泉舟(いずみ・ふね)

読んだ本や漫画、歴史などのよしなし事を書いて行きます。 ※歴史や民俗学は「論文に出来…

泉舟(いずみ・ふね)

読んだ本や漫画、歴史などのよしなし事を書いて行きます。 ※歴史や民俗学は「論文に出来るほど確固とした証拠がある訳じゃないけど、こうだったら面白いな」的な仮説を中心に書いています。

最近の記事

【三国志】赤壁の戦い前夜・孫権政権の舞台裏を考えてみた

赤壁の戦いの前段階で、孫権政権が降伏か抗戦かで紛糾する場面があるが、彼らの腹が結局はどこにあったのか考えると面白いかもしれない。 ■抗戦したいけど出来ない孫権の本音 孫氏政権は豪族の寄合所帯で、豪族達が降伏を唱えている以上、本来、孫権には選択肢がない。 魯粛との個別の会話で孫権は自身の腹は抗戦だと明かすが、豪族達の手前、表立って抗戦と言えない状況だったと考えられる。 曹操の南下を前に、魯粛が劉表政権やその後は劉備を味方につける工作をしに行ったのも、純粋な軍事同盟の面は

    • 【日本神話】水・どくタイプの妖怪「牛鬼」の正体はクジラ説を唱えてみる part2

      part1では、牛鬼の特徴を説明した上で ①そもそもなんで牛なの? ②牛鬼伝説が西日本に多いのはなぜ? ③なぜ牛と海辺や淵が結びつくの? ④なんで毒攻撃なんて思い付いたの? という4つの謎を挙げました。 part2ではその謎をもとに牛鬼の正体に迫ります。 牛と西日本の関係とは?まず、 ①そもそもなんで牛なの? ②牛鬼伝説が西日本に多いのはなぜ? の2つを考えてみましょう。 これは「西日本は牛の伝来が早く、牛も妖怪のモチーフにされるのが早かったのでは?」という事で説明

      • 【日本神話】水・どくタイプの妖怪「牛鬼」の正体はクジラ説を唱えてみる part1

        「頭が牛で首から下は鬼の胴体」 「海辺や淵に出現する」 「毒気を出して人を殺したり病にする」 妖怪の牛鬼。 その正体が鯨なのでは?という話をします。 牛鬼とは?牛鬼はWikipediaでは以下のように解説されています。 "各地で伝承があり、その大半は非常に残忍・獰猛な性格で、毒を吐き、人を食い殺すことを好むと伝えられている。ただし、その中の一部には悪霊を祓う神の化身としての存在もいる"*1 ・頭が牛で首から下は鬼の胴体を持つ ・海辺や淵に出現する ・西日本を中心に伝説

        • 【三国志】劉禅の暗君ムーブは仕方なかった?

          三国時代、蜀では孔明とその後継者の死後、 劉禅が大赦を連発したり宦官を重用した。 劉禅の暗君ぶりを示すエピソードとされている。 だが、単なる暗君エピソードというより、そうせざるを得なかったのでは? という話を書きます。 ■劉禅の無能ムーブの要因は? 結論から言うと そうしないと皇帝の権威と権力が維持出来なくなった事が要因ではないだろか? (派手に反乱するような骨のある豪族は劉焉〜諸葛亮がだいぶ始末したので、国が割れる事は無かったが。) それまでは孔明系統の一強で、彼

        【三国志】赤壁の戦い前夜・孫権政権の舞台裏を考えてみた

          【日本史】秀吉亡きあとの淀殿の憂鬱を妄想してみた

          秀吉亡き後の豊臣政権を、 すごくドライに見ている淀殿の視点から書いたら面白そう・エモいんじゃないか?というお話です。 ■秀吉亡き後の豊臣の行方は? 「秀吉の死後、家康が豊臣政権を乗っ取った」という見方が一般的です。 けれど、じゃあそもそも家康以外の豊臣政権のメンバーって、頼りになったかというと、結構怪しいんですよね…。 ■豊臣が頼れる大老・奉行ってそもそも居たのか? 五大老・五奉行のメンツについての、 泉舟の主観的イメージはこんな感じです↓ 家康:豊臣と親戚だが権

          【日本史】秀吉亡きあとの淀殿の憂鬱を妄想してみた

          【日本史】なぜ平家は一門で仲良しなのに、源氏は内ゲバが多いのか?

          なんで平安末〜鎌倉の源氏って内ゲバがやばくて、平家は仲良いのだろう? 前から不思議だったが、権力基盤の違いなのかもしれない。 平清盛は、祖父・父の代から平氏の中ではほぼ一強で中央貴族化が早かった。 中央集権化された一強なので、一族への権力もあくまで棟梁が与える形で統率が効いたし、保元・平治の乱のような中央の政争に強かった。 平将門の乱で中央と結びついた平氏が地方の平氏(将門)を鎮圧したのも、中央貴族化を促進したのかもしれない。 逆に源氏は、地方に土着する勢力が乱立し

          【日本史】なぜ平家は一門で仲良しなのに、源氏は内ゲバが多いのか?

          【日本史】平家が戦下手な理由を考える

          源平の戦いで、平家はなぜ戦争に弱いのかを考えてみた。 冨士川や砺波峠、一ノ谷など、奇襲を受けたとはいえ大軍があっさり敗北してしまう事が少なくないのは、昔から不思議だった。 平家は中央貴族化したことで、地方の武士との結びつき・求心力が弱まってしまった事は、「戦下手」につながったのかもしれない。 近代軍隊でいうところの指揮官(公達)が地方から召集した部隊(武士団)を掌握しきれていなかった状態。 源氏側は源義家を糾合のプロパガンダとした側面があるが、そうした連帯感を生む要素

          【日本史】平家が戦下手な理由を考える

          【日本神話】スサノオノミコトが暴れる理由から、大和王朝のルーツを考える

          古事記の問題児・スサノオノミコトの乱行エピソードから 「スサノオは遊牧民と漁労民の神が融合して出来た存在では?」という話をしてみます。 ■単なる乱暴にしては尖り過ぎ? 天岩戸伝説で、須佐之男が皮をはいだ馬を投げ入れる場面があるが、単なるイタズラ・乱暴にしてはトリッキー過ぎないだろうか? 須佐之男の乱暴により天照大神の機織り女がホトを突いて死んだという話もある。 うーん。暴れるにしてもどうやってその発想に至ったんだ… 単に太陽神を怒らせたエピソードにしては、ストーリー

          【日本神話】スサノオノミコトが暴れる理由から、大和王朝のルーツを考える