森と雨 13

 ゲンゴと喧嘩別れみたいになってしまってから、仕方なく私は真面目に学校に行くようにした。行ったって誰とも話さないし、教授も別に注意を払ってくれないんだけど、暇だから学校に行った。そしてバイトして真面目に働いた。
 レアンは時々、会いに行ってもいいか、とラインを送ってきた。
「今はそんな気分じゃないわ」
 私はいつもそう返事しているのに、それでもレアンはアクションを止めない。会いに行ってもいいか。本当にバカのひとつ覚えなんだから、と私は哀しくなった。
 私と、レアンはどうしたらいいんだろう。一番いいのはレアンが他の女の子を好きになることだ。そして私のことを忘れてしまうことだ。
 と言ったら、ゲンゴに全部話したら、それは違う、と言われるのはわかっている。だからゲンゴにこのことは話さない。もうすでに見放されているのに、これ以上友達に失望されたくない。
 自分のわがままで、レアンをこんなに傷つけてもいいんだろうか。私だって少しは悩んだ。レアンのことを嫌いなわけじゃない。だから、レアンに傷ついてほしくない。でも私はレアンを傷つけている。
 ずっと一緒にいようね。と、言ってやればレアンは元通りになるのはわかっている。元通りになりすぎてまた浮気ばっかりするに決まっているけれど、少なくとも元通りにはなる。でもそんなことを言ってしまったら後悔しそうで。私は自分との約束より、人としての建前を選んでしまうんだろうか。体裁だけを気にしていた両親の血が、私にも流れているんだろうか。だからこんなことを考えるんだろうか。そう思ったらレアンに会うことは出来なかった。
「会いに行ってもいいか」
 とまたレアンは連絡をよこす。学校では寄りついてこないくせに、やたらと私の家に来たがった。
「そんな気分になれないのよ」
 私はやっぱり断った。

 十一月の始まり。講義が終わってアパートまで帰ってきたら、玄関のドアにもたれてレアンが立っていた。
「じゃま。入れない」
 と私がカギを見せて言ったら、
「俺はゲンゴみたいにちゃんとできねえよ」
 と表情のない目でレアンは言った。
「ゲンゴだってちゃんとしてるわけじゃないと思うけど」
「あいつは一回けじめつけようとした。後藤ちゃんに。でも俺は無理だ。だから、悪い。悪いとは思ったけど、待ってたんだ」
「会いたかったから? 学校で会えるじゃない」
「そう言うことじゃない。分かるだろう」
「分かるわよ」
 こんなことになるんじゃないだろうかと思っていたのだ。適当に会ってごまかしてやればよかったかな、と私は少し後悔した。レアンが精神的にぎりぎりになっているのは本当だった。私のせいで。
「あがってく?」
「そうさせてくれるとうれしい」
 レアンが体をどかしたので、私は鍵を開けて中に入った。レアンもおとなしく玄関で靴を脱いでいる。
「もう、そろそろちゃんと話そうか。悪かったわよ、返事しなくて」
 家に帰ってきたので前向きにむずんでいた髪をほどいて視界を広くしようとしていたら、すぐにレアンが後ろから抱き着いてきて、私はレアンの両腕につかまったまま部屋の中に腰を下した。
「レアン、もうやめて。いやなの。私は。あなたと一緒にいるのが」
「その理屈がわけわかんねえんだよ」
 私は、レアンにすべてを話していた。はじめて会った日、レアンが初めて私の壁のこちら側に入ってきたとき、
「で、俺と付き合うという可能性はない?」
 と訊かれた。あの、私が大好きな笑顔で。
「あるけど」
 と答えてしまった私が悪い。でも仕方ない。運命だから。レアンはどう考えても私の運命の人だから。
 その日のうちにレアンは私の家に泊りに来て、そして私は何もしないで、と頼んだ。はい、とレアンは言った。
 理由を訊かないの。と私は尋ねた。そうしたらレアンは、訊かないよ、と言ってやっぱり嬉しそうにしていた。
「何もしてほしくない女の子だっているだろう。わざわざ突っ込んで聞いたりしないよ」
 でも、いつまででもじゃなかったらいいんだけどな。そう言った。それだけ、言った。
「私は聞いてほしいのよ」
 私が悪い。全部話してしまった私が、どうしたって全部悪い。
「お前が不幸でいなきゃいけない理由を、俺なりに考えていた。でも、どうしたってさっぱりわからねえよ。俺には理解できない。バカだからな。考える事なんて一つだ。俺は雨と一緒にいたい。俺は人といるのが好きだ。人間をやってるのが好きだ。でも一番大事なのはお前だよ、雨。もう俺を避けるのはやめてくれないか」
「私はこうして会いに来るのをやめてほしいのよ」
 レアンの体が軽かった。痩せてしまった? と不安になった。でも顔が見えないから良くわからない。私は体の前に回されているレアンの腕に自分の手を添えた。すると反対の手ですぐに掴まれた。

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