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トイレと札幌からの脱出

あらからもう2年近く経ったろうか。
今となっては具体的な時期すら思い出せないけど、余りにも強烈な記憶。多分一生忘れることは出来ないし、この事件が無ければ私は関西に移住していなかった。

今となっては笑い話だけど、全く笑えない出来事。

トイレから出られない

その日私はいつも通りにトイレに入って鍵を掛けた。一人暮らしだから掛けなくても良いのだが、一度ついた癖はなかなか抜けない。
用を済ませドアノブに手を掛けると、何か感触がおかしい。鍵を開けようとしても中でカラカラと音を立てて、空回りしているような音が聞こえる。

あかん、閉じ込められた。

トイレは隣室と接しているので、隣人が居ることを期待してゴンゴンと壁を叩き声を掛ける。反応がない。期待はしていなかったけど軽い絶望感が私を蝕む。
せめて手元にスマホが有れば管理会社に連絡して救助を待つ手も有ったが、持ち込む習慣が無い私はどうしようもなかった。
となれば自分で開けるしかない。

だって、関西移住決まったのにこんなしょーもない事で死にたくないじゃないですか!

そう、この事件は移住の少し前に起きたのだ。
こんな時、よりによってこんな場所で孤独死してたまるか。孤独死は隣室の前住人だけで沢山だ!

脱出するために

扉の上と下を押してみると、それぞれ少し浮くのがわかった。最悪扉を破壊してしまえば何とかなるだろう。
住宅管理側の問題だろうし、修理代をぼったくられる事もなさそうだ。そもそも転出予定なんですけどね。

扉破壊は最終手段として、鍵の部分をドアノブごと外すアプローチを試みる。道具らしきものが無いから、トイレットペーパーのホルダーを外し金属部分を差し込み少しずつこじ開ける。
金属の方が弱いためかなかなかに事が運ばない。

もうこれは蹴破るしかない。
破壊ではなく扉自体を建てつけている金具を外すならなんとかなるのではないだろうか。
幸い私は体格が良く、脚力には自信があった。子供の頃から無意味にキックの練習をしていたことが、ここに来て意味を持ってくれた。

やってやるぜ!

自由への道

奥の壁に手をつき、左脚に全ての力を注ぎ扉のど真ん中を蹴る。

一度、二度、三度。

挫けそうな心を奮い立たせながら呼吸を整え、出せる限りの力を込める。こんなところで死んでたまるか。隣の前住人みたいに一週間も気づかれず、警察と救急車が呼ばれるなんて御免だ。
心折れそうになりながら七度目くらいの蹴りを入れた時、トイレの扉がバタンと倒れ私は数十分ぶりに外の空気を吸うことが出来た。

ああ、自由っていいなあ……

外れたのは建物と繋げている金具の部分だった。ドア自体に損傷はなく、ドアを破壊して脱出という最悪な事態は避けることができた。

それからどうした?

慌てて管理会社に連絡すると、建物自体の問題なので修繕費は必要無いとの有難いお言葉をいただいた。
安アパートにも関わらず、ゴミ捨て場を含めてとても管理が行き届いている会社で、今まで一番良心的だったと思う。家を建てる方がメインだからドアの修理も社員があっという間に直してしまった。

変わったことといえば、ドアから鍵自体を取り払った事くらいか。
一人暮らし向けの物件だからそもそも必要ないとも言える。
現在の同居人にその話をしたら、「家のトイレの鍵なんで掛けてたの?」と身もふたもないことを言われ。もしかして自分は間抜けなのだろうかとようやく気づいた。

たしかに必要無いわ。

さらにその後の話

関西移住話はもっとのんびりしたスケジュールだったが、このトイレ閉じ込め事件も有って前倒しで事が運ぶことになった。
引っ越しを決めた少し後くらいから、人手不足による引っ越し代金の高騰が起きたことを考えると、それで良かったのだろう。

引っ越しの二日前になってトイレの天井をふと見上げると、換気口のカバーが半分外れて落ちそうになっていた。ごそごそと手作業で戻してみたけど、完全に直りそうにない。
仕方なく管理会社に追加報告をして、引越し当日を迎えた。

綺麗に使っていたおかげで敷金の一部も戻ってきて、今までに一番穏やかに転出する事があでた物件。風呂トイレ別三万円以下の1DK、地下鉄まで五分以下。
札幌でもこんな物件なかなかない。だから私も含めて「ワケあり」だらけ。

今となっては住みたくないなあ。

何やらサポートをすると私の体重が増える仕組みになっているようです