戦国Web小説『コミュニオン』第24話「悪夢」

第24話 「悪夢」

 

 静流は逃げ出した。大山の形相と言葉は、『あの日』を想起させた。恐ろしかった。無理もない。あと少しで殺されるところだったのだ。必死で走る静流の脳裏に、あの日のことが蘇ってくる。

 

 

 『あの日』、突然家に押しかけて来た役人と兵士たち。一方的に話をする声が聞こえたかと思えば、両親は連れていかれてしまった。静流は隠れていた。

 怖くて動けなかった。外からは罵詈雑言が聞こえてくる。聞き覚えのある声ばかりだった。両親が近隣の住人たちから暴言を浴びせられているようである。

 昨日までは普通に笑顔で会話していた隣人たち。皆良い人たちばかりだと思っていた。その声から、彼らの怒り・憎悪が伝わってくる。

 「死ね」とか「殺す」とか言っている声も聞こえる。冗談で言ったことや聞いたことはあったが、今回は違う。心の底から吐き出されたような憤りを感じる。

 

 両親が連れ去られ、家には静流一人だけになっていた。怖くて動けなかった。だが、こんなのはまだ序の口であった。しばらくすると焦げ臭い臭いに気づく。

 ・・・ん? 煙?

 なぜか家の中に煙が漂っていた。恐る恐る煙の出どころかと思われる部屋へ入る。

 ・・・!? 燃えてる!??

 

 部屋が燃えていた。数秒間、唖然としていた静流。はっと我に返り、火を消そうとするも、どうしていいか分からない。水だ!とにかく水だ!

 幸い家のすぐ近くに川がある。すぐに桶を持っていこうかと思ったが、見れば桶にはすでに火がついていた。

 そして外から何かが投げ込まれる。火のついた棒である。ようやく出火の原因が放火であることに気づく。次の瞬間には、またも火が投げ込まれる。

 混乱しつつも、裏口へと急ぐ。火を消すことより、逃げるべきだと思ったから。はやく外へ出なければならないが、すぐ表にいるであろう放火犯と出くわしてはならないと直感的に思った。

 どうゆうつもりかは分からないが、殺す気なのかも知れない。昼間から堂々と、人目をはばからずこんなことをする輩である。まともな神経ではないだろう。

 裏口から外へ出た静流。すると・・・目が合ってしまった。

「・・・やっぱりいたぞ。」

 二人いた。若い男が二人。目がヤバかった。どうも怒っている。状況からして放火犯であろう。そして、他にもいるだろう。火は表から投げ込まれたのだから。

 「・・オイ。何にらんでんだよ?」

 ドスのきいた声。にらんでるのは相手の方である。

静流 「・・あの・・誰ですか?」

男  「・・・・・。」

静流 「なんなんですか?」

男  「そっくりそのまま返すよ。」

静流 「・・・・・。」

 絶句してしまう。え? 何? 誰? 疑問ばかりで言葉が出ない。彼らは近所の者ではなかった。二人とも初めて見る顔である。

男  「何しに来たの。」

静流 「え。」

男  「アンタらの国じゃないんだけど。」

静流 「・・・あの・・誰。」

男  「俺ら隣町から来た。間者があぶり出されたって聞いたから、わざわざ来たの。」

静流 「かんじゃ?」

 間者とはスパイのことであるが、静流には間者の意味が分からない。

男  「帰れよ。」

静流 「え?」

男  「自分の国に。」

静流 「・・え?」

男  「無理? 遠い? じゃぁ家に帰りな。ほら、そこ。」

 煙で充満している家の中を指さす。

男  「ほら、帰んなよ。帰れって。」

 静流に歩み寄る男たち。

男  「それとも遊んでく? 俺たちと。そうするか?」

静流 「・・・・・。」

 後ずさる静流。

男  「外交だよ外交。」

 静流の腕をつかむ男。振り払う。カッとなった男、静流を蹴り飛ばす。家の中に倒れ込んでしまう。たちまち煙で咳きこんでしまう。そして熱い。這いながら家の外へ出る。

男  「出てくんなよ。やっぱり遊んでく?」

 静流の肩を掴む男。振り払うと、今度は顔を殴られる。そして突き飛ばされ、額を家の壁にぶつける。額から血が流れてくる。そして熱い。壁が熱い。すでにかなり火がまわっている様子。

