コミュニオン上半身2018_4_13

戦国Web小説『コミュニオン』第13話「幸せになってしまえ」

第13話 「幸せになってしまえ」

 

 北部駐屯地。ここへ来て、はや半月ほどになろうかという頃、ぞろぞろと若者たちの集団が列をなしてやってきた。隼介らと、そう変わらない歳の少年たちが多い。100人200人どころではない。次から次へとやってくる。

 どうやら訓練生の第二陣らしい。少年らの後ろから、同じく年若い少女たちまでやってきた。訓練をしていた訓練生たちも、おもわず少女たちの方を向く。

 少女たちは笑顔で手をふってきた。どことなく、遠足にでも来たかのような緩んだ空気をまとっていた。

 女の子から手をふられ、思わず手を振り返そうとした者もいただろうが、誰もそんなことはしなかった。そんなことをすれば、指導員である現役軍人から容赦なくぶっ叩かれるのは目に見えているからである。

一行が集結し終えるのに、かなりの時間を要した。最終的には1000人規模の大集団であった。彼らの宿舎は、隼介ら第一陣の訓練生たちの宿舎より後方、すなわち北門から離れたところに設営された。

休憩中に遠目から彼らを見ていた隼介ら、どうも自分たちと待遇が違うことに気づいた。かなり厳しくしごかれている自分たちと違って、なんだか和気あいあいとしている。よく見ると、彼らを指揮しているのも、軍人ではないようだ。やっている内容も、軍事訓練のようには見えない。

隼介 「あっちの人らは、何やってんの? 訓練じゃないの?」

和馬 「男は土木作業で、女は救急看護の訓練なんだって。」

隼介 「へ~~、そうなんだ。」

皇  「なんか楽しそ~。」

隼介 「確かに。」

皇  「遊びに行っちゃダメかな。」

隼介 「休憩中ならいいんじゃない?・・かな。」

和馬 「どうだろ。いいのかな。」

その日の夜、皇は第二陣の宿舎へ忍び込み、深夜に帰ってきた。次の日、「向こうの宿舎に忍び込んだ不埒な奴らがいる。」と、指導員たちは怒り心頭であった。そして、20名ほどの訓練生が罰としてぶっ叩かれることとなる。

隼介、内心「こんなに多くのヤローどもが忍び込んだのか・・・。」とあきれつつ、殴られている少年たちを何くわぬ顔で見ている皇にもあきれていた。そう、ばれなかったのだ、皇は。

 

皇  「ばれる奴が悪い。」

 休憩時間、彼はひょうひょうと言ってのけた。

隼介 「なんか凄いね、皇。」

皇  「そう?」

和馬 「たしかに。」

皇  「ちゃんとナイショにしといてね、ってお願いしなきゃね。それに、怪しい気配を感じたら、すぐ逃げないと。」

和馬 「そうまでして行くもんかな。」

皇  「だってここ、殺伐としてるじゃん。息抜きだよ、息抜き。」

和馬 「まぁ・・な。」

隼介 「たしかにね。」

皇  「・・・そう思わない人もいるみたいだけど。」

 皇の視線の先で、二人の男が木の棒を持って稽古している。涼平と剛田である。ぶつかり合う二人。本気で打ち合うが、相手に当たりそうになると寸前で止めている。どうやら本物の武器であると想定して稽古しているのだろう。

皇  「休憩中ぐらい休めばいいのに。」

和馬 「たしかに。」

 多少息が上がってきたところで稽古をやめ、隼介らに合流する二人。

剛田 「隼介。」

隼介 「ん?」

剛田 「いつもどんな稽古してたんだ?」

隼介 「あぁ・・・まぁ、普通に。」

和馬 「普通ではないだろ。」

隼介 「えぇっと・・道場では、素振りとかの基礎稽古して、それから普通に打ち合ったり、まぁ、いろいろ。」

剛田 「百人抜き稽古って、どんなだ?」

隼介 「あぁ。それは、」

 などなど、話は続いていく。どうやら剛田は、根っからの武道家気質のようだ。涼平と気が合うのもうなづける。対照的に皇は、その突出した強さとは裏腹に、とても武道をやっている人間には見えない。たびたびその意外な言動に驚いた。

戦う相手として向かい合えば、その実力ゆえに嫌でも鋭いものを感じるが、普段の彼はひょうし抜けするほど軽い印象を与える。

 

