戦国Web小説『コミュニオン』第37話「忘却」

第37話 「忘却」

 

 歓喜に沸く駐屯地の兵士たち。まさか勝てるとは思っていなかった。あの軍事大国・ロズガードを相手に、しかも十倍の兵力をもって攻めて来たにも関わらずこの拠点を守り抜いた。安堵と喜びの声があちこちから聞こえてくる。

 もちろん犠牲もまた大きかった。城壁にて敵と交戦した弓兵たちの、およそ半数が命を落とし、生き残った者のなかにも重傷を負ってしまった兵士が多数いた。

 今回の戦闘にて、深い憎悪と敵愾心を持った者もいよう。それでも、勝ったのだ。生き残ったのだ。まずはそれを素直に感謝しよう。そんな空気であった。

 

 しかし、その中に隼介の姿はなかった。静流は駐屯地のあちこちを捜しまわる。が、どこにもおらず、隼介を見たという者もいなかった。しかたなくまた門のところに戻ってくる。が、(第二の)門の向こう側は覗きたくなかった。

 「死神降ろしの間」とあだ名されるそこは、まさに死神が降臨したかのような空間となっていたからである。静流が立っている場所にすら、異臭が漂っていた。

 門から兵士が出てくる。両手で重そうに、大斬刀を抱えている。

静流 「あ、それ。」

兵士 「あぁ、隼介さんの。」

静流 「・・・・・。」

 大斬刀からは血がしたたっていた。戦闘が終わって数時間は経っているはずだが、血は乾ききってはいなかった。

兵士 「凄いよね、隼介さん。こんなの振り回すなんて。・・あ、どこにいるか知ってる?」

静流 「隼介ですか?」

兵士 「うん。」

静流 「私も捜してるんですけど、見つからなくて・・・」

兵士 「そっか。じゃあ、これ洗って病室に置いておくね。あ、病室はまずいか。」

静流 「どうでしょう。」

 ここにはいない。じゃあどこへ?城壁に上がろうとしたが止められた。隼介はいるかと聞いたが、城壁にはいないとのこと。こういった軍事的に重要な場所は立ち入り禁止のようである。守備隊長などの位の高い人たちのいる部屋も先ほどの城壁と同じで、呼び止められるだろう。隼介はきっとそういった場所にいるのだろうと思われる。

 しかしまぁ・・・。辺りを見回す静流。門の外側にも数人の醒陵兵の死体が倒れていた。激戦の跡がここにも刻まれている。と、思っていたら、

 「・・・うぅ・・・」

 生きてる!その中の一人が生きているではないか!?

 慌てて抱えて看護棟へと運び込もうとする。が、結局静流一人では運べずに人を呼んだ。重傷だ。と思いつつも、隼介のケガはどうなんだろう、大丈夫なんだろうかということが気になった。

 

 

 夜になっても隼介は静流の前に姿を現さなかった。が、今はそれどころではない。看護棟には負傷兵があふれていて、彼らの治療が間に合っていないのだ。

 隼介を捜していたのも、ただ会いたかったというのもあるが、治療するためであった。静流を含めた看護婦たちや医者、その他医療に関わる者たちは徹夜で負傷者への対応に追われることとなる。

 また、今回の戦闘には勝利したが、まだまだ警戒態勢が続いている。城壁の上にはまたずらりと弓兵隊が並び敵の襲撃に備えているのはもちろん、破壊された門の修理も急ピッチで進んでいる。

