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ミオくんのスカート


スカートの謎


ミオがスカート姿で教室に入ってきたとき、サトミはロッカーの上に並べられた学級文庫の横に立って、後ろの黒板をながめていました。黒板には黄色のチョークで大きく文字が書かれています。

《5年1組サヨナラまであと5日!最後の思い出を作ろう!》

(アツいな、先生。)

クラスのみんなは5年生が終わるさみしさよりも、来週からの春休みが待ちきれません。教室は晴れ晴れとにぎやかです。

(え?)

気がつくと、さわがしかった教室がシンと静まりかえっていました。不思議に思ったサトミがふり返ると、その場にいた全員が、たったいま登校してきたミオのことを見ています。何食わぬ顔で席にランドセルをおくミオに、サトミも目をうばわれました。なぜなら、ミオがスカートをはいていたからです。同級生男子のスカート姿を見るのは初めてで、みんなさわぐのも忘れて目が釘づけになっています。

(なんで、スカート?)

きっとみんな思っていることは同じです。でも、ミオに話しかけるクラスメイトは一人もいません。サトミが見たところ、スカートをはいていること以外は、顔も髪も態度もいつもと変わらないミオのように見えました。

「ミオくんってホントは女の子だったのかな。」

サトミのとなりで朝読の本を選んでいたホノカが、ぽつりとつぶやきました。

「ミオは男だぞ。普通に男子トイレ使ってるからな。」

たまたま近くにいたリョータがわざわざトイレのジェスチャーつきでそう言ったので、ホノカは少しイヤそうな顔で言いました。

「かってに話に入ってこないで。」

そしてほとんど聞こえないくらいの小さな声で「そういう意味じゃないんだけど。」とも言いました。リョータはホノカに言われたことをもう忘れたのか、また平然と話しかけてきます。

「ファッションじゃねーの?イマドキ、男もスカートはくもんだろ。知らんけど。」

サトミとホノカは思わず顔を見合わせました。リョータの口からファッションなんて言葉が出てくるとは意外です。サトミはリョータをまっすぐ見て言いました。

「たしかにね。だけど、今のミオくんはおしゃれで着てるんじゃないと思う。だってあのスカート、中学校の制服だよ。」

「あ、ホントだ。」
「げ、マジで。」

ホノカとリョータの声が重なりました。ミオがはいているスカートは、ひざ丈の長さで黒に近い紺色、たくさんのプリーツがついています。サトミたちの地区の中学生が着ているセーラー服のスカートにそっくりです。

「だれの制服なんだろ。ミオくんのお姉さんのかな?」

サトミが言うと、ホノカがすぐに返しました。

「ちがうよ。ミオくんひとりっこだもん。」

さすが情報通のホノカです。リョータが負けじとあごに手をあてて探偵気取りに言います。

「とすると、買ったか。いや、ぬすんだか?」

「ばか。ぬすんだ服なんて学校に着てくるわけないでしょ。」

ホノカがすぐに否定しました。サトミも続けて言います。

「買うのは無理じゃない?制服って何万円もするらしいよ?」

「そういやオレの母さんも、去年兄ちゃんが中学入るとき、ボロでもいいからだれか制服ゆずってくんないかなって言ってたな。クソ高いって。」

「だれかからもらったか。あるいは借りてるか・・・」

サトミの声にかぶさるように、教室のスピーカーからベートーベンの田園がゆったりと流れてきました。

「サトミ、またあとで。」

ホノカは学級文庫の本を1冊つかんで自分の席に戻りました。この曲が流れると朝読の時間まであと1分です。クラスメイトの動揺など気にも止めず、淡々と本を読み始めたミオの後ろ姿を見つめながら、サトミはそのとなりの自分の席へと歩き出しました。



わかっちゃったかも


サトミが席について本を取り出したとき流れていた曲は止まりました。10分間の朝読の始まりです。先生はまだ来ていません。みんな本を開いてちゃんと静かにしていますが、ときどきクスクスとささやくような笑い声が聞こえてきます。いつものサトミなら読みかけの歴史小説をまじめに読むはずです。でも、今のサトミは左に座っているミオのことが気になってしかたありません。

