戦国Web小説『コミュニオン』第35話「死神降ろし」

第35話 「死神降ろし」

 

 次の日。陽が昇った頃、数人の負傷兵が北門へ駆け込んできた。血まみれの者もいれば、矢が刺さったままの者もいた。彼らは看護棟へと担ぎ込まれる。それを聞いた隼介、すぐに駆けつける。

 寝かされた負傷兵の横に座り、痛々しい傷を眺める。それでも彼の傷はまだ浅い方で、応急処置も終わっている。傷が深かった者が一人、同じ部屋で絶叫しながら処置を受けている。

隼介 「・・・あの・・・状況を教えてもらってもよろしいでしょうか?」

負傷兵「・・報告した・・通りで・・あります。至急、防衛体制を・・整えるべきで・・あります・・・。」

隼介 「・・・・・。」

 負傷兵、話しかけてきた相手が隼介であることに気づく。

負傷兵「あ、もしや・・北部攻略部隊の・・斬りこみ隊長殿で・・ありますか?」

隼介 「はい。」

負傷兵「私は・・輜重部隊の者で・・あります。戦線へ物資を届けた帰りに・・国境付近で・・襲撃を受けました。」

隼介 「敵は、淘來ですか?」

負傷兵「いえ、銀色の・・甲冑をまとった軍勢・・・」

隼介 「・・・・・。」

負傷兵「おそらくは・・ロズガードかと思われます。」

隼介 「・・・・・分かりました。ご苦労様です。ゆっくり休んでください。」

負傷兵「はい。」

隼介 「・・・・・。」

 間違いない。我々は裏切られた。ロズガードに裏切られた。となれば、そもそも国境の防衛を手薄にさせるために開戦させたのではないか?そんな邪推までできてしまう。

 騙したのは誰?ロズガード?淘來?どちらにしても蒼雲が言っていたことは外れているではないか。なにが二人勝ちだ。なにが東へ東へと軍を進め、だ。

 蒼雲は欺いた。自国の民を欺き開戦への扉を開けた。その蒼雲もまた欺かれていた?

 いずれにせよ、国家存亡の危機。隼介は急いで北門の守備隊長に会いに行く。彼ともまた、今では懇意にしている仲である。彼は北門の責任者でありながら、北部駐屯地の責任者でもある。要は、ここで一番偉い人物であった。

隼介 「守備隊長殿。」

 隼介は畏敬の念も込め、彼をこう呼んでいた。彼は隼介のことを、

隊長 「相葉くん。」

 こう呼ぶ。

隊長 「話は聞きましたか。」

 君づけしながらも敬語。一応階級的には隼介より上だが、やはり隼介を尊敬し格上と見ている。歳は隼介より10以上も上だが、やはり結果を出してこそという思いを誰もが持っており、階級とは関係なしに敬語を使う者は少なくない。

隼介 「はい。ロズガードの軍勢がこちらへ向かっていると。」

隊長 「うむ。」

隼介 「敵の到着予定は。」

隊長 「明日には。」

隼介 「・・明日。守りの方は、どういった感じで。」

隊長 「どうも何も、城壁上から矢を浴びせる他ありません。第一の門が突破されれば、増設した通路にてまた矢を浴びせる。」

 増設した通路。幅30メートル、長さ50メートルほどの空間である。高い壁に囲まれたこの空間には多くの矢狭間(やざま)が設けられており、さらに苛烈な攻撃が可能となる。

 「死神降ろしの間」とあだ名されるほどの防衛力が期待される場所だが、相手は3万。期待通りの効果など得られないだろう・・・

隊長 「第二の門が突破されれば、接近戦で迎え撃つ。それだけです。」

隼介 「・・救援部隊の到着は。」

隊長 「それもまた、明日には。」

隼介 「・・・・・。」

隊長 「・・・・・。」

隼介 「了解いたしました。」

 隼介、頭を下げてその場を後にする。隼介も守備隊長も分かっていた。救援部隊が到着する前に第二の門が突破されてしまえば負けることを。

 間に合うかどうかは五分と五分。いや、襲われた輜重隊がすでにここに来れたということは、敵もまた近いはず。間に合わない可能性の方が高いに決まっている。

 が、やるしかない。迎え撃つしかないのである。

 

 

 駐屯地は騒然となった。同盟国であるはずのロズガードが攻めて来る。あの軍事大国がだ。しかも数は3万。こちらの10倍以上いる。加えてここの守備隊はほとんどが実戦経験のない者たちであふれていた。救援隊もたかが5000。

 その上間に合うかどうかも分からない。絶望的な空気が充満していた。看護棟に運ばれてきた負傷兵の一人が息を引き取った。命拾いした負傷兵が、騎士の軍勢の恐ろしさを語る。とても勝てる気がしなかった。皆、意気消沈してしまった。