 その日の夜も、皇は女の子たちの宿舎に忍び込み、明け方近くに帰ってきた。この日は誰も見つからなかったようで、お叱りを受ける者はいなかった。

 皇は、この日もうまくやってのけた様子。いっそのこと、忍者にでもなってしまえと思った隼介であった。そんな皇は、そのつど何かしらの情報を得て戻ってくる。本当に忍者になれるんじゃね? と本気で思えてくる。

和馬 「で、今日はどんな情報を入手したんだ?」

皇  「藤堂くぅ~~ん、僕は忍者じゃないんだからね。」

和馬 「違うんだ。」

皇  「あ、でも今日は凄いこと聞いてきた。」

和馬 「やっぱ忍者だ。」

皇  「婦長さんが言ってたんだけど、」

和馬 「婦長? 大人の人?」

皇  「うん。」

和馬 「大人の人とも話してんの?」

皇  「うん。」

和馬 「怒られないの?」

皇  「うん。可愛いから許すってさ。」

大山 「俺だったらソッコーで強制送還だな。」

皇  「そりゃそうさ。」

大山 「なにぃ。」

皇  「見るからに危なそうな人はダメだよ。」

大山 「くっ。」

隼介 「だったら俺もか。」

皇  「相葉君は大丈夫だよ。」

大山 「なんで俺がダメで隼介は大丈夫なんだよ!」

皇  「だって相葉君、大人気だもん。」

隼介 「え。」

皇  「会いたいって人、たくさんいたよ。」

隼介 「そうなの?」

皇  「うん。この前の大会で有名人になっちゃったからね。ま、もともと有名だったけど。」

大山 「有名っつっても、大会観に来た人らとか、そのへんだけだろ?」

皇  「そのへんの人たちだもん。」

大山 「え、じゃあ、」

皇  「うん。大会を観に来た人とか、相葉くんのうわさ聞いてきた人が大半みたいだよ。」

大山 「そうなんだ。」

和馬 「そもそも、彼らは何? 募集されてきた人?」

皇  「うん、募集。でも「相葉隼介に会えるかも!」っていう特典につられてきた人も多いみたい。」

隼介 「え! なにそれ!?」

大山 「そうだよ。なにそれだよ。」

和馬 「隼介に会いにきたわけじゃないんでしょ。」

皇  「まぁ、表向きは新しい救護施設の建設と、看護婦育成訓練。な・ん・だ・け・ど、有名人に会いたいってさ。」

大山 「ひゃぁ~~~、驚いたね。」

隼介 「なんて言っていいのやら。」

皇  「・・あれ、もしかして、そうゆうの迷惑な感じ?」

隼介 「迷惑ってわけじゃないけど、苦手かも。」

大山 「モテるね、隼介。」

隼介 「いやぁ~~~。」

大山 「あら、なんだか本当に迷惑そう。」

 苦笑する隼介。みな和やかな雰囲気だが、和馬だけ深刻な顔をしている。

皇  「ん? 藤堂くん、どしたん?」

和馬 「さっき、救護施設の建設って言った?」

皇  「言ったねぇ。」

和馬 「訓練じゃなくて?」

皇  「あぁ・・・土木の訓練なのかな。」

和馬 「・・・・・。」

隼介 「和馬?」

和馬 「いや。」

皇  「ん?」

和馬 「何でもない。」

隼介 「・・・・・。」

 休憩時間は終わり、いつもの訓練が再開される。訓練は日没まで続き、やがて夜になり就寝時刻となる。皇はこの日も女の子に会いに、彼女たちの宿舎へと忍び込んだ。

隼介は寝れなかった。昼間の和馬の言っていたことが気になって眠れなかったのだ。隼介、上半身を起こす。静かな夜だった。皆、寝息をたてて眠っている。

和馬 「隼介。」

隼介 「・・おぉ。」

和馬 「起きてる?」

隼介 「うん。」

 隼介と和馬、皆を起こさないように宿舎の外へ出た。一応、深夜の外出は禁止だが、そこまで厳重に見張られているわけでもなく、すぐ外へ出るぐらいなら見つからなかった。

月が出ていた。月明かりが辺りを照らしている。長く連なる長城は、黒い大きな影を波打たせ、地の果てまで続いていた。

隼介 「なんか、寝れないわ。」

和馬 「俺も。」

隼介 「昼さぁ、」

和馬 「・・・・・。」

隼介 「何かあった?」

和馬 「う~~ん。」

隼介 「気になることとか。」

和馬 「あったね。」

隼介 「やっぱり。」

和馬 「ここ、戦場になるかも。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「気のせいだろうけどね。」

