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「マグヌースソンのサガ」よりノルウェー王シグルズ1世(十字軍王)について


12世紀初頭、ノルウェーでは前王〈素足の〉マグヌースの息子たちである異母兄弟三人 (それぞれ母親が違う) が国を分割統治していました。

一番年上がエイステイン、二番目がシグルズ、三番目がオーラヴ。
オーラヴはまだ幼かったため、彼の土地は兄二人が代わりに治めることに。といっても、エイステインは15歳、シグルズは14歳でした。
(オーラヴは早逝したので、後年ノルウェーはエイステインとシグルズが共同統治することになります)

三年後、遠征の話が持ち上がり、二人の王のどちらかが遠征隊を指揮することになりました。
そこでエイステイン王が国にとどまり、弟のシグルズ王が部下を引き連れて旅立ったのです。

シグルズ王(シグルズ・マグヌースソン 、シグルズ1世、十字軍王 1090 - 1130)の船団は60隻から成り、ノルウェー十字軍としてイェルサレム遠征を行いました(1107 - 1110)。
すでにヴァイキング時代ではなかったのですが、彼らの遠征はヴァイキングそのもので、イベリア半島では食事を充分に準備できなかった領主から糧食を強奪したり、攻撃してきたイスラム教徒の海賊船団と戦って打ち破り、八隻を拿捕。シチリア島で歓迎を受け、地中海を東進、イェルサレム近くの都市で異教徒(イスラム教徒)に勝利しました。

遠方への長きにわたる遠征、ヴァイキングらしさ?は、やはりハラルド苛烈王の曽孫だな、と感じさせます。

それから王の一行はビザンツ帝国に向かいます。
シグルズ王は部下に対し、「帝都では凛々しく騎馬に跨り、新奇なものを目にしても堂々としていよ」 と命じたそうです。


By Gerhard Munthe - Book: Snorre Sturlaśon - Heimskringla, J.M. Stenersen & Co, 1899., Public Domain, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=956453
(スノッリ・ストゥルルソン 『ヘイムスクリングラ』 より)


彼は連れて来た部下達とともにビザンツ帝国の都コンスタンティノープル (北欧ではミクラガルズ) にしばらく滞在し、時の皇帝アレクシオス1世の歓待を受け、黄金の贈り物より競馬場での競技観戦を選び、大層ご満悦だったとか。
帰国時には皇帝に船団をすべて寄贈。返礼に多数の馬を贈られ、陸路でノルウェーに帰国しました。

当時、ビザンツ軍に入隊した北欧人は高給がもらえると言われていたので、王の部下の多くは帝都に留まり、ヴァリャーギ親衛隊に服務したそうです。

旅立ってから帰国まで三年。
シグルズ王、17~20歳の頃でした。

下記の地図が遠征経路です。

マッツ・G・ラーション著 荒川明久訳 『ヴァリャーギ ビザンツの北欧人親衛隊』 より


ちなみに、北欧人はビザンツ皇帝のことを キリアラックス (Kirjalax) と呼びました。
帝国で臣下が 「陛下」 を意味する 「キリオス」 を名前に添えて「キリエ アレクシエ (アレクシオス陛下)」 と呼びかけるのを聴いた北欧人が、この定句を一つの呼び名だと思ったことがきっかけらしいです。

一部ギリシア語に堪能な北欧人もいたようですが、多くのヴァリャーグ(ヴァリャーギの単数形)はギリシア語をあまり理解していなかったと思われます。

※ビザンツ帝国でのシグルズ王と皇帝とのやりとりは『ヘイムスクリングラ』にあるだけで、ビザンツ帝国側の資料には出てきません。
史実かどうかは判断が難しいところではありますが、イェルサレムへの遠征についてはフランスなど複数の国の資料でも言及されています。


ノルウェー王朝史 『ヘイムスクリングラ』 には、サガの主人公である王たちの容姿についても結構詳しく書かれています。

シグルズ王は、美形ではないが背が高く、赤髪だったようです。

ところが、シグルズ王とイスラム教徒との戦いを記した他国の史料には、「ノルウェー王家出身の美男の若武者率いる55隻のノルウェー艦隊がヤッフォ (イスラエル北西部の港)に到着した」 とあるそうなので、美意識の違いかな?
顔はともかく、赤毛好きの私は推し王が赤髪だと知って、ちょっと嬉しかったりするのでした。


ノルウェーの作曲家 エドヴァルド・グリーグは、シグルズ王を題材にした劇音楽 Sigurd Jorsalfar (十字軍の王シーグル)を書いています。

Jorsalfar とは「イェルサレム行きの」という意味で、ノルウェーでは「イェルサレム行きのシグルズ王」と呼ばれます。

CD は 「Peer Gynt」 とセットになっています。
演奏はイェテボリ・シンフォニー・オーケストラ (指揮 ネーメ・ヤルヴィ)。


劇音楽なので、途中にソロとコーラスが入っています。
歌詞はノルウェー語 (ブークモール)。

壮大で、ドラマティックな展開がかっこいい曲です。
シグルズ王の遠征と愛妾ボルグヒルドとの恋が物語の中心になっています。
YouTubeに音源があるので、興味があれば聴いてみてください。

https://www.youtube.com/watch?v=U8K-WWOVlGY&list=OLAK5uy_n6vnRRWcae7lfNt81zN8K_043zkYMobcU&index=28

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