『私立能都(note)学園』          ~教育実習生・間竜太郎の場合~

 今は天国にいる、後見人のジョンおじさんへ――

 おじさん、ごぶさたしています。竜太郎です。
 もう、あなたがこの世にいないとわかっているのに、新生活が始まるときは、どうしても、おじさん宛ての手紙のように日記を書き始めてしまいます。
 本当に、毎月おじさんに手紙を書いていたあの頃の癖で、そのほうがすんなりと新生活を始められる気がして……。
 できればこの手紙が、天国にいるおじさんの目にとまったらいいな――と思って、この日記を書いています。
 ぼくが「ものがたり大学」に入学して二年目が始まりました。
 中学高校時代を過ごした網星学園の寮を出て、大学近くのマンションに越してから丸一年が過ぎたのです。
 「ものがたり大学」は思った通り、ぼくにぴったりの大学でした。この大学に進学できたのも、おじさんの遺してくれた「遺産」のおかげです。将来は、物語をつむぐ人――できれば児童文学の作家になりたいと、夢に向かって日々精進している毎日ですが、相変わらず同居人の「あの人たち」のせいで毎日ハラハラドキドキさせられてもいます。
 思い起こせば一年前……。
 高校生活の最後の最後、終わったはずのドタバタが収まりきらずに再開し、大学生活目前に、なんとか事態を元どおりに収拾し(つまり、「増えた人たち」が片付いただけで「あの人たち」は「あの人たち」のままなわけですが)、ようやく組織を解体したと思ったのに……。
 大学生活が始まったとたん、またまた新しくとんでもない人が現れて……。
 ああいや、今は「大学一年のときの騒動(※1)」の愚痴ではなくて、新生活について書いているのでした。

 実は今、ぼく――間竜太郎は、教育実習期間の最中なのです。
 教職免許も在学中に取得しようと、必要なの単位の授業を受けています。あ、教科はお察しの通り国語です。
 それで、必須単位である教育実習は、母校の網星学園にお世話になろうと申請書を出したつもりだったのですが……。
 なぜか書いたはずの申請書が消え失せるわ、探してる間に提出期間が過ぎちゃうわで、担当教官に「もう今年度中には実習を受けられないよ」とか言われる始末。
 そこをなんとか! と泣きついて、ようやく「ものがたり大学」が懇意にしている中等部から大学まである私立学校「能都学園」の高等部で、教育実習を受けられることになりました。
 ものがたり大学の近く……といっても、電車で四~五駅離れているので(うちの大学は、けっこう山奥にありますからね……)、期間中は電車通学することになります。
 昨日は実習の初日で、担当の先生に挨拶に行き、連れられるままに二年生のクラスで自己紹介をして……。今日が二日目です。
 自由気ままな大学生活から、一転して規則正しい朝早い電車通学。
 眠くて大変ですが、高校時代を思い出して、頑張ろうと思っています。
 ジョンおじさん、どうか天国から見守っていてくださいね。
 それではまた。

 ――ん?
 日記を書く手を止めて、ぼくは顔を上げた。
 朝の出勤時間。電車の中はけっこう混んでいる。大半は背広姿のサラリーマンで、ぼく自身も、実習とはいえ学校の先生をするのだから、慣れないネクタイをしめて吊革につかまっていた。
 自宅マンションから最寄りの駅まで、メイドさんに車で送ってもらって十五分。そこから、私鉄の電車にゆられ、能都学園のある大きな駅まで三十分以上かかる。
 早起きは久しぶりだし、駅に着くまでひと眠りしたい。え? 寝てないだろって? 日記書いてたんじゃないかって? いや、ちゃんと眠ってもいた。
 居眠りしていようと吊革につかまっていようと日記を書けるのは、ぼくの数少ない特技なのだ。
 って、そんな些細なことより、なんだか車内が騒がしい。
 誰かが大声で何かわめいている。
 なにごとだ?
 少し背伸びして声のする方をのぞくと、車両の端っこの方、三人掛けの優先席の前で騒動が持ち上がっていた。
 男女三人の生徒……そう、能都学園の制服を着た三人組が、車両の左右にある優先席に鞄やスポーツバッグを置いて、六人分の席を占拠していたのだ。
 しかも、当の三人は席には座っていない。他の乗客が近寄れないように、左右のドア脇の手すりに男子生徒が二人が立って手を広げ、中央には小柄な女子生徒が仁王立ちしてバリケードを作っているのだ。
 しかも、真ん中の女の子は目のところに穴を空けたコンビニのビニール袋を頭からすっぽりかぶっている。左側の背の低い男子(だと思う)は、かぶりものをしていて、頭がミーアキャットだ。決して、合成獣とか改造人間といった本物の怪人ではない。ぼくには一目でそうとわかるのだ。反対側の、一番長身の男子生徒はサングラスをしているだけで、ちょっと困ったような顔をして、でもしかたなく手を広げている感じだ。
 声を上げているのは、コンビニ袋のバラクラバ(目出し帽)をかぶってふんぞり返っている女の子だった。
「わははは! 若くて元気な連中や、スマホの電源を切らないやつなんかに、この席は譲らないよ! この座席は、我ら秘密結社イービルキャットが占拠した!」 
 なんだって?
 ある特定の単語に反応し、ぼくはビクッと体を震わせた。具体的にいうなら「秘密結社」という言葉に反応したのだ。
 だって……。
 秘密結社って、何でだよ!? またなのかっ?!
 ぼくは、ただ平和に教育実習を終えたいだけなのに、また秘密結社なのっ?