(ミオくん、本当いつもどおりだな。だれかに言われてやらされてるってわけじゃなさそう。)

サトミは左手をのばし、人差し指でミオのひじをちょんとつつきました。ミオが横目でこちらを見たのを確認してから、小さな小さな声を口を大きく動かして発しました。

『お・は・よ。スカート・だれかに・もらったの?』

まさか話しかけられると思っていなかったミオはとても驚いた顔をしたあと、小声で早口に言いました。

『近所のマキちゃんが卒業したから今だけボクがあずかってるんだよ。』

「え?なんで?」

思わず出てしまったサトミの声は教室中に聞こえました。クラスの全員がサトミを見ています。サトミは自分のほっぺと耳がカッと赤くなるのがわかりましたが、どうしようもありません。サトミは、みんなの目が自分からはなれるのをじっとうつむいて待ちました。頭の中ではミオの言葉がぐるぐるうずをまいています。

(マキちゃん?卒業?あずかる?え、ミオくん、人からあずかったものを着ているの?)

そのとき、サトミは不思議な感覚がしました。点々とちらばっていた小さな光がサトミの中でひとつに集まり、パッと白く明るく輝いたように感じたのです。と同時に、ある考えが頭に浮かびました。

(わたし、わかっちゃったかも。)

サトミは机の中から一番上のノートを引っぱり出しました。てきとうに開いたページの真ん中に走り書きをして、ページを開いたまま、となりのミオにこっそり差し出します。ミオはノートを受け取り、書かれた文字に目をやりました。

《まきちゃんの せいふくを 守ってるんだね?》

ミオはノートから顔をあげません。サトミのほうを見ようともしません。しかしサトミは、ミオの目元がフッとやわらんだ瞬間を見のがしませんでした。

(やっぱり。)

ミオはおもむろにえんぴつを取り出し、サトミが書いた文字の下に何か書き始めました。サトミよりも小さくて整った字です。書き終わると、ミオはそっとノートを返してきました。書かれていたのは、ほんの一行。

《当たり。あとで話そ?》

遠くの席でホノカがうらめしそうに口をとがらせているのが、サトミの目のはしにチラリと映りました。



謎解きの天使


やっと答え合わせができたのは昼休みでした。授業のあいまの休み時間は体育の着がえと音楽室の移動があり、ゆっくり話すことができなかったからです。給食の片づけのあと、サトミ、ホノカ、ミオ、リョータの四人で、あまり人の通らない理科室のわきの階段に集まりました。ここは、踊り場の高い位置にある窓から明るい青空だけが見える、サトミのお気に入りの場所です。

「っていうか、リョータはべつに来なくていいんだけど。」

ホノカがキツい言葉をリョータにぶつけます。朝読の時間にサトミとミオの親しげなやり取りを見てから、ホノカはなんだか不機嫌です。サトミは、ホノカのイライラには気づかないふりをしてミオに話しかけました。

「ミオくん。いろいろ大丈夫?」

午前中、クラスメイトの話題はミオ一色でした。これだけ注目されているのですからもしかして直接悪口も言われたかもしれないと、サトミの心配から出た言葉でした。

「それが意外なことに、だれからも何も言われてないんだよね。先生も、明らかにとまどってたけど結局スルー。」

「え、だれも!?」

「キミたち以外は、だれも。」

ホノカの攻撃をかわしたリョータが、ヒラリと会話に入ってきました。

「へえ。かげ口なら、くさるほど聞いたけどな?」

「はは。ボクのとこまでは届いてないよ。」

サトミはビックリして声が出せないでいます。だれひとり、ミオに話しかけていないなんて。

(もしかしてみんな、ミオくんをうっかりキズつけないように、わざと声をかけないのかもしれない。っていうか、きっとそうだ。それなのにわたしってば、自分の興味が止められなくて速攻で本人に質問しちゃってた・・・)

サトミは自分の行動を後悔しました。朝読の時間、まだ事情もわからない状況で考えなしにミオに話しかけたこと。思いやりの想像力が欠けていたこと。

(ミオくん、きっとあきれてるよね。)

反省するサトミのそのすぐ横で、リョータが気づかいのきの字もないような質問をしました。

「んで、ミオはなんでスカートはいてんの?」

「リョータは直球だね。」

ミオはわざとらしく明るいトーンで言いました。

「助かるよ、はっきり言ってもらえて。あれこれ気をつかわれるのって、ホントは苦手なんだ。」

(……?)