 だが隼介は知っていた。こういった時こそ正念場だと。希望は薄いとは言え、全力で応戦すれば何とかなるかも知れない。今がその瀬戸際なのである。ここで逃亡兵など出してしまえば総崩れ。戦う前から敗北が確定してしまう。

隼介 「皆さん、まだ少し時間があります。稽古しましょう。」

 皆「?」といった顔。それでも隼介は笑顔でこう続ける。

隼介 「来れる人だけで構いません。稽古につき合ってください。」

 隼介はいつもの稽古場所へやってきた。その後ろからゾロゾロと兵士たちがついて来た。今日も200名といったところ。隼介は新兵たちに少しでも恐怖をぬぐい去ってもらいたかった。

 隼介の穏やかな稽古が始まる。緊迫していた彼らの顔も、じょじょにほぐれていった。

 敵は3万。近づいてくれば目視できるはずである。今すぐに緊急配備といかなくてもいい。とは言え、余裕があるわけでもない。ほんの小一時間といったところで稽古は終了となり、最後にこう告げる。

隼介 「今、戦線では私の仲間たちが戦ってます。彼らもまた、初陣を迎え、数々の戦いをくぐり抜け、屈強な戦士たちへと生まれ変わっていきました。でも、そんな彼らもまた帰るべき場所があります。ここです。この国です。私は彼らの帰るべき場所を守りたい。皆さんの戦いが今ここで始まり、どこで終わるのかは分かりません。でも、帰る場所はここです。皆で守りましょう。帰るべき場所を。」

 新兵たちは真剣に聞いていた。うなずく者がいた。涙を流す者もいた。隼介は深く頭を下げた。新兵たちは驚く。格上の英雄が、新兵である自分たちにここまで敬意を表すなんて。そして隼介はその場をあとにする。

 

 装備を整える隼介。脛当をつけ佩楯を履く。籠手をつけ鎧を着る。大刀と脇差をさす。そして額当て・・・久しぶりである、この感覚は。

 と、突然の居合抜き!刀は鋭く空を切る。そして納刀。したかと思えば、左手ですばやく脇差を抜く。逆手で持っている。どうやらウォーミングアップのようである。動きは上々、腕は鈍ってない。

 

 城壁に上がる隼介。すでに許可はとってある。城壁から見る眺めはとても壮観であった。幾つもの山々にまたがり、北へ南へと伸びている高い城壁。そして北門から東へと続く道。山林の中に伸びた幅広の道は、曲がりくねりながらも遠くの平原へと続いていく。そしてその平原はそのまま地平線へと続いている。

 よく見るとその地平線の上にうっすらと山々が見える。まるで蜃気楼のようにうっすらと。もはや肉眼では見えるはずもないが、その山中には今や砦と化した駐屯地がある。そこを越えると平野が広がって・・・

 

 それはまさに隼介が歩んできた道であった。この北門から始まり、平原にて騎馬隊の恐ろしさを知り、援軍の心強さを知り、大斬刀と出会い対話し、山中にて仲間を失い、それでも守れた人もいて、また仲間が増えて、でも失って、敵にも強い人がいて、自分は強いと言われて、でも本当は弱くて、そして壊れた。

 

 で、また戻ってきた。帰って来れた。感慨深いものを感じつつ、城壁に立ち続ける隼介。彼の横には、右にも左にも、ずらりと弓兵が並んでいる。戦闘ともなれば、さらに多くの弓兵たちが並び敵に一斉攻撃をしかけるのだろう。心の中で「よろしくお願いいたします。」とつぶやく。

 弓兵ではない兵士が隼介のもとへ来た。

兵士 「隊長殿は休まれてください。見張りでしたら我々が。」

隼介 「いえ。ここにいる方が安心できますので。」

兵士 「はぁ。」

隼介 「敵が見えないところで待つよりも、ここで見張っている方が落ち着くんです。」

兵士 「分かりました。」

隼介 「ご苦労様です。」

 それは本音だった。ここにいれば敵がどこからどういった感じで接近してくるのかが見て分かる。今回は十中八九、門が攻められることは分かっているが、それでもここで待っていた方が落ち着いた。

 やがて夜になり、隼介はここで眠る。少し肌寒かったが、野宿の日々に比べればどうといったことはなかった。

 

 

 

 そして朝。夜明けとともに、奴らは姿を現した。地平線の向こうから、何かの群れが近づいて来る。その数はみるみる増え、平原を覆っていく。そして山林にさしかかる。

 隼介は城壁からおりる。すでに敵襲来の報せは行き届いており、迎撃態勢がとられていた。が、兵士たちの顔には恐怖が張りついていた。とても準備できたとは言えない顔をしている。が、もはや言えることは残ってはいない。

