文章の要約について

今回は文章の要約問題が出た時、といったテーマで書きます。文章を書く時の参考にもなるように書こうと思います。大学受験・大学編入試験向け。

「要約について」の要約すると
・要点を三行で
・要約作る時はケツから読め
・全体の骨組みを作ってから肉付け

です。

文章を読んでいてこう思ったことはないだろうか?

「うるさい御託を並べるな」

と。私はある。というか、毎回思うし、なんなら三行以上ある文章とか読もうと思わない。

お前人文学部卒だしなんなら院卒だろ、って?

こまけぇこたぁいいんだよ。世にある人、ことわざ繁きものなれば、生きとし生ける者、いづれかかくぞ思はざりける、「長い三行」。

そう、人間生きていれば多事に亘り忙しいので、生きていれば皆三行以上の文章とか読みたくないのである。

読書家に謝れって? 謝りません!! その読書家だって、自分で好き好んで手に取った本ならばいざ知らず、読みたくはないが読まなければまずい文章とか積極的に読みたくないはずである。

読みたくないが読まなければまずいので読む、といった「渋々読まねばならない文章」を読む時、それがもし長いのならば、多くの人は「長い三行」と思わずにはいられないのではなかろうか。

要約問題も同じである。作問する人は全部読んでいるだろうが、要約を読む人を想定した時、適切なのは「その文章については基礎的な知識もないが、渋々にでも読まなければまずいことになる人」であろう。

というわけで私が「要約問題ってどう解くの?」と言われた場合、「とりあえず書いてみて」と言ってから、書き上がったものを見るなり「長い三行」と言い放つ。

「なんやこいつムカつくわ」と思うかもしれないし、「そもそも規定字数範囲内じゃん」とか「それってあなたの感想ですよね」と思うかも知れないが、きちんと添削した上で「長い三行」と最初にいってから解説に入る。

まず、「長い三行」の意図であるが、「箇条書き三行程度でまとめるには何を抜き出すべきか」を洗い出せ、ということである。三行程度、であるので別に多少前後しても構わない。

次に踏まえるべきは、「文章は一度読んだらまた頭から読まねばならないなんて規則はない」ということであろう。どういうことか。頭から読んで大体の文の流れを掴むことは大切だが、頭から読んで流れを掴んでまた頭から読んでまとめるとどうなるのか、というと大概尻切れトンボみたいになる。

後ろの方で字数が足りなくなるし、前半部分の重要でないところまで抜き出してくる、といった事になりがちである。

これを防ぐにはどうするのか、というと、オチから考えて大体抜き出すべき要素を逆算して考えるわけである。本文中から抜き出したものがオチに直接繋がりがなければ、それは支離滅裂である。

そうなると「要約」の形で受け取った人が読んでも文章の全容がまるでわからない、となる。

「渋々でも読まねばまずいことになる人」がそんなよくわからない要約を読んだら、それはそれは激怒すること想像に難くない。

とりあえずオチから全体の骨子を組んで、そこに補うべきものはなにか、を考えた方が良い。

じゃあ、「抜き出すべき要素」はどこにあるの?
って話であるが、「それがなければオチに繋がらないもの」は何かを考えれば良い。もしくは、絶対とはいえないが、それなりの確率で各段落のケツの部分にある。

頭から読んでそのまま要約すると、大概視野が狭くなり、全体を読んだ時に「なんか一部分だけ詳しいけどコレジャナイ」といった文章が出来上がる。

あとは高校受験のときにやったかも知れない国語の基礎、「指示語は何を指しているのかを明確に」「接続語に注意」ということを念頭に置いておこう。

さて、ここまでが要約の話である。文章書く時は? って話。まず、次の言葉を念頭に置いていただきたい。

「長い三行」
「なんかそういうデータあるんですか?」
「それってあなたの感想ですよね?」

下二つはわかりやすく、「意見述べるならばデータを示せ」「感想は感想として書け」という話である。

例えば「根拠に基づいたものを示せ」というところで「私は可哀想だと思う」とかお気持ち表明されても、「それってあなたの感想ですよね」という話であるし、「可哀想なのはあなたの頭です」としかいいようがない。

また、「◯◯といわれている」や「周知の通り」といわれても、「なんかそういうデータあるんですか?」といった具合で、余程自明のことでない限りデータを出さねばならない場合に使うと面倒なことになる文言も多々ある。

これらは案外気をつければなんとかなるのであるが、ネックになるのは「長い三行」という場合だ。

まず偏見から述べるが、大学の教員の半分程度は以下の二つに分けられる。一つは深層的なコミュ障で、もう一つは明示的コミュ障である。

前者はコミュニケーションは人並みに取れるが、「一刻も早く研究に戻りたい」一心から、あるいは「早く帰ってビールでも飲みたい」一心からやりたくない事柄に対しては食指が動かないタイプのコミュ障である。

後者は「そもそもコミュニケーションを取るつもりもないし、下手したらサイコパス」なタイプのコミュ障である。

両者に共通するのは「読んでいてしんどい、読む意味の感じられない冗長な文章に対しては異様に手厳しい」という点である。

つまり、素で「長い三行」「今来た三行」を使う人といっても過言ではない(※過言です)。簡潔に書くことが重要である。

簡潔に書くには先程の要約と同じように、考えていることをケツから考えた方が良いし、なんならケツから書いた方がいいパターンもある。

最初に結論を書いてその結論に至るまでの論理展開をそれ以降に書く、といった形式のほうが良い場合もあるわけだ。例えば小論文なんかではそのパターンが多い。

文章を書くということは案外、書くことよりも削ることのほうが重要なのである。

私は修士論文書くときなんかは一〇万字程度書いてから四万字まで削った。削る過程でより良い文体が出来てきたりもするわけである。

以上、二つのテーマについて書いてきたのだが、一貫していえるのは「頭から考えても案外大変なだけだからケツから眺めろ」「無駄は削れ」といった次第だ。

というわけで、今回は要約の作り方と文章の書き方についてでした!



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