高校の同級生が渋谷WWWでライブをやるらしい。

 高校の同級生が渋谷WWWでライブをやるらしいんです。

 2017年に結成されたtyinpets。メンバーの中の3人は高校の同級生で、key.を担当している多揺くんとは高1のときに小説の読み合いなんてやっていた。おませな高校生である。
 特に交流が深かったのは、ギターを担当しているNamaeくん。高校では部活動も同じで、かなり長い時間を共に過ごしていた。

 彼らは高校生の頃からずっとバンド活動を続けていた。文化祭や卒業ライブでも精力的に演奏を行なっていた。
 他の軽音のバンドはみんなが知っている曲をコピーしていたが、彼らがその中で「誰が知ってんねん」というミュージシャンをピックアップし、オリジナルアレンジを施して演奏をするなど、当時から他のバンドとは一線を隠していた。
 僕も(いつもは「私」だけど、今回は「僕」な気分)、これまでにいろいろなライブを聴きに行っているけど、彼らの卒業ライブでの演奏は今だに脳裏に焼き付いている。
 くるりの「ワンダーフォーゲル」、セカイイチの「Rain/that/something」「石コロブ」など、本当に鮮烈な演奏だった。僕は興奮した。彼らは間違いなく、僕の憧れであったし、今でも彼らは僕の憧れとして機能し続けている。

 先に書いたNamaeくんは、僕に音楽を教えてくれた人だ。
 僕も中学から吹奏楽部に入っていたため、吹奏楽の楽曲だったり、オーケストラの曲に傾倒していた。気恥ずかしさを覚えながらTSUTAYAに行ってベルリンフィル&カラヤンのチャイコフスキーのシンフォニーのCDを借りに行っていたりしていた。紛れもなくミーハーな趣味だったけど、高校生なりの背伸びだった。
 そんなわけで、日本のロックやポップスにはかなり疎かった。両親の影響でやたらめったらTHE BeatlesだったりQUEENだったり昭和歌謡を聴きかじっていたけど、高校生当時に流行っていた楽曲などはほとんど知らなかった。
 そんなときにNamaeくんからもたらされたのがSINGER SONGERの名盤「ばらいろポップ」だった。
 その中のリードチューン「初花凛々」は、本当に衝撃だった。岸田繁のアレンジ、Coccoの儚くも重厚な歌声、華やかで包み込むようだけど、どこかに切なさがある楽曲。僕にとっては全てが新鮮だった。いや、あれから10年以上経った今でも、ずっと新鮮であり続けている。
 他にもゆらゆら帝国、Doping panda、セカイイチなど、様々なミュージシャンの魅力をNamaeくんから伝授された。これらの音楽は、間違いなく今の僕の根幹を為す記憶となっている。

 そして、大学生になったときにNamaeくんから教えられたのが、澤部渡をフロントマンとして活動するスカートだった。
 教えてもらったときのスカートは、まだインディーズで活動をしていた。その時から「ストーリー」「ガール」「ひみつ」「返信」など、質の高い音楽を発信し続けていた。
 そんな彼らの初のワンマンライブが開催されたのが、渋谷WWWだったのである。
 2014年の11月。僕はそのとき大学院生になっていて、そのライブをNamaeくんと聴きに行った。Namaeくんは社畜として社会人生活を謳歌していた。僕たちは少なからず大人になっていた。

 あのときの、「ざくろの街」の物憂げな幕開けからハイテンポの「ガール」になだれ込む興奮は今でも覚えている。あのスカートがついにここまできた。僕は興奮していた。Namaeくんは「パーカッションがいまいち合っていなかった」とライブのあとの晩御飯のときに漏らしていた。彼は冷静だった。

 あの興奮を味わった渋谷WWWで、Namaeくんたちがライブをやる。
 これはただ事ではない。「こちら側」に一緒にいると思っていた彼が「向こう側」の立場で、渋谷WWWに現れるのだ。僕に音楽を教えてくれた彼が、自分の音楽をひっさげて、センター街に立ち現れるのだ。
 彼らにとって、このライブがどういう位置付けになっているかはわからない。もしかしたら通過点の一つなのかもしれない。しかし、僕にとってはこれほど重要なライブはない。もし、彼らがもっと大きな箱でライブをやることになるとしても、この箱を超える感慨はもしかしたらないかもしれない。

 正直、僕は彼らの活動に少なからず妬みを覚えていた。
 僕も今では社会人になり、家庭を持ち、どうしても創作活動に割く時間が絶対的に減少していた。小説を書く機会も減少し、twitterの更新頻度すらも激減していた。
 しかし、そんな僕を尻目に、彼らは社会人になってから(Vo.はいつまで経っても大学生だけど)より一層音楽に時間と財産をつぎ込むようになった。次々と新曲を繰り出し、MVをアップロードし、精力的にライブ活動を続けた。しかもかなりの頻度で。
 彼らは着実に実力をつけ、それと同時に支持者も増やしていった。
 僕はそんな姿をtwitterで見たり、Namaeくんからの熱のこもった連絡を受け取るたびに、自分のふがいなさをはっきり自覚しなければならなかった。
 僕が時間がないのは、仕事のせいでも家庭のせいでもなく、自分の怠惰が原因である。自分が頑張れないのは自分のせいだ。その事実から、僕は目を背けていただけだった。
 だから、僕は彼らの音楽を素直に肯定できなかった。どれだけライブが良くても、必ずNamaeくんに注文をつけた。褒めるべきことを素直に褒められないなんて、本当に愚かだ。
 今では、彼らが頑張っているのを見て、自分も頑張らなければならないと思えるようになった。今まで勉強したことがない分野にも挑戦できたし、職場でも首をつっこめる仕事内容が大幅に増えた。今の仕事が楽しくできているのは、彼らに対する少しの妬みと、大きな憧れが間違いなく動力源になっているからだ。

 演奏技術がめちゃくちゃ洗練されたバンドでは決してない。彼らよりももっとうまいバンドはいくらでもいる。でも、「うまい=良い」ではないということは過去の名曲が証明してくれている。
 彼らの音楽はどこまでも「純朴」だ。不思議なのは、メンバーはまったくもって純朴じゃないということだ。Namaeくんなんてのは欲に忠実すぎて欲望そのものになってしまったような人間である。そんな人間が音楽を紡いでいるのに、あたたかく、正直で、憎めなくて、純朴な音楽が生まれてくる。人間性と音楽は関係ないのだ。
 それに、彼らの音楽は「ライブハウス向け」だと思っている。まだこの音楽が広い広い箱で演奏されているイメージがうまくできない。天井の高いWWWにどのように響くのか、非常に興味深い。

 来たるライブは翌年3月9日。1月にはゲストアーティストの発表もあるらしい。もしかして…と思うところもあるが、さすがにそれはないだろう、いや、しかし、いやまさか。とにかく、楽しみだ。 

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