの下には側近の家族たちがいる。特に美ゆが集まっているグループは保育士ありすの妻たちだ。傷まりさはその中でもあのれいむに見惚れていた。

 集会を終えてゆっくりたちはそれぞれの家路についた。不安を隠せない様子で早足で家に戻るゆっくりたち、それに取り残されるように傷まりさが集会場所に残った。おさぱちゅりーが傷まりさに歩み寄り干し草の束を渡した。

「まりさ、おつかれさま。これがきょうのぶんのくささんよ」
「おさ、ありがとう」

 傷まりさは他のゆっくりとは別に食料が分配される。傷まりさが自分たちと同じ食料を得ているのはおかしいと、以前群れの若いゆっくりたちから抗議されたからだ。

 食料を手に帰ろうとする傷まりさをおさぱちゅりーが引き止めた。

「むきゅん、まちなさい。まりさ、あなたにたのみたいことがあるの」
「え…なんなの?」

 おさぱちゅりーは真剣な眼差しで傷まりさを見つめた。

「こうえんでむしさんがつかまえられなくなっているのはしっているわよね」
「ゆ、うん」
「わたしがおもうに、きっとそれはどうぶつさんが増えてきているからなの。そこでもりのちかくにすんでいるあなたに、どうぶつたちのちょうさをおねがいするわっ!」
「ゆっ…!ゆぇえええええ!?」

 おさぱちゅりーは比較的賢いゆっくりだった。数も10まで数えられるし、ひらがなならある程度読むことができた。おさぱちゅりーは虫の捕獲量の変化と動物の出現数の増加との因果関係を疑っていた。そこで山際に住む傷まりさに動物の行動範囲の調査を行うように命じたのであった。

「とてもきけんなにんむよ。もしかしたらあなたもぶじじゃすまないかもしれないわ。でも、あなたいじょうにてきにんはいないの」

 おさぱちゅりーは側近たちの派閥争いを気にしていた。おそらく側近のうちの誰かに命じても、別の側近の動きを警戒し誰も動かないだろう。そこでヒエラルキーの外側である傷まりさに命令を下したのだ。

「ゆっ…。まりさにしかできないんだよね」
「そうよ、あなただけ!ちょうさにせいこうすれば、あなたもむれのひーろーになれるわ!」
「ゆゆっ!」

 お世辞であるのは傷まりさも勘付いていた。おさが自分を「死んでもいいゆっくり」であると認識しているのもわかっていた。しかし、もとからおさがいなければ自分は元々死んでいたゆっくりで、傷まりさはそのことに恩を感じていた。

「わかったよ!まりさやるよ!」
「むきゅきゅ!そういってくれるとわかっていたわ!」

 傷まりさにはどうぶつちょうさかんの仕事が新たに与えられた。

 傷まりさは巣に着いた。巣は公園の端、山際の大木の下の穴にあり野うさぎの巣に似ている。部屋の奥には干し草の束があり、その横には寝床、寝床の隅にはビー玉が落ちている。公園に落ちていたのを拾ったものだ。

 一人で暮らすにはあまりにも広いこの巣穴で傷まりさは床に就いた。どうぶつちょうさかんの仕事について考えながら、その責任の重さと危険さを感じていた。

「ゆう、まりさ、もう死んじゃうのかな」

 傷まりさはまりさ種にしてはあり得ないほど内向的で心配性だった。いつまで考えても思い悩むばかりなので、あのれいむのことを考えた。どうぶつちょうさかんの仕事をやり遂げ、群れを動物たちから守ったのであれば、あのれいむは自分を好きになってくれるかもしれない。しかし、保育士ありすという高い壁があるのに気付いた傷まりさは考えるのをやめ、早々に眠りに落ちた。

 赤ゆのころから人間に虐待され続け、群れの中でも不可触ゆだった傷まりさには、れいむに対する生まれて初めてのこの感情は理解できないものだった。

続く


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