 よくしゃべる男の後ろで、もう一人の男が腕を組んだまま立っていた。この男は一言もしゃべらない。よく見ると顔に大きな古傷がある。頬から下あごにかけて、長い切り傷がついている。

男  「兄貴。おそろいっすね。」

 兄貴と呼ばれた男、乾いた笑顔。

兄貴 「かわいそうだろ。その辺にしとけ。」

 ゆっくりと静流に歩み寄る。そして静流の顔を凝視する。笑ってはいるけれど・・・やっぱり怒っている。

兄貴 「べつにお嬢ちゃんが悪いわけじゃないんだろうけどな。でも、しょうがねーよな。淘來人なんだから。」

静流 「・・・違います・・・」

兄貴 「嘘はいけねーよ。」

静流 「嘘じゃない。」

兄貴 「じゃ、なんで隠れてたの。」

静流 「・・・・・。」

 ただただ怖かったから。それだけである。

兄貴 「嘘はいけねーよ。」

 顔から笑顔が消える。腕をつかみ、静流を乱暴に引っ張る。壁にぶつかる静流。壁はすでに燃えていた。悲鳴を上げる静流。

 死ぬ。殺される。このままじゃ絶対殺される。直感的にそう思った。暴れる静流。落ちている石を拾い、相手の顔を殴りつける。

 

 つかまれた手は放され、その隙に走り出す。が、すぐに捕まってしまった。表から回ってきた三人目の男である。悲鳴を上げながら、必死に抵抗する静流。

 手にはまだ石を持っていた。ふたたび顔を殴りつける。怯んで手を放す。そしてすぐに逃げ出す。全力疾走。走る走る走る。振り返ると、案の定 三人が追いかけてきていた。捕まったら、今度こそ間違いなく殺される。とにかく走り続けた。

 

 

 その後、隼介のおかげで命拾いしたわけだが、あの時の彼らの顔を忘れることはなかった。そして、先ほどの大山は彼らと同じ顔をしていた。なにを怒っているのか分からないが、とにかく怒っている。

 怖かった。殺気そのものも怖かったが、それだけではない。殺気が殺気を誘発するのだ。あの優しい隼介までもが、変貌してしまった。

 あれから隼介の苦悩は始まったのだ。もちろん静流自身の苦悩も。まさに悪夢であった。あれから3年経ったというのに、覚めるどころかさらに深い闇に堕ちてしまった。人が人を殺めるシーンを目に焼きつけてしまったせいだろう。

 この悪夢はいつ覚めるのだろう?

 

 

 

 一方の大山。彼もまた、悪夢にさいなまれていた。彼が生まれたのは国境の近くの村だった。当時も淘來と戦争状態であり、長城に攻め寄せた淘來軍をかろうじて押しとどめていた。しかし、村人の中には多くの間者がいた。長年この地で共に住んでいたため、誰も彼らが敵に与しているなどとは思いもよらなかった。

 彼らは裏切った。城門を内側から開け、淘來軍を侵入させた。醒陵軍との激しい戦闘の末に撃破されることとなったが、村は壊滅。大山の肉親は誰一人生き残ることはできなかった。物心がついた頃、彼はよくこんなことを口にするようになる。

 どうして僕には家族がいないの?

 何度も聞いたが大人は答えてくれなかった。本当のことを教えるのは、はばかられたかもしれない。同じ質問をするたびに、大人は困惑した。

 が、それでも何度も何度も聞いてくる幼い少年に根負けしたのか、ある日教えてくれた。淘來人のせいなのだと。味方ヅラした淘來人が本性を現したのだと。そのせいで皆殺されてしまったのだと。

 幼い少年は強烈な教訓を得た。淘來人は悪なのだと。信じてはいけないのだと。大きくなるにつれ、淘來人にもいろんな人がいるはずだということは容易に想像できるようになったが、それでも心の底に根づいてしまった黒いものを剥がすことができない。

 この黒いものは彼を攻撃的にさせた。怒りたいわけではない。むしろこの怒りは彼を消耗させた。他者との間に溝をつくり、事あるごとに溝は深まった。

 

 武道を習うようになり、そこで初めて友達ができた。一番仲良くなったのは皇という、雰囲気のちょっと軽い少年だった。明るく爽やかで、誰からも好かれていた彼は、怒りっぽくてわりと怖がられる大山とは対照的であった。

