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エーデルワイス

花言葉は「勇気」と「大切な思い出」。


しばらくぶりのヒトの写真になってしまいました。

いや、投稿してなかっただけで結構撮影してはいるんですがね〜。


どちらかと言うと、文章も含めたヒトの写真の作品はInstagramでの方が精力的に投稿してるやもしれません。

こちらで投稿しております。

スクリーンショット 2021-11-25 15.12.11

アカウントはこちら→ @jararaca.human

本当はこのアカウント、ヒトと風景のみにしようかと思ったんですが如何せん更新の頻度が低い為に忘れ去られそうになってましたので、各地で撮影した水族館、鳥園、動物園の写真もストーリーに投稿するコンテンツとして加える事にいたしました。

一つばかりお願いを・・・撮影方法や編集方法なんかはお聞き頂ければお答えはできますが撮影した場所や時期の詳細に関しては伏せさせて頂きます。
立ち入りや撮影が禁止の場所や、無許可での撮影等、やましい事はしていませんし、野生動物とは異なり、生態系の保全みたいな面はございませんのでインスタの投稿文の末尾に「〇〇県〇〇市」といった具合に撮影した場所の市町村までは書いておりますので…どうしても知りたい方は背景や建造物を手掛かりにご自身でお探し下さいまし・・・。(写真によっては「横浜赤レンガ倉庫」等ハッシュタグで記してる時もあります。)

ご理解頂けましたら幸いです。





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インスタの投稿の方では文章にかなり力を入れていますので、こちらではそこまでガッツリ露骨に夢の情景を記す感じではなくどんな事考えていたかとか思い出を振り返りながら、という感じで進めたいと思います。


オフショットも交えながらという感じで^^


よく晴れた春でした。「麗かな」という言葉がそのまま絵になったような桜並木通り。


いやまぁ、そんなに素敵な春の午後に何もそんなに陰鬱な印象の写真を撮らなくても、と言われることも時々。どんな内容にしろ私の写真に対して、見た方が何か思ったことを言って下さるのは本当にありがたい事ですのでそういった自分の拘りに沿わないご意見ご感想というのは非常に大事なんです。

別に撮ろうと思えばキャッキャしてる写真とか、静かに微笑んだり、可愛らしい写真、幸せそうな写真というのは撮影できるんですが…作品として、自身の見た夢や死生観を投影するとどうしてもそういう雰囲気になってしまうんですよねぇ。


そりゃ勿論、それらを踏まえた上で敢えて笑顔の写真や幸せそうなポーズを取らせる事もありますがあくまでそれは、絵画で言えば補色みたいなものでして、多くの共通認識となってるものを利用し、私の伝えたい事をさらに浮き彫りにする、という具合ですね。



ん〜〜〜〜〜。実際この写真を撮った時にどんな事を考えてこの一枚に収めたか、みたいなのを具体的に書けたら面白いのでは??とは思います。
が、如何せん、一次的に脳みそに出てくるのは言葉や文字ではなくて情景なのでなかなか難しいんです。。。


どうしても1と0で電気信号に変換するデジタル写真ではその情景と全く同じようには描けません。ですが、出来上がった写真を見ると、自分でもどちらかと言うと絵の方に近いなぁ、と感じます。

これを、制限が大きな写真というツールでこれをやり続ける事に大きな価値があると考えています。

撮影時の思考回路の優先度というか多くの場合の思考回路の順番としては、

  1. 自身の脳みそで夢を可能な限り具合的にイメージ

  2. 想起させるようなポーズをモデルに細かく指示

  3. ポーズを取ってもらった上での外面的な表情を細かく指示

  4. モデル自身の脳内で考えてもらう事を指示

  5. 前後のボケや背景のバランスを踏まえ微調整

  6. リアタイで撮影してる時に、後の編集でどういう色合いに、質感にするかまである程度までは決定


てな感じ。
このブログ自体、私の思考のメモみたいなところもありますので書いてて新しい発見がある事も多々あります。(笑)また、こうして文字に起こしておく事で今後の撮影をする時に余計なノイズが乗りにくくもなりますしね〜。


圧倒的に感覚派であるのは自覚しているのでブログというツールは、自身の創作意欲の波が過剰に上下しすぎないようにするためでもあります。




生まれた者どもに生じる死ぬという義務。
いつ何時もずーっと傍に居続けてくれるものの一つですからねぇ。


先日、高校の友人に私の希死念慮についての話題になった時に「生きたい生きたいと強く思うから、君はそうなっちゃうんじゃない?誰よりも生きる事に対しての欲と姿勢は強いと思うけどな〜。」と予想だにしない事を言われてハッとしました。ヒトという生き物はその多くが野生動物の世界のような明確な「捕食→被食」という関係が普段の生活では見える事は殆どございませんので考える機会もそう無いと思いますが、今一度「死」というものを皆様も考えてみてはいかがでしょう〜。

一番、パーソナルな所でもありますね。
私はこれを考える事が「善く生きる」という事に直結すると思っております。
でもまぁ、それは個人個人で繋がる場所が異なると思いますので皆様一人一人の行き着く先は私には到底想像も及びませんが・・・!

皆様個人個人が、今まで知らなかった自分自身の、自分だけの新しい景色に出会える・・・大変喜ばしい事でございます💫


共有するも、死ぬまで内緒にするも自由。皆様のこれからの生命活動に多くの幸が訪れますように✌️



長くなってしまいましたので本日はこの辺で!
またお会いしましょう。

それでは皆様〜〜ごきげんよう〜〜〜



お楽しみいただけましたら幸いです^^