隼介 「気になるなぁ。」

和馬 「聞く?」

隼介 「聞く。」

和馬 「この北門、敵が攻めてくる可能性は低いんだけど、ないわけじゃないんだよね。」

隼介 「まぁねぇ。」

和馬 「本当はここにも、それなりの兵力を配備したいけど残念ながら足りない。だから、せめて多少は持ちこたえられるぐらいにはしておきたい。で、集められたのが俺たち。」

隼介 「うん。」

和馬 「で、救護施設。それと看護婦。でも、その施設つくってる人も看護婦訓練受けてる子たちも、なんだかなぁ・・・」

隼介 「緩い?」

和馬 「そう。緩い。まるで遠足気分。」

隼介 「でも、それは指導してる人の責任じゃない? 俺らの指導員みたいのが仕切れば一発で締まると思うよ。」

和馬 「その指導員にまわす人材すら足りてない、としたら?」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「いや、たとえばの話だよ。」

隼介 「・・うん。」

和馬 「なんだかなぁ・・・見えないことだらけで怖いわ。」

隼介 「でもここ、敵も攻めづらいんでしょ。大軍は通れないから。」

和馬 「一応。」

隼介 「じゃあ大丈夫だよ。」

和馬 「ただ、それも怪しいんだよなぁ。」

隼介 「どうして。」

和馬 「壁の向こう側、でっかい道つくってたらどうする? 大軍が通れるような。」

隼介 「いや、ここ山だよ。木ばっかりじゃん。そう簡単にはいかないでしょ。」

和馬 「いざ戦争となったら、山ほど人が死ぬんだよ。少しでも有利にしてからしかけるのが普通でしょ。」

隼介 「そうだとしても、すぐばれるよ。だって門にも壁にも、見張ってる兵士たくさんいるんだから。」

和馬 「あの兵士たち・・・本当に味方かな。」

隼介 「え。」

 沈黙。

和馬 「もしも。もしもの話。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「門と壁を守ってる兵士たちが敵だったら、地の利はすでに逆転してる。」

隼介 「・・・・・。」

和馬 「あいつらは敵を見張ってるように見せて、実はこっちを見張ってるんだ。」

 隼介、城壁を見上げる。長く連なる長城の上、兵士たちの影があった。いくら夜目のきく隼介でも、彼らがどちらを向いているのかまでは分からなかった。

和馬 「向こう側の情報は遮断され、こっちの情報は向こうに筒抜けになってる。そして、来たるべき日に備え、着々と準備を進めている。」

隼介 「和馬。」

和馬 「その時になったら、もう手遅れだ。」

隼介 「寝よう。」

和馬 「・・・うん。」

 二人は宿舎へ戻り、布団にもぐった。とても寝られやしない。もしも・・・などと考えだしたらきりがない。考えてもしかたないことは考えないでおこう。

 

 次の日の朝。あまり寝られなかった隼介と和馬。完全に寝不足だった。いつもより元気な皇が、いつものように陽気に話をしている。

大山 「お、起きたぞ。」

隼介 「・・おはよ。」

皇  「ちょっとちょっとぉ! 聞いて聞いて。」

隼介 「・・なに?」

和馬 「眠い・・・。」

皇  「沙耶ちゃんいたよ。」

隼・和「え!?」

 なんと、沙耶がここに来ているらしい。看護訓練を受けに来たそうだ。驚く隼介と和馬。

皇  「きっと相葉君に会いにきたんだよ。いやぁ、もしかして藤堂君かぁ?」

 二人はまだ唖然としている。

大山 「ちょっとちょっとぉ、紹介してよ。沙耶ちゃん、めっちゃ綺麗じゃん。」

隼介 「・・・マジで来たんだ。」

大山 「聞いてる?」

隼介 「聞いてるよ。」

大山 「紹介してよ。な。」

皇  「何? 狙ってんの、大山君。」

大山 「う~~ん、まぁ、いいと思うぐらい、いいんじゃない?」

皇  「無理だね。諦めなよ。」

大山 「だから、いいと思うぐらいいいでしょ!」

皇  「いい? 相葉君。」

隼介 「いや、俺の許可はいらないから。」

皇  「そうなんだ。じゃあ藤堂君。」

和馬 「俺の許可もいらない。」

皇  「そうなの? 二人とも違うんだ。てっきりどっちかの彼女かと思ってた。」

隼・和「違うよ。」

皇  「じゃあ、僕が狙っちゃおっかな。」

隼・和「何!?」

皇  「んん? 君たちは、どんな関係なんだい?」

涼平 「詮索するのはよくないよ。」

皇  「あ、梶くん聞いてた。」

剛田 「こいつ、人の話聞いてんのか聞いてないのか分からん時があるよな。」

大山 「お前もな。」

 この日の訓練はいつもと違っていた。武具を装備するのはいつも通りだったが、弓の成績が良い者たちは手槍ではなく弓矢を装備するよう言われた。

和馬もその一人である。弓というのは大弓で、その名の通り大きい。身長をゆうに超える長さを誇る大弓。持って歩くのは少々じゃまだ。矢も、携帯して動ける最大限の数を持たされた。