 攻撃的な性格を直したいと相談した際、流れで自分の過去も話すことになる。こんなことを話したのは初めてだったが、彼になら話してもいいと思った。

皇  「苦しいね、それは。」

大山 「正直しんどい。」

皇  「悪夢・・・。」

大山 「あ?」

皇  「みたいなもんだなって。」

大山 「・・あぁ、まぁ。」

皇  「う~~ん・・・。」

 そう言った彼は、しばらく黙ってしまった。そして突然こう言った。

皇  「悪い夢から覚める方法。」

大山 「おぅ。」

皇  「僕が思うに、それは・・・」

大山 「・・・・・。」

皇  「淘來人を愛することだよ。」

大山 「・・・・・。」

皇  「それも違うか。相手がどこの国の人であっても、その人を・・・その人自身を愛すること。・・って、意味分かんないよね。」

大山 「おぉ。分かんねー。」

 本当に分からなかった。同い年なのに「愛」って言葉がすんなりと出て来た皇とは、きっと心の構造が違うんだろうな。生まれてこの方、そんな言葉を口にしたことは一度もなかった。

 そして『あの日』。心の底に根づいてしまった黒いものが、ついに狂気となって放たれてしまった。

 ・・・悪夢・・・か。あれから3年経ったというのに、覚めるどころかさらに深い闇に堕ちてしまった。人を、淘來人を殺すことが正当化された世界に来てしまったせいだろう。

 淘來人をすべて殺せば解決するのか? いや、そんなわけがない。そんなわけがないのは分かっている。じゃあどうすればいい? どうすればこの苦悩から解放される? 分からない・・・

 この悪夢はいつ覚めるのだろう?

 

 

 

 やがて日没間際。出陣の時が迫っていた。静流に一言謝りたい大山。会って一言、詫びたかった。そして、また笑って話がしたかった。

 じつは看護棟に行って静流に会ったのだが、大山の顔を見ただけで静流は逃げ出してしまった。嫌われた。完全に嫌われた。当然だ。彼女にとって、最も相容れない人間であることを宣言してしまったようなものだから。

 一方、隼介と静流は会って話をした。大山のフォローをしようと思ったのだができなかった。おそらく大山の名前を出しただけで、彼女の心は動揺してしまうだろう。大きなストレスとなってしまうのが目に見えていた。

 だから、ただただ別れの言葉を交わしただけである。もちろん、再会を願って。

 

 そして陽が沈む。出陣の時。総勢7000名の兵士たちが敵の砦に向けて出発する。隼介・大山らがいる歩兵第一部隊は第一陣として、砦を正面から攻める役目を担う。その後に出発した第二陣は別ルートを通って砦の後方へと向かう。

 狭い山道や山中の森の中を通り、川を越え、いくつかの吊り橋を渡りながら進軍は続く。敵の砦に近づくにつれ、霧が出て来た。夜のため ただでさえ視界が良くない中、さらに地形を把握するのが困難になっていく。

 地形だけではない。仲間の位置もだんだんと分からなくなっていく。加えて敵に行軍が知られる危険を少しでもおさえるため、音を出す行為も慎重にならざるをえない。

 

 おそらく行軍中の仲間の一部は遅れているだろう。もしかしたら、はぐれてしまった者もいるかも知れない。いや、確実にいるはずだ。それどころか、部隊ごと道に迷ってしまった可能性だって否定できない。その上、それを確認する術もない。

 圧倒的に有利であったはずの今回の軍事行動であるが、その目算がすでに狂ってしまっていることに焦りを感じ始める部隊長たち。隼介の部隊は幸い皇や大山といった、斥候として活動し地理を把握している者が何名かいたため、道に迷うことはなかった。

 と、楽観的に考えていたのもつかの間、気づいた時には山中で孤立していた。それはそうだ。この部隊だけ正しい道を進んでいてもしょうがない。

 しばらく待つか? 待っていれば他の隊と合流できるか? いや、細い山道ならともかく、ここは森の中。遅れているのではなく、違う方向へ歩いていったとしたら合流できるはずもない。もっと早く気づくべきだった。

 

 部隊長である隼介は決断を迫られる。進むか退くか、それとも待つか。考えた結果、進むことに決める。作戦は続行されているのだ。待ったところで仲間と合流できるとは限らない。もしかしたら先に進んでいる可能性だってある。

