フィクション日記『今日子』

「良い名前ですね。」と言われたんです。
それだけのことでした。
でも私、とても疲れていたんです。
市役所の窓口って、みんななんでも言って良いもんだと勘違いしているのでしょう。
週の中日ともなると、嫌気がさしてきちゃうもんなんです。
当たり前なんだけれど、誰も彼も自分の求めることしか頭になくって、
まるで私なんかゲームのCPUのように見えている。
そんな気がしてきてしまって「担当の中山今日子です。よろしくお願いします。」が機械的になってきた頃。
いつもより熱めに淹れたコーヒーにも心が動かなくなっていたのに、
「今日子さんって良い名前ですね。」
CPUの名前なんか、気にする人は今までいなかったから。
「今日をしっかり生きてるって感じだ。」
CPUが生きてるだなんて、思う人はいなかったから。
きっとあなたに取っては何気ない一言だったんです。
でも私、あなたの言葉で人間になれたんです。
「ありがとうございました。」
あなたがきちんとお礼を残して去った後、
一口飲んだ冷め切ったコーヒーはとっても良い香りがしました。

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