 なんだか嫌な予感がする……。
 っていうか、嫌な予感しかしないんですけど……! 

                                    (たぶん、つづく)


※能都学園のゲストキャラである間竜太郎のお話はここまでです。
※有料部分は「秘密結社でいこう!」シリーズ的なオマケとなります。良心に恵まれない少女たちが、ちょっと出てきます。同シリーズをご存じの方には、けっこう楽しめるかも、です。
※でも、ちょっと恥ずかしいから、どーしても見たい人だけ見ればいいかな~と思ったので、少し料金的なハードルを上げさせてもらいました。
※購入者が五人を越えたら、有料部分だけもう少し延長して書くかも……なんて言ってみたりしておこう。
※本文中の(※1)も、「秘密結社でいこう!」シリーズ的な注釈なので、有料部分にあります。


 秘密結社でいこう! ~番外編~

 教育実習でいこう!

 日本を支配し、世界をもなんとなく支配してしまった本物の悪の秘密結社〈UNCLET〉の首領、間竜太郎……。
 その教育実習を護衛しようと勝手についてきた二人の女幹部、「良心に恵まれない」少女のうち、とびきり武骨な娘と極めつけにおバカな娘とが、隣の車両の連結部から顔をのぞかせて首領を見守っていた。
 もちろん、竜太郎は何も知らない。
 獣魔戦将ミーアと、生物体Xことエッちゃんが、ついてきていることなど……。
「だいたい、お前が竜太郎様の申請書を食べたりするからだな」
「エッちゃんだけじゃないよ、子ヤギ男も半分食べたよ」
「誰が食べたかではないっ。そもそも食べるなっ」
「でも、お兄ちゃんすごいよねっ。がっこーに先生ごっこしにいくんでしょ?」
「ごっこではない、実習だ! 竜太郎様も立派な大学生になられたものよ。うううっ、この獣魔戦将、歓喜に堪えんぞ。なんでも高等部で教えられるそうだ」
「うへ~すっごいね~。こんな感じ?」
 言うなり、エッちゃんがツルッと顔なでると、女子高生のようなものだった彼女の顔面が、一瞬で後頭部に変化していた。「おっほん! え~今日の授業は~」とか、後頭部から声を出すエッちゃん。
「このバカめがっ! 後頭部で教えるかっ!」
「そっか、声を出して教えるんだもんね」
「そうそう、竜太郎様は声を出して授業を……って、なんのことだ?」
 うんうんと納得しかけたミーアが、あらためてエッちゃんを見やると、彼女の顔はいつの間にか巨大なのど仏になっていた。
「ば、バカもの! 喉頭部でもないっ!」
「はいはい。わかってますよ~だ。エッちゃんだって、女子中学生のようなものから、女子高校生みたいなものに成長したんだからねっ。高等部ぐらいわかってますって。将軍をからかっただけだよ~ん。相変わらず、ストレートなツッコミだね」
「え~っくす!」
 本気で怒りかけている獣魔戦将に、「あはは、ごめ~ん」と後じさるエッちゃん。
 ミーアは深々とため息をついた。
「疲れる……。だ~から、おまえと組むのは厭だと言ったのだ」 
 秘密結社という言葉が隣の車両に響き渡ったのはそのときだった。
 竜太郎と同様、二人もこの言葉に敏感に反応した。
「秘密結社……だと? どこの偽物だ? もはやこの世に悪の秘密結社など存在してはならぬのだ。正義の悪の秘密結社以外はな!」
「あはは~! じゃあさ、案外と、そーいう組織だったりしてね~」

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