 そして二日が過ぎた。ようやく一段落つけた静流は、病室の隅で仮眠をとっていた。誰かの声に目覚めると、そこには守備隊長の姿があった。

隊長 「滝川くん。」

静流 「・・・え・・あ、はい。」

隊長 「早朝から失礼。」

静流 「いえ。」

隊長 「ご苦労だったね。」

静流 「いえ。」

隊長 「ちょっと聞きたいんだが、相葉くんはどこにいるかな?」

静流 「・・え。」

隊長 「さすがにこんな状況じゃ病室にはおれんか。」

 負傷兵が多すぎて、動ける者は追い出されたみたいだね。そんなニュアンスであった。静流にとっては逆に聞きたいぐらいだった。

静流 「ここには・・おりませんが。」

隊長 「どこかな?」

静流 「知りません。」

隊長 「・・では・・・」

静流 「私も知りたいぐらいです。」

隊長 「そうか。」

 一応隼介のことは静流に任されてはいたが、あくまでそれは養生に関してであり、監視(?)を任されているのは本来、守備隊長の方であった。

隊長 「うむ。失礼した。」

静流 「はい。」

 去っていく。

静流 「・・・・・。」

 隼介、いないんだ・・・。気にはなったが、また眠りに落ちていく静流。

 

 そして目が覚めると、すでに陽が昇っていた。もう昼である。兵士が一人、静流を訪ねてきた。

兵士 「隼介さんは、どちらへ?」

静流 「さあ。」

兵士 「守備隊長殿が捜しておられるのですが。」

静流 「・・え。」

 不審に思う静流。聞いてみると、どうやら隼介が見当たらないらしい。しかしまさか、あの戦いからずっと行方不明だとは、この時点ではまだ誰も気づいてはいなかった・・・

 駐屯地をくまなく捜してみても、隼介を見つけることはできない。夜になる頃には大ごとになっていた。

 「もしや、逃亡した?」という疑いも出てきたが、まだ何の手がかりもない。そこへ重要な情報を持った者が駆け込んできた。彼らは輜重兵で、ここへ武器を運ぶ途中、何かに襲われたと言うのだ。

輜重兵「はい。昨日の夜です。」

隊長 「盗賊かね?」

輜重兵「いえ、あれは人の仕業ではないかと。」

隊長 「人ではない。」

輜重兵「大イノシシや・・獣の類かと。」

隊長 「獣?」

輜重兵「暗くてよく見えなかったのですが、突進されたのだと思います。一発で荷駄が吹っ飛ばされました。それで、引っ張っていた馬も倒れ、私も落馬しました。」

隊長 「・・・・・。」

輜重兵「さすがに人の力では無理があるかと。エサを探していたのか、もしくは敵だと見なされたのかも知れません。」

隊長 「・・・分かった。ご苦労。」

 まさかな・・・・。しかし、良からぬ連想をさせる情報がまたも舞い込む。あの日の戦闘終了後、西へ向かって隼介が歩いていくのを見たという者が現れたのだ。

兵士 「はい。確かにあれは斬りこみ隊長殿でありました。」

隊長 「西へ・・・。」

兵士 「はい。」

隊長 「そうか。・・うむ。分かった。」

 そして決定的な情報が・・・。

 静流が見つけた重傷者が意識をとり戻したのだが、彼はとんでもないことを言い出したのである。

兵士 「隼介さんが・・・隼介さんを・・止めてください。」

隊長 「どうゆうことだ?」

兵士 「門から出てきた・・隼介さんに・・話しかけたんです・・何人かが・・・」

隊長 「うむ。それで?」

兵士 「それで・・そしたら・・隼介さんの名前を呼んだら・・分かってなくて・・・」

隊長 「・・・・・。」

 話を要約するとこうだ。あの時、第二の門が開かれ、そこから隼介はフラフラと出てきた。「大丈夫ですか?」と聞いても答えない。「隼介さん?」と言ったら、隼介もまた「・・隼介さん?」と聞き返した。

 いろいろと声をかけるも会話が通じない。どうも記憶がなくなっている。「肩お貸しします。」と言って兵士の一人が近づいたら、突然表情が変わった。殺意を持った顔になった。

 それで彼は一度は立ち止まったが、気のせいだと判断したのかまた近づいた。そしたら隼介は突然彼の首を掴んで、そのまま地面に叩きつけた。かと思ったら、一緒にいた兵士たちに襲いかかり、次々と撲殺していった。自分も殴られた瞬間までは覚えているが、そこからの記憶はない。

