座椅子①

 昨日と今日で引越しをした。大学入学とともにずっとそこに住んでいたので、6年弱住んでいたことになる。学生時代からずっと過ごしていた部屋から離れるのはすごく寂しい。

 昨日はおとといまでに全然終わらなかった荷造りをトラックが来るまでものすごい勢いで行っていた。さまざまな理由で今まで捨てられなかったたくさんのものを捨てた。いくつかの家具も新居までもっていかずに捨てることに決めた。

 捨てることに決めたもののなかに茶色い座椅子があった。この座椅子は大学に入学してわりとすぐに買ったものである。なぜ買ったのかは覚えていない。なんで買ったんだろうとたびたび思うくらい、使っていなかったし、結構邪魔だった。そんな座椅子を今まで捨ててこれなかったのはひとえにゴミ袋に入らなかったからである。骨組みがしっかりしていたので二つに折ったりすることができなかった。

 荷物の運び出しの日である昨日は、本当に時間がなかったため起床してから何も食べずに猛然と荷造り・片付けを行っていた。(なぜなら前々日に軽い交通事故にあったため、現場で警察の人と話したりやら念のための検査やらでだいぶ荷造りの時間がとられてしまった。最速で14時に来るトラックに間に合うかわからなかった。)結局片付けは13時半くらいに終わった。コンビニに走りイカフライ弁当を手早く食べ終わったあと荷造りした後の部屋を見渡した。たくさんのダンボール、まとめたゴミ袋が2、3個。持っていく家具、処分する家具。

 荷造りが終わった達成感よりも、多少の思い出をもったものたちを捨ててしまった・捨てることにした罪悪感と住み慣れた家から出ていくことの不安、それとかなりの疲労感に襲われた。ふとんも袋に詰めてしまったし、床にもいろいろ置いてあり(片付ける元気はないのだ)スペースがないので横になって休むこともできない。

 そこに座椅子があった。処分する家具たちの端にいつもと変わらないたたずまいで、座椅子があった。背もたれが水平に倒れる座椅子だった。捨てることにした家具を使うのは心苦しかったのだが、引越しのトラックを待つ小一時間横になって休む場所としては本当にちょうどよかった。すごく寝心地がよかった。今まで気づかなかった。最後の最後に不安と疲労うずまく私に安息の場所を作ってくれたのだと思うと泣きそうだった。

 荷物の積み込みは瞬く間に終わった。家には私とゴミ袋と処分する予定の家具が残った。退去は2週間先なので週末までに不用品回収の業者を探そう。組み立て式の家具をばらしたり、並べたりして少し整理と掃除をした後家を出た。

 その夜は恋人の家に泊まった。彼が帰って来るまで少し離れた自宅や残った家具のことをずっと考えていた。ホームシック。彼が帰ってくると堰を切ったように泣き出してしまった。泣きながら今日感じた罪悪感や寂しさを伝えた。口に出せて少し楽になったが、悲しさは消えない。

 まだ使えるし、決定的な汚れもないのに家具としての命を終えるのは悲しすぎる。6年弱の間にすごくお世話になったのだ。せめてリサイクルショップまでもっていってあげよう。家具として送り出してあげよう。

 そう思って今日の朝、恋人の家を出て新居に向かった。

 

 

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