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高齢者が生きづらい世の中を円滑に生きていくために!

日本人なら知らない人はいない大作家たちが、人生について書いています。夏目漱石は「とかくこの世は住みにくい」、島崎藤村は「人生は大いなる戦場だ」、芥川龍之介は「人生は地獄よりも地獄的だ」、林芙美子は「花の命は短くて苦しきことのみ多かりき」と。これらを現代に置き換えるとこうなります。とかく老後は住みにくい。老後は戦場。老後は地獄以上に地獄的。花の命は長すぎで苦しきことのみ多かりき…。

そんな『老いる世間は鬼ばかり』の現代を生きる高齢者たちが自分で自分をまもるためのある企画について書いてみます。

ちょっと何か言うと、「もしかして認知症?」という疑惑の視線

茹だるような酷暑にランチからそのまま昼飲みに雪崩れ込んでいたら、はす向かいのテーブルから興味深い話が聞こえてきました。老人クラブか何かの一団でしょうか。6人のうちのひとりが、やや興奮気味です。

「こっちは女学生さんを助けてあげようとしているのに、別室に連れていかれて落ち着けと言われた。挙句の果てには、健康状態やら子どものことやかかりつけ医のことまで根掘り葉掘り尋問された。痴漢現場に居合わせても、二度と証言なんかしてやるものか!」

駅員に認知症ではないかと色眼鏡で見られたことに憤慨しているわけです。似たような話を私どもが運営する終活サークルの会員からも聞いたことがあります。コンビニの駐車場で接触事故があった際に見た様子を伝えていると、警官の様子が証言内容よりも、自分の判断能力の確かさを見極めようとしているように感じたというのです。

まだ三度目のハタチを生きている若輩者の私にしても、思い当たることがよくあります。最近ではハンバーガーチェーンの待ち行列に割り込んできた学生に対して、「並んでるんですよ」と発したところ、彼らから変な目線でガン見されました。他にも、お店で商品やサービス内容を質問した時、相手の返答にさらに質問を重ねていくうちに、次第に「もしかして、クレーマー」みたいに、相手の表情が変化していく等々。

つい先日も、「今の時代、赤の他人に馴れ馴れしく話しかけないほうがいい。特に、エレベーターの中でベビーカーの乳幼児に話しかけるとか。母親は決していい気はしないものだ」と、娘に諭されました。グスン。

銀行の窓口でよくある押し問答

でも、何と言っても高齢者がいちばん納得できないのが、銀行で自分のおカネを引き出すのに事情聴取をされることではないでしょうか。私どものところへも、平均すると四半期に一度は銀行から電話がかかってきます。

「山崎さんのところにおカネを振り込もうとしたらATMの操作で手こずっちゃってぇ。そうしたら銀行の人にいろいろ訊かれてね。年寄りを狙った詐欺が増えてるからって、振込先に電話してくれってしつこいのよぉ」

そこで銀行員が電話口に出てきて、「100万円というのはどのようなサービスなのか」・「ホームページはあるか」・「寄付を集めてどうするのか」等々、次から次へと質問攻めです。

私どもの社会福祉士事務所は法人形態がNPOであるため、当然のように会員からの寄付を受け付けています。また、『さいごまで丸ごと安心パスポート(通称:SMAP)』というエンディングまでをフルサポートする役務提供型保険は、税込み110万円です。銀行からの問い合わせは、だいたいがSMAP代金の振り込み時に発生します。ATMでは送金上限があるため、会員は窓口で手続きしなければならないのです。

時には、「お子さんは知っているのか」・「お子さんは近くに住んでいるのか」・「お子さんに電話してくれ」と言われて、実際にお子さんに店頭まで来てもらってようやく送金できたとか、近隣の派出所から警官がやってきて事の経緯を訊かれたとか…。

国からのお達しで高齢者を詐欺被害からまもるためにやっていることと理屈ではわかっていても、本当におカネを引き出す必要がある時にここまで手間がかかるというのは、怒りの感情が湧いてくるのも致し方ないことだと思います。

運転免許更新時には認知機能検査が義務化

認知症ドライバーや高齢ドライバーによる事故件数の増加を受け、2022年5月13日から改正道路交通法が施行されました。一定の違反歴がある75歳以上の人が免許更新する際には、運転技能検査が必須となりました。検査の手数料は3,550円で、所要時間は約3時間。更新期間満了日までなら何度でも受検可能ですが、不合格の場合は運転免許証の更新ができません。また、運転技能検査に該当しない場合でも、70歳以上の人は合計2時間の「高齢者講習」を受講。75歳以上の人は高齢者講習の前に「認知機能検査」を受検する必要があります。

認知機能検査は、イラストを記憶して何が描かれていたかを答える「手がかり再生」と、検査時の年月日・曜日・時間を回答する「時間の見当識」によって、記憶力と判断力を測定するものです。検査の手数料は1,050円で、所要時間は約30分です。

認知機能検査で「認知症のおそれあり」と判定された人が免許を更新する場合は、認知症専門医による診断書の提出が必要となります。なお、専門医から「認知症」と診断された場合は、運転免許が取り消しとなります。

認知症でないことを証明するために

さて、認知症専門医による診断書ですが、精神科・心療内科・脳神経外科で発行してもらうのが一般的でしょうが、絶対的な決まりはありません。肝心なのは検査内容です。認知症診断のために行う検査の方法は、下記の3つが一般的です。