 

 そして移動。いつも訓練を行っている場所を素通りし、第二陣の宿舎に到着・・したかと思えば、そこも横ぎって歩き続ける。宿舎の外に出ていた多くの訓練生が、横ぎる隼介らを見て手を振ってきた。

「頑張れよ~!」「お疲れ~~!」などと楽し気に叫んでいる者たちもいる。その声につられてか、宿舎の中にいた者たちもどっと外に出てきた。みな、笑顔であった。

 

 完成して間もない看護棟からも、たくさん出てくる。それにしても多い。1000人という人数をあらためて感じた。そして思ってた以上に女子が多い。

皇と違ってここの様子をあまり知らない隼介、過半数が女子であることにようやく気づく。知らず知らずのうちに、隼介の視線は沙耶を探していた。

偶然目が合った女の子が手を振ってくる。思わず視線をそらす隼介。そして通過、目的地はそこからそれほど離れていない場所だった。

 

 

 そこは、山道から外れた木々の中だった。大きな板のようなものがたくさん並んでいるのが見えてくる。・・盾?・・置き盾だ。すでに待機していたと思われる兵士たちがその置き盾の後ろにいた。よく見るとそこいらに待機している。ざっと見ても200人は越えている。

 ・・・あれ、指導員、増えた? と思ったのは和馬も同じであった。たしか指導にあたっている軍人は100人ぐらいの人数だったはず。増員か。となると・・・

 和馬、林の奥の方を見る。

和馬 「・・・・・。」

隼介 「??」

 盾兵は数人で一組、それが幾つか点在していた。それらの後ろまで移動した後、整列。第一部隊から第八部隊まで分かれ、ここで待機となった。

 そして、何もしないうちに休憩となる。和馬、再び林の奥の方を見る。

和馬 「・・・・・。」

隼介 「どうした?」

和馬 「増えてるなって。」

隼介 「だよね。」

和馬 「もしかしたら、まだ奥にいるのかなって思って。」

隼介 「どうだろう。」

 隼介も目を凝らしてみるが、さすがに分からなかった。だんだんと日が昇っていく。もうすぐ昼だろうか。まだここでじっとしている。

 ・・・なにこれ? なんの訓練? 隠れる訓練?? 誰もがこの状況の理解に苦しんだ。

 

 隼介はふと、手を振ってくれた彼ら彼女らの笑顔を思い出す。彼らにとっては、今、この場所この時間が、まさに青春なのかな? などと考えていた。

夏山で過ごした十代の日々。大人になっても色あせない、そんな思い出になっていくのかな?

 多分、そうなっていくんだろうな。

 「それもいいね」

 隼介の口元は、かすかに笑っていた。なぜだか分からないが、幸せを感じていた。

 「みんな幸せになってしまえ」

 なぜかそんな思いに満たされていく。なぜだろうか、唐突にこんな思いがあふれてくるのは。と、思いつつ、なんとなく答えは見えていた。

 その答えとは、

 「自分も青春してるから」

 

 そして自分には自分の青春があるように、あの人にも、あの人にも、青春があるんだ。それが嬉しいんだ。

 ふと沙耶のことを思う。沙耶は、自分に会いに来てくれたのだろうか? それとも、和馬に会いにきたのだろうか? もしかして、そのどちらでもないのだろうか?

 

 ・・・会いたい・・・

 

 

 

 照りつけていた太陽が、突然陰る。ふと空を見上げると、大きな積乱雲があった。雨のにおいがした・・・気がした。いや、気のせいだろう。

さすがにまだ降る気配はない。雲を見て、雨を連想してしまっただけだ。そのうち降るかも知れないが、今はまだ降る気配はない。

 

 隼介の意識が、一瞬べつの空間に飛ぶ。隼介、土砂降りの雨のなか一人立っている。

隼介 「・・・・・。」

 すぐに現実に戻ってくる。日射しを肌に感じる。

和馬 「隼介?」

隼介 「・・・ん?」

和馬 「どうした?」

隼介 「いや、なんでもない。大丈夫。」

和馬 「・・・・・。」

 『あの日』の記憶だ。3年前のあの日の記憶・・・胸騒ぎがする。ふと城壁を見る。あのすぐ向こうは淘來。醒陵人が忌み嫌う淘來人。じゃあ淘來人もまた、醒陵人を忌み嫌う?