 しばらくすれば霧が晴れるかも知れない。総攻撃が遅れ、夜明けになってしまったとしても、それだけのことである。夜襲ではなくなっても問題ない。

 数は圧倒的なのだ。兵力が半分になっていたとしても、それでも3500。敵の3倍いるのだ。

 しかし、その予想も甘かった。霧はさらに濃くなった。その上、夜の森。自分がどっちを向いているのかさえ分からない。樹木や岩など、障害物も多い。

 行軍するにつれ、隼介の部隊からも兵が四散していった。無論、そんな状況になっていることすら把握できていない。

 隼介は立ち止まる。近くの気配も立ち止まる。・・・もしかして、数人しかいない? そんな不安がよぎった。

隼介 「皇?」

 小声で皇を呼ぶ。が、沈黙。

隼介 「皇はいるか?」

 沈黙。

隼介 「道を確認したい。皇はいるか?」

大山 「大山だ。俺ならいる。道もあってる。」

隼介 「兵数は確認できるか?」

大山 「・・確認できるのは・・・数人。」

隼介 「・・・・・分かった。」

 最悪の事態である。もはや部隊は部隊ではなくなっていた。進軍どころではない。

隼介 「ここで待機する。霧が晴れるのを待つ。」

 もっと早くこうした方が良かったのかも知れない。が、そんなことを考えてもしかたない。

 

 

 朝。少し霧が残ってはいたが、視界はすこぶる良くなっていた。部隊の兵士たちも、半数は近くにいた。そして明るくなるにつれ、はぐれていた者たちも戻ってきた。とは言え、他の部隊とは音信不通である。まずは合流せねば。

 敵の砦はかなり近い。いくら精鋭とは言え、この部隊だけでは100人ほどしかいない。とても攻められるような数ではない。そこへ、砦の偵察へ行かせた皇が戻ってきた。

皇  「相葉くん、マズいかも知れない。」

 小声ではあるが、緊張感が伝わってきた。

皇  「敵がいない。」

隼介 「え?」

皇  「砦に敵がいない。」

隼介 「いないって・・・じゃあ、どこに・・・」

皇  「移動した形跡がある。」

隼介 「だから、どこに。」

皇  「分からない。でも、こっちの作戦が読まれてる可能性がある。」

隼介 「・・・・・逃げられたってこと?」

皇  「かも知れないし・・・もしかしたら、逆に攻められてるのかも。」

隼介 「どこを?」

皇  「・・・・・。」

 攻められるとしたら、どこの部隊だ?

大山 「まさか、本陣じゃねーだろうな。」

隼介 「本陣?」

 大山が言った本陣とは、昨日までいた駐屯地のことである。確かに、こちらが敵の拠点を突き止めたように、敵もこちらの拠点を突き止めていてもおかしくない。

 そして、こちらがそうしたように、敵もそこを攻撃したとしても。もしも本当にこちらの作戦が見破られていたとすれば、事態は深刻だ。

 兵力の大部分が割かれた攻撃がかわされると同時に、手薄な部分が突かれてしまうことになる。痛烈なカウンターを喰らってしまう。

大山 「・・・静流・・・」

 そうだ。駐屯地には静流がいる。彼女をはじめ、非戦闘員の多くがあそこにいる。守備するのは戦闘経験のない新人兵士たちばかり。とても守り切れない。

大山 「隼介、どうする?」

隼介 「・・・・・。」

大山 「隼介。」

 どうする? 敵が砦にいないとなれば、当初の作戦は中止。しかし、敵が向かった先が本当に予想した場所なのかまでは分からない。仲間と合流するのが先決ではないのか? しかし、悪い予感が的中していたらどうするのだ。ここで判断を誤れば、取り返しのつかないことになる。

隼介 「戻ろう。歩兵第一部隊は、これより駐屯地へ戻る。」

 大きくうなづく大山。

大山 「敵が本陣に向かったとしたら、おそらくこっちだ。」

 大山、部隊を先導して進み出す。駐屯地と砦をつなぐルートはいくつかある。兵数や兵種によって、有利なルートは変わってくる。大山はそれらを把握していた。

 大山は焦っていた。今まさに、静流が襲われているのではないかといった不安を抱えていた。隼介もまた同様である。そして、その予感は的中していた・・・

 

 大量の煙が上がっているのが見えてくる。本陣は、燃えていた・・・

 

 

 

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