気のせいでしょうか。ミオの視線がリョータではなく、自分に向けられているようにサトミは感じました。

「質問の答えは、ボクの代わりに謎解きの天使に話してもらいたいんだけど。いいかな?」

やっぱり、ミオの瞳はサトミだけを見ています。

(謎解きの天使?わたしのこと?)

壁に軽くよりかかり腕を組むミオにじっと見つめられて、少しクラクラしながらサトミは言いました。

「わかった。」

ミオ、ホノカ、リョータの三人は静かにサトミの口が開くのを待っています。人生で初めて天使と呼ばれたサトミは、足元がフワフワして本当に羽根が生えてきそうな気分でした。



マキちゃんの制服


「卒業したあと、使わなくなった制服ってどうすると思う?」

サトミの問いかけに、リョータが勢いよく答えます。

「そりゃ弟とか妹が着るだろ。オレは兄ちゃんが着たやつもらうしな。」

「弟も妹もいない場合は?いても、体型がちがって着られない場合は?」

「知り合いにほしい人間がいりゃゆずるんじゃね?後輩とか。それもいなけりゃ・・・捨てるか?」

ホノカも入ってきました。

「わたしは、捨てるのもゆずるのもやだな。大切な思い出だもん。大事にとっとく。」

サトミは満足してニコッと笑いました。

「まさにそれが謎解きの答えだよ。」

「え?」
「は?」

「ミオくん。」

サトミはミオのほうを向いてたずねました。

「ミオくんの家族とマキちゃんの家族は仲がいいの?」

「母親どうしが同級生だからね。僕がうまれる前から家族ぐるみの仲良しだよ。お互いひとりっこだしね。」

(ミオくんってば、さり気なくマキちゃんのひとりっこ情報をまぜこんでくれた。やさしい。)

説明もないまま話をそらされたと思ったリョータは、ガマンできずに言いました。

「その世間話は謎解きに何の関係あんだよ?さっきわざと話ズラしたよなあ?サトミ。」

「リョータだまって。天使の話、ちゃんと聞いて。」

できる女ホノカが、短気になりかけたリョータの背中をバシバシたたいてなだめてくれました。ホノカは外見こそふんわりしていますが、ときにだれよりもキビしく、たよれる親友です。サトミは安心して続けます。

「ミオくんの幼なじみのマキちゃんが先週中学校を卒業した。妹がいないマキちゃんは思い出の制服を大切に手元においておくつもりだった。ところがマキちゃんのお家の人、たぶんお母さんかな。その人が、制服を知人にゆずる約束をしてしまった。」

「ひどい。」

ホノカは自分のことのようにつぶやきました。

「だれだって、もらえるならもらいたいもんだ。もともと金出したのは親なんだし、しかたないだろ。」

リョータは自分の母親の言葉を思い出したようでした。

「マキちゃんがどう行動したかはわからない。お母さんが善意でゆずろうとしてる以上、マキちゃんはいやだとは言えなかったかもしれない。あるいは言ったけど逆に言いくるめられたか。とにかくマキちゃんは親と意見があわなくて困ってたんだと思う。・・・ここまで合ってるかな?ミオくん。」

