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どんぐりパンはいかが?(創作)

「どんぐりパンはいかが?」

やわらかいパンにどんぐりをしきつめて、少しこげめがつくくらいまで焼いたのが、どんぐりパンです。

パンやの店長はりすです。まいにち工房をはしりまわって、パンを焼きます。どんぐりパンはいちばん人気のメニューで、これをもとめてお客さんはやってくるのです。

「いらっしゃいませー。どんぐりパンが焼きたてです」

お会計をするのは、うさぎです。しゃべってばかりいるのでレジにたってもらったら、お客さんから大人気になりました。

「秋がかおるどんぐり、いかがですかー。食欲の秋、パンはいかがですかー」

調子よく声をかけるうさぎを見て、ちゅうぼうでりすはくすりと笑いました。

どんぐりパンの次は、クルミのパンです。ふくらんだ生地をオーブンに入れます。りすは背がとどかないので、これはきりんの仕事です。

きりんは話すのがうまくありません。無口だけど、ていねいにパンを焼きます。きりんのそういうところが、りすは好きでした。

「つぎはこれをおねがいね」

クルミのからを割るのは、ぞうです。細かいことがにがてなぞうは、すぐにパンをつぶしてしまいます。だから、力仕事をまかせるようにしました。

「いつもありがとう」

りすにそういわれたぞうは、照れたようにそっぽを向きました。クルミのからがはじける勢いが少しだけ強くなりました。

中身をとりだすと、生地にねりこんでいきます。それは、りすの仕事です。ふっくらとおいしいパンを傷つけないように、ゆっくりとまぜあわせます。

「ぼくは…」

たたずんでいたのは、あらいぐま。パンをこねようとすると、長いつめがひっかかってしまいます。

力仕事もとくいではないので、ひとり落ち込んでいるのをりすは知っていました。

パンが売りきれたので、店じまいです。仕事がおわったぞうときりんとうさぎが、それぞれ帰っていきます。

「あらいぐまくん」

そうじをしていたあらいぐまに、りすが声をかけました。

あらいぐまはやっぱり、しょんぼりとしていました。

「ぼくってなんにもできないんです。オーブンには背がとどかないし、話すのもじょうずじゃないし、クルミもわれない」

あらいぐまは持っていたほうきをぎゅっとにぎりしめました。長いつめがきしりと音をたてます。

「ぼくもね、できることは少ないよ」

りすはいいました。

「店のなかではいちばんちびだし、力もないし、むずかしいことも全然わからないし」

「でもね」とりすは続けます。

「でもね、ぼくはおいしいパンをつくれるよ」

じぶんでいっちゃった、と小さくつぶやき、りすは頭をかきました。

「ぼくはおいしいパンもつくれないんです」

あらいぐまはどんどん落ちこんでいきます。

りすは袋のなかからどんぐりをだして、ひとつぶたべました。

「…つまみ食いじゃないからね。きみもどう?」

あらいぐまはとてもじゃないけど、今はおやつの気分にはなれませんでした。

「お店がいつもきれいなのはね、あらいぐまくんがそうじしてくれるからなんだよ」

りすはそうはげましたけど、あらいぐまの元気はもどってきませんでした。

そこで、りすはあることを思いつきました。

「あした、ちょっとだけはやくきてくれる?」

オーブンにいれるまえのどんぐりパンを、りすはあらいぐまに見せました。

「ちょっと飾りがほしいんだ」と、りす。

「きみのながいつめで、どんぐりの絵をかいてほしい」

すると、あらいぐまは目をまるくして、くびを横にふりました。

「パンをだめにしちゃいますよ」

「いいから、やってみて」

りすがうながします。

あらいぐまはおそるおそる、生地のなかにつめをいれました。ひとつひとつていねいに、どんぐりの絵をいれていきます。

「どんぐりパン、焼きたてです!」

うさぎがはこんできたパンには、きれいなどんぐりが描かれていました。

「ね、こっちのほうがいいでしょ」

りすはあらいぐまにやさしく話しかけました。

その日のどんぐりパンは、いつもの倍のはやさで売りきれました。どんぐりのイラストがかわいいと評判で、いつも大人気のりすのパンやは、ぎょうれつができるほどのお店になりました。

「きみのながいつめが役にたったよ」

お店をしめてから、りすがいいました。

「ぼくのつめが…」

あらいぐまはじぶんの手をみました。

つめがながくてよかったかも、とそんなことを思ったのです。

手にはかすかに、どんぐりのかおりが残っていました。

(おわり)

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