 

 静流は思い出す。確かに、この重傷兵たちが倒れていた場所で戦闘は行われてはいなかった。あの時は混乱のさなかにあり、誰も気づかなかった。

 救援隊が到着し、慌ただしく走り回っていた。城壁の向こうにひしめく敵の大軍を入れまいとして、皆そのことに意識が集中していた。完全に盲点であった・・・

静流 「・・あの・・じゃあ・・隼介は?」

隊長 「最悪の事態だ。」

静流 「・・・・・。」

隊長 「いや。最悪の事態を止めてくれた。自分を犠牲にして・・・」

静流 「隼介は今どこに?」

隊長 「輜重隊が襲われたのが昨日の夜。となると・・西へ歩いて一日の場所?いや、もう移動しているかも・・・」

静流 「どこへ?」

隊長 「分からん。が、すぐに捜索隊を出す。」

 隼介の一件はすぐに本陣(醒陵の本拠地)へも伝えられた。そして捜索隊が出され、隼介の行方を追う。

 

 

 

 一方、当の隼介本人。彼は歩いていた。歩き続けていた。長い長い帰り道をただひたすらに。自分は誰なのか?なぜ歩いているのか?何をしているのかさえ分からぬまま歩き続けていた。

 記憶はなかった。言葉や善悪、倫理といった頭に入れた記憶の多くは失っていた。だが、景色に見覚えがあった。五感に刻みつけた記憶は失ってはいなかった。それらを頼りに、来た道をただひたすらに戻っている。

 

 彼は帰りたかった。いや、還りたかった。

 五感に刻みつけられた、あの時あの場所へ・・・

 

 

 

 隼介の捜索が始まって三日が経った。つまり彼が姿をくらませて五日が経っている。だが、まだ見つけられない。そんな折、本陣から信じられない命令が下った。守備隊長は怒り心頭で本陣へとおもむいた。