 

 第二の門の外には、歩兵隊が多数いた。彼らはやや突出した増築部分を囲むように配備されている。多数とは言っても、500~600人程であろうか。

 残りは城壁などの弓兵と、各持ち場に歩兵が少々といったところだろう。彼らの装備が懐かしい。草摺りがついた金属製の腹当て、それに脛当てと籠手。そして額当て。大刀と脇差をさし、手には手槍が握られている。

 

 ・・・自分も最初はこの装備だったなぁ・・・。

 

 兵士の一人が、何かを持ってきた。両手でいかにも重そうに抱えたそれは、大斬刀であった。

兵士 「どうぞ。」

隼介 「ありがとうございます。」

 隼介はそれを受けとると、片手で振り上げた。

 「おぉ~~~。」といった声が、あちこちから上がる。そして振り上げた大斬刀を肩にかける。鎧の袖に当たり、「ガシャン」と金属音が鳴った。

 初めて見る、あの英雄の戦場での姿。両手で抱えなければ運べないほどのこの重量武器を、片手で軽々と扱うその貫禄に皆息を飲んだ。豪傑と呼ぶにふさわしいその雄姿に、まぶしさを感じた。

 隼介はすぐそこにある第二の門の前に立つ。

隼介 「開門!」

 門兵が門を開ける。勝手に開け閉めすることはできない。おそらくはすでに許可が下りているのだろう。門の向こうへと歩き出す隼介。しかし、兵士たちは唖然としている。

 ・・・あれ?門の外で防衛じゃなかったっけ・・・

 門が突破されたら迎え撃つんじゃなかったっけ・・・

 そんな声が聞こえてきそうであった。そんな反応が来ることも、隼介は分かっていたのか、立ち止まり振り返ってこう告げる。

 

隼介 「この門が閉じたら、絶対に開けてはいけません。」

 皆、「?」といった表情。

隼介 「勝つまでは、決してこの門は開けてはいけません。」

 隼介は覚悟していた。ひとたび戦闘ともなれば、錯乱してしまうことを。味方が近くにいたら、おそらくは巻き込んでしまうだろう。

 そもそも、救援部隊が来る前にこの第二の門が突破された時点で負けなのだ。となると、己の持ち場はここしかなかろう・・・

隼介 「戦に勝てたとしても、そこには死神が立っているかも知れません。もしそれが死神だと判断したなら、迷わず殺してください。」

 次に錯乱したら、もう元には戻れないかも知れない。その可能性は高い。ならば今、こう告げておかねばなるまい。兵士の中には、隼介が強制送還されてきたことも、その理由も知っている者がいた。彼らは隼介が言った言葉の意味を理解する。

隼介 「では、ご武運を。」

 そこへ静流が走り込んでくる。

静流 「隼介!!」

隼介 「・・・・・。」

静流 「何やってんのよ!?何これ!何のつもりなの!?」

 隼介に掴みかかる静流。

静流 「ふざけんじゃないわよ!」

 静流は激怒していた。静流のこんな顔は、今までに見たことがない。

静流 「大山が!」

 静流、隼介の胸を思いっきり拳で叩く。

静流 「こんなの!」

 叩く。

静流 「望むと!」

 叩く。

静流 「思うかぁ!!!」

 叩く。鎧に手を何度も叩きつけ、すりむく。すりむいた所から血が流れ落ちる。

隼介 「・・・・・。」

静流 「・・・・・。」

隼介 「ここは・・・」

静流 「なんだよ!」

隼介 「大山の帰る場所でもある。」

静流 「・・はぁ!?・・何・・わけ分かんないこと・・・」

隼介 「ありがと。」

静流 「・・・・・。」

 隼介、静流の腕を掴み門の外へと出そうとする。抵抗する静流。断固として動こうとはしない。隼介、しかたなく強引に引っ張り門の外へと投げ出す。

 あっけなく投げ出されて仰向けに倒れる静流。静流が力で隼介に勝てるはずがない。それでも上半身を起こし、隼介をにらみつける静流。

静流 「・・・・・。」

隼介 「俺を止めるんなら・・・俺に勝てなきゃ。」

静流 「・・こんな奴に勝てるわけないだろ。」

 隼介、笑顔。そしてすぐに真顔に戻る。

隼介 「閉門!」

 門が閉まっていく。静流は隼介をにらみ続ける。

静流 「・・・・・。」

 大きな音をたて、第二の門は閉まる。

そして隼介は一人、「死神降ろしの間」へと立つ。

 

 

 

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

1

戦国Web小説『コミュニオン』31~45話

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。