 壁。あの壁が迫ってくる。目に見える壁じゃない。目に見えない一線。その内側に入った異物を排除しながら、常に外側に圧力をかけていく何か。

 

 いつかの声が聞こえてくる。

 「出てけや、この国から。」「なんで・・こんなこと、するの。」「それはこっちのセリフだよ!」「・・・なんだこの弱さは?」「こんな力しかないのに、俺にしかけてきてんの?」

 

 目に見えない、その「一線」。今それが目の前にある。その一線はすでに壁の内側まで来ている。・・そんな気がしてならない。

沙耶がいる、あの場所まですっぽりと覆って・・・

 

 

 隼介は走り出していた。指導員の制止の声も彼の耳には届かなかった。全速力で走っていた。誰も追いかけてはこなかった。

 隼介は宿舎の前まで来た。第二陣の宿舎である。とたんに歓声があがる。

「相葉さんだぁ~!」「隼介さん・・ですよね?」などと声をかけ、多くの少年少女が隼介を囲む。

隼介 「ねぇ、沙耶、知ってる? 夕凪沙耶。」

 しかし誰も沙耶のことを知らない。隼介は宿舎が立ち並ぶその場所を走り回った。沙耶を探して回った。しかし見つからない。と、その時。

静流 「隼介!」

隼介 「・・・静流?」

静流 「やっと会えた。」

隼介 「・・・・・。」

静流 「今、休憩中?」

隼介 「・・・沙耶、どこにいる?」

静流 「・・・看護棟じゃないかな。」

隼介 「あれだよね?」

 看護棟を指さす。走ればすぐつける距離だ。走り出そうとした時、静流が腕を掴む。

静流 「・・・・・。」

隼介 「・・・・・。」

 隼介、追いかけてきた少年少女らに再び囲まれる。みな、笑顔で口々に何かしゃべりかけてくる。が、耳に入ってこない。

 看護棟と城壁を交互に見る。何をしたいのか自分でも分からないが、とにかく焦っている隼介。

静流 「どうしたの?」

隼介 「・・・・・。」

静流 「なに焦ってんの?」

隼介 「・・いや・・・」

 たしかに、なにを焦っているんだろう。だんだんと落ち着きを取り戻していく。が、やはり気配というか何というか、形容しがたいものを察する。

野生の勘が隼介に訴えかける。「壁を見ろ。壁の上。」城壁の上には兵士たちが並んでいる。気のせいか、いつもより数が多いような気がする。いや、気のせいではない。弓を持った兵士たちがひしめいていた。

 

 いつも以上に監視体制を強化しているのかな。そう思った隼介だが、野生の勘が「違う!」と言っている。

昼間であれば、隼介の視力は城壁の兵士がどちらを向いているかまでとらえられる。弓兵たちは背中を向けている。敵への監視体制は万全だ。

 「だったら安心だな。」と思いこもうとする隼介。

 「そうじゃない!」

内側からなのか肌の表面からなのか、もう一人の隼介が叫ぶ。

 

 

 そして、一斉に向きを変える弓兵たち。みな、こちらを向く。それに気づいているのは隼介だけ。もう一人の隼介が、緊急事態を告げる。「逃げろ!」と叫ぶ。

 弓兵たちが矢をつがえる。

隼介 「・・・・・。」

静流 「隼介? どうした?」

 弓兵たち、弦を大きくひく。矢じりの先端はこちらを向いている。「逃げろ!!!」と内側では怒鳴り続けているのに、隼介は声が出せない。完全に固まっている。

 隼介の異変に、ようやく何人かが気づき、隼介の視線の先を見る。が、彼らの視力では、兵士たちがどちらを向いていて、何をしようとしているかまでは分からない。

 

 兵士たちの弓は最大限にひかれていた。あとはもう放つだけ・・・と思った次の瞬間には放たれていた。

まずは高く上空に舞い上がった数百本の矢が、今度は放物線を描いて落ちてくる。もちろん、隼介たち目がけて。

その光景はまるで、黒い羽虫の群れのように見えた。そして・・・

 

 

 

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