ホノカとリョータはミオを見ました。ミオは手のひらをサトミに向けます。

「続けて?」

「マキちゃんが困っていることを知ったミオくんは、ある提案をした。『ボクがムリヤリ制服もらったことにしてあずかるよ。ほとぼりがさめたら返すから。』」

「そっか。先にミオくんにあげちゃえば、もうほかの人にゆずりようがない。」

「いや、おかしいだろ。男が女子の制服ほしがる理由って何だよ?」

「うん。もしも趣味とか恋心を理由にしたら、すぐにウソだってバレちゃうだろうね。でも、自分自身が着るために、だったら?」

「は。」

「親の立場で考えてみてね。息子が幼なじみの女の子から制服をもらってきた。息子いわく、ずっとセーラー服にあこがれていた、着てみたかった。そして息子はさっそくそのスカートで小学校に行きたいと言う。」

「・・・・」

「親にとって、オトナにとって、あまりに唐突で繊細な問いだと思う。だからこそ、ひとまず慎重に受け入れるんじゃないかな。今日の先生みたいに。ミオくんの親も、家族ぐるみで仲がいいマキちゃんの親も。」

「もしくは、瞬間的に逆上するか。」

ミオが急に口をはさんできました。サトミは目を見開いて驚きました。

「うそ。お母さん、マジギレちゃったの?」

ミオは首を横にふります。

「キレなかったよ。でも、その可能性もあるなって考えてはいた。」

「そっか。」

(ミオくん、それも覚悟してたんだ。)

遠くはなれた運動場のほうからワーワーと歓声が聞こえてきました。明後日の卒業式を記念して学級対抗ドッヂボールをしている6年生の声です。サトミたち4人の、数秒の沈黙をやぶったのは、ホノカでした。

「ミオくん、策士だね。マキちゃんのために、やさしいね。」

ホノカはミオをたたえるように言いました。一方、いつのまにか階段に座り込んでいたリョータは神妙な顔つきでミオに聞きました。

「つーか、ミオは、《スカートはきたい男子》の設定いつまでやるんだよ?ずっとか?」

ミオがちょっと困った顔をして答えます。

「まあ、しばらくは。」

サトミはつけ足すように言いました。

「きっと今ごろ、ミオくんのお母さんがマキちゃんのお母さんに連絡してるんじゃないかな。本当にスカートで学校行ったよって。決定的でしょ。マキちゃんのお母さん、知り合いにゆずる約束キャンセルすると思う。たぶん、早ければ今日にでも。」

リョータはまだミオから目をはなしていません。

「うまいこと思い通りにいかなかったら?ミオばっかり損することになんじゃないのか?マキちゃん本人はどんだけの努力をしてんだ?」

ドキンッ。リョータの言葉がなぜかサトミの心にささりました。サトミの胸はドクンドクンはちきれそうなのに、それがなぜなのか、自分が一体何を感じたのか、まだ今のサトミには考えてもわかりませんでした。ミオは苦笑いをしています。

「学校にスカートはいてくるのは今日だけにするよ。リョータみたいに変に気をつかわれるの、すっごくメンドクサイし。」

「は?んだそれ?」

「あーあ。だからリョータは来なくてよかったのに。」

「ホノカ、てめー!」

サトミは、はしゃぐ3人をぼんやりと見ていました。今朝、教室でミオのスカート姿を見てからこの昼休みの時間まで、サトミはずっとドキドキしっぱなしでした。いつもの学校は何もかもわかりきっていてつまらないけれど、今日は、今は、ちがいます。サトミは、自分には知らないことがまだまだたくさんあるんだと気づいて、これまでに感じたことのないワクワクした気持ちに満たされています。

(ミオくんとこれまであんまり話してこなかったのがくやしいな。ミオくんってなんだかおもしろい。もっとミオくんと仲良くなりたい。ホノカ、リョータ、ミオくん。どうか6年生でも同じクラスになれますように。神様。)

まるでサトミの心の声が聞こえたかのように、ミオはサトミに向かって笑顔でピースサインをしました。踊り場の高窓から差しこんだやわらかな光がサトミをあたたかくつつみこみます。

「そろそろ時間だから教室もどろ?」

サトミがそう言ったとき、昼休みの終わりをつげるチャイムが4人だけの階段にひびきました。



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