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菅笠二人と苔の庭

 金沢市内にある兼六園にて、往来する観光の人々を尻目に黙々と苔の手入れをする管理の方たち。
 庭園の景色に合わせてか、はたまた「雨風の中でも手入れの手は緩めるべからず」ということなのか、ともに菅笠姿なのがまず目に付いた。
 そして手にしている器具を見て、苔の手入れ専用の器具があるのかと興味津々。
 その手練のほどをしばし眺むるの図です。

●撮影ノート
 石川県は都道府県中最も降雨時間が長い県らしいです。
 そのせいか、日本庭園には欠かせない苔の存在が都内なんかと比べるととても強く感じられました。
 なにしろ雨と言えば苔類。
 その勢いたるや市内にいてさえ「おお、この苔のこんもり具合はいいものだ」なんて思わせるほどでしたからね。

 でまあ、当然、兼六園のような日本庭園ではそれらの管理も大変なんだろうなあと思っていたんですが、そこへこの風景だったわけです。
 妻子に置いていかれるまでの数分間、必死で見ていましたよ、彼らの手元を。
 以前、人に聞いたところによると、庭園業者的に苔には都合の良いものと悪いものがあるそうで、このときも、それを選定している風ではありました。
 ですけど、なにしろ相手は苔です。
 放っておけばそこら中にはびこり出す、植物系の軍勢の先兵みたいな生き物たちです。
 一口に選定すると言っても、その作業に求められる細やかさや忍耐のほどは想像を絶するものがあって、言わんやこの広大な公園の全ての場所を管理するのにはどれほどの時間を要するんだろう。
――などと、彼らの繊細な手つきを見ながら思ったものでした。

 ちなみにそういった彼らの世界とは別に、周りは異国語が大声で飛び交う観光地でもありました。
 なにしろ兼六園といえば、音に聞こえた名庭園なわけです。
 そりゃあ日本国内どころか世界中から観光の人は集まりますし、庭園内は侘び寂の雰囲気とはかけ離れた喧噪に満ち満ちていました。
 そんななかで写真を撮ったおり、最初は作業をするお二人の姿だけを切り取るという当たり前の撮り方をしてみたのですが、シャッターを切りながら何か違うなと感じたのです。

違和感を感じた一枚目

 作業をする二人を切り取るだけだと、静かな庭園の中で黙々と作業をしているように見えます。
 ですけど、私がそのとき見ていた、そして感銘を受けた景色というのは、そういう彼らの姿ではありません。
 周りを行き交う人々の喧噪のなかでも、それを意に介さぬが如く黙々と作業を進める二人の姿。
 それをただの「好ましいだけの風景」に見せるのは、自分の写真とは違うなあ、と。

 そこでもう一度全体を見直してから撮ったのが、この写真です。

思い直して撮った二枚目

 二枚の写真の違いは、黙々と作業をする彼らだけを写した一枚目に対して、二枚目はその背後に、作業をするお二人には目もくれず観光を楽しむ人たちや広い庭園の様子も軽く入れ込み、対比物としたことです。

 最初の写真と比べると、人によっては余計なものを加えて主役の存在感を減じただけの二枚目で、それは間違った工夫にもなりかねない切り口ではありました。
 少なくとも見映えや売り物としての価値を目指すような写真としては、間違った切り口と言われるでしょう。
 でも、思いつきで敢えてそうしたことで、私自身は自分が見ていた風景をきちんと残すことができたなあと、後付けで思ったのでした。

 そんな撮影者自身のこだわりを反映できるのも、そして一見見映えはしないそうした写真を選べることも、自身の思い出を残すための旅先のスナップ写真としては大事で、同時に面白さでもあるよなあと思うのですよね。

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