日報・3

用無しが追い風を受けて漕ぎ進め、一編、半月の話を読んで帰ってきました。毎年初秋ごろ、差し込まれるように一日限りの嘘の季節があるような気がします。その啜り泣いたような涼しさにはもちろん昂りますが、隙から二季を喰らうような違和感のほうが先行してやってくる、そんな日でした。お金がありません。働き口を探す一心で家を出るのはあんまり疎ましく、そうすると必然、ついでに頭に据えておくくらいの怠慢になるわけですが、これは果たせなければ用無し、果たせれば家出への導きが絶えるようで、こうなると私は信心のほうを大切にしてしまって、今日もお金をお徳用に使い、帆船の描かれたアルフォートをポリポリ食べています。

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