隊長 「どうゆうことですか!彼はこの国を守ったんですよ!そのために自らを犠牲にしたんじゃないですか!!」

 本陣には軍の高官だけでなく、長老会の面々も集っていた。

直太丸「・・・今はその話をしているんじゃないよ。」

隊長 「どうして彼を殺さなければいけないんです!!」

直太丸「だからね、今は別の議題を話し合ってるから。」

 白髪のこの老人は、ニコニコと穏やかな笑顔で守備隊長に返す。彼は直太丸(じかたまる)。長老会に名を連ねる一人である。

隊長 「理由をお教えください。」

直太丸「理由?何だっけ?」

蒼雲 「あいつが何かしてみろ。今まで築き上げてきた英雄としての名に傷がつく。そうなる前に・・・それだけだ。」

隊長 「何か・・とは。」

蒼雲 「味方殺しの件があるだろ。それを、またやらかした。」

隊長 「・・・・・。」

蒼雲 「次やったらもう隠しきれんかも知れん。英雄の名はたちまち地に落ちる。」

隊長 「・・・それでは志願兵がいなくなると?」

蒼雲 「そうだ。」

隊長 「・・・それでは、あんまりではありませんか。」

蒼雲 「この話は終わりだ。議題に戻る。」

隊長 「蒼雲様。」

蒼雲 「終わりだ。」

隊長 「・・・・・。」

蒼雲 「帰ってよし。」

 直太丸、蒼雲と守備隊長の顔を交互に見る。そして苦笑い。

直太丸「じゃ、そゆことでね。・・あ、議題、何だっけ?」

蒼雲 「今後の方針。」

直太丸「そうそう。それ。」

蒼雲 「ロズガードとは再び同盟を結び、淘來を撃滅。さらに東へ進軍。」

 十数名の軍高官と数名の長老会メンバー、皆表情を曇らせる。が、誰も発言しない。直太丸、彼らの顔を一通り見て、ニッコリ笑う。

直太丸「言えよ~~~、みんな。」

蒼雲 「・・異論はないようだな。」

直太丸「そうかなぁ。みんな言いたいことあるんちゃうの?」

 しかし、誰も声をあげない。

直太丸「じゃあわし言おうかな。」

蒼雲 「・・・何だ。」

直太丸「そもそもロズガードには騙されたんちゃうの?」

蒼雲 「それが?」

直太丸「わぉ。開き直り~~~。」

蒼雲 「外交にはつき物だ。」

直太丸「まぁね。でもさ、でもさ、信用できるの?」

蒼雲 「しなくていい。」

直太丸「しないの!?」

蒼雲 「利用できるなら利用する。それだけだ。」

直太丸「で、自分が利用されたと。」

蒼雲 「・・・・・。」

直太丸「開戦に踏み切ったのも、蒼雲がやれっつったからでしょ。」

蒼雲 「やれとは言ってない。」

直太丸「でも圧力かけてたじゃん。」

蒼雲 「かけてない。」

直太丸「でも結局、それロズガードの罠だったわけでしょ。」

蒼雲 「直太丸よ。」

直太丸「すぐカッとなる奴がたきつけられて、進軍だ~~っとか言って国境の軍勢動かしちゃったから、だからこうなったんちゃうの?」

蒼雲 「終わったことを悔いても前には進めん。」

直太丸「出た。開き直り~~~。」

蒼雲 「前に進むためには、」

直太丸「同じ過ちをくり返す前に、原点に立ち戻るべきだと、わし思うよ。」

蒼雲 「原点?」

直太丸「そう。」

蒼雲 「・・聞こうか、お前の意見。」

直太丸「わし?・・・みんなは?」

 直太丸、会議出席者の顔を一通り見る。が、誰も発言しない。そしてまたニッコリと穏やかな笑顔。

直太丸 「・・あ、みんな言っていいんだからね。」

 しかし、沈黙。

直太丸「じゃ、これわしの意見。国境に軍を集めて厳重警備。淘來とロズガードには和平交渉。これっしょ。」

蒼雲 「それでは前と変わらん!」

直太丸「かも知れんが、当面戦は避けられる。国力も蓄えれる。良いじゃん。」

 会議には二十名以上が参加しているのに、発言しているのはこの二人だけ。発言力の有る無しがハッキリと分かれていた。なおこの会議は、国の重要事項(今回は軍事関連のみ)を話し合う場である。この国の舵取りを誰がとっているのかが見て取れた。

隊長 「・・・・・。」

蒼雲 「まだいたのか。帰れと言っている。」

隊長 「・・・・・。」

蒼雲 「貴様、さっさと」

直太丸「君の好きにすればいいと思うよ。」

隊長 「本当でありますか!?」

直太丸「本当。」

蒼雲 「おい、勝手なことを」

直太丸「殺すには惜しい人材っしょ。」

蒼雲 「何かあってからでは」

直太丸「失敗はつき物。でしょ?」

蒼雲 「・・・好きにしろ。」

隊長 「ありがとうございます!」

 その場を去る守備隊長。そして捜索隊や北部駐屯地にいる関係者にそのことを伝える。彼の帰りを今か今かと待っていた静流たちは肩をなでおろす。

 その中には、仲の良かった兵士たちの他に、捕虜たちの姿もあった。彼らもまた兵士たちと肩を組み喜び合った。彼らはもう手足に枷などつけられてはいない。立場としては捕虜だが、何も知らぬ者が見たらどう見ても仲間であった。

 

 そしてそこにはすでに、和馬や涼平など、北部戦線で活躍した者たちも帰還し合流していた。彼らは、まさか醒陵が無事だったとは思いもよらず安堵の表情を見せた。

 それと同時に、その防衛戦の陰に隼介の活躍があったこと、そしてそのせいで再び精神を病み軍上層部からは見捨てられたことも知らされた。

 皆、言葉を失う。

 

 隼介の消息を掴めないまま、時間ばかりが過ぎていく・・・

 

 

 

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