神経心理学検査
簡単な質問と作業によって認知症であるかどうかを判断します。各検査で一定の基準が定められていて、これを下回る場合は認知症の疑いが強くなります。神経心理学検査は以下の3つが代表的ですが、すべてを行う必要はなく、医師の判断によって選択される場合がほとんどです。
・MMSE(ミニメンタルスケート検査)
 アルツハイマー型の認知症のスクリーニングを目的に、字を読んでもら 
 う、図形を描いてもらうなどの単純作業をする検査です。
・改訂 長谷川式簡易知能評価スケール(HDS-R)
 単純な計算や記憶想起、当日の日付や記憶などを言葉で質問する検査であ
 り、30点満点で評価されます。20点以下の場合、認知症の疑いが強いとさ
 れています。
・時計描画テスト
 白紙のように円時計を描きます。検査員から具体的な時刻が指示されます
 ので、指示通りに短針と長針を描けるかをチェックするテストです。

脳画像検査
脳の萎縮度合いや脳血流の低下を検査し、あらかじめ用意されているパターンに当てはめて認知症であるかを判断します。CTもしくはMRIで行われるケースが多いです。
・CT
 コンピュータ断層をX線を使って調べ、緊急で治療が必要な疾患を見つけ
 ます。
・MRI
 電磁気による画像検査であり、脳の萎縮度合いから認知症の診断に役立て
 ます。
・SPECT
 放射線検査薬を注射し、脳血流量を体内動向から調べる検査です。アルツ
 ハイマー型認知症などの、どのような疾患を抱えているかなどの診断に役
 立てます。
・VSRAD
 MRIと一緒に行われる検査で、MRIでは判別できない小さな疾患を見つけ
 ることができます。

MCIスクリーニング検査
認知症に進行する前の状態であるMCIのリスクを判定する検査のことです。血液検査を行い、血中のタンパク質を調べてリスクを判定します。MCIとは、認知症を発症していない健常者と、認知症患者の中間の状態のことを指し、MCIから進行が進むとアルツハイマー型の認知症を発症します。

なお、診断書自体に料金はかかりませんが、認知症であるかの診断をするための検査費用が必要になります。どのくらいの費用が必要になるかは、検査内容によって異なりますが、数千円〜2万円が目安になるでしょう。

高齢者の自尊心をまもるために

ジェロントロジー(老年学)の専門家に聞いた話ですが、老いるというのは喪失のプロセスです。齢を重ねるほどにいろいろなものを亡くしていきます。でも、最後まで残るものがあります。それが自尊心です。人は誰しも、自分は正しいと思っています。まだまだ自分はデキると思っています。そして、自分は特別だと思っています。この傾向は、高齢なほど顕著なように感じます。

それでも、現実には、特殊詐欺の被害はいっこうになくならないし、認知症ドライバー・後期高齢ドライバーによる交通死亡事故は増え続けています。だから、事件や事故を未然に防ぐ目的で、世間が高齢者の判断能力や認知機能を見極めようとするのはやむを得ないことだと思います。

ただ、そういう状況下に置かれた際に、「いや、自分はボケてなどいませんよ」ということを証明できる何かがあったとしたら、少なくとも当の本人の自尊心が傷つけられることが減るのではないか…。そんなことを、ここ数年、ずっと考えてきました。

認知症専門医にオファー予定のある企画

ところで、私には顧問医がふたりいます。仕事柄、数百名の医者とおつきあいをしてきましたが、このおふたりは別格です。いずれも人格者で尊敬できて、生涯にわたってご指導を戴きたいと思わずにはいられない存在です。そのご縁で、10月15日(土)開催の日本老年精神医学会の秋季大会でお話をさせていただくことになっているのですが、そこで、ひとつの提案をしてこようと思っています。

認知症専門医を含む約3,000名のプロフェッショナルで構成される大規模な学会です。同学会に、高齢者が四半期ごとに受ける、所要時間90分~120分、検査費用1万円くらいの認知機能検査パッケージを考案してもらうよう頼んでみるつもりです。

で、正常と判定された人には、同学会が『ボケてま宣言カード(仮称)』を発行します。カードには、神経心理学検査・脳画像検査・MCIスクリーニング検査それぞれに『異常なし』とスタンプを押印してもらい、同学会会員の医師名と医療機関名と連絡先を盛りこんでもらうようにします。

検査を受けた人たちは、『ボケてま宣言カード』をパスケースに入れて携帯するようにします。で、もしも何かが起きて、周囲から認知症の疑いをかけられているように感じたら、水戸のご老公様の印籠のごとく、『ボケてませんっ!』とこのカードを誇示するといった具合です。

とてもいいアイデアだと自負しています。何といっても、学会員の病医院の収益に直結するところがいいと思いませんか? 全国の病医院にポスターをデカデカと掲げ、キュートでオシャンティーなデザインのカードで話題作りをして、ちょっとワクワクするような企画だと自画自賛しています。

決して冗談ではなく、「自分はボケてなどいませんから」ということを認知症専門医の学会が証明してくれる。「信用できないのなら、マイドクターに電話して訊いてみなさいよ」と啖呵を切ることができる。そんなお守りのようなカードがあったとしたら、高齢者はみんなこぞって検査を受けに来ると思うのです。そうやって、自分のことは自分でまもらないとダメなご時世だと、つくづく感ずる今日この頃です…。

さいごに

認知症の疑いがなくても、定期的な認知機能の確認をすることは非常に重要です。なぜなら、ある時点で認知症と診断されなかったとしても、その後に認知症が進行してしまう可能性があるからです。認知症はゆっくり進行することが多いため、認知機能を定期的に測定して変化に気づくことで、認知症の早期発見に繋がります。早期発見ができれば認知症の進行を遅らせる薬を服薬することもできるし、以降の人生において、本人が望む生活を実現できる可能性が高まるはずです。

街じゅうの高齢者が当たり前のように、四半期ごとに更新される『ボケてま宣言カード』を絶えず持ち歩くような社会を、日本老年精神医学会とともに作っていきたいと本気で考えています。



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