見出し画像

AU#25:関節原性筋抑制: 最も有効なエビデンス、メカニズム、そして臨床現場では見えないものを治療するための理論。

タイトル
関節原性筋抑制: 最も有効なエビデンス、メカニズム、そして臨床現場では見えないものを治療するための理論。

序文
例えば、外傷性半月板損傷の手術を受けた選手がいるとします。その選手は術前検査では問題なく大腿四頭筋を収縮することができたにもかかわらず、術後検査では大腿四頭筋を収縮するよう指示しても筋収縮がほとんど(もしくは全く)起きません。この臨床所見は、関節原性筋抑制(Arthrogenic Muscle Inhibition: 以下AMI)が原因だと考えられます。AMIとは、関節外傷・障害が原因で関節周囲の健康な筋肉が神経的に抑制される現象です。2000年からAMIの治療的介入に関する研究は増えていますが(図1)、AMIの根本的解決には未だ至っていません。そのため本論文の筆者は、研究と臨床現場の間に乖離が存在しており、研究で提案されている治療的介入が現場で実践されていないのではないかと考えました。


図1. Norte G, Rush J, Sherman D. Arthrogenic muscle inhibition: best evidence, mechanisms,
and theory for treating the unseen in clinical rehabilitation. J Sport Rehabil. 2021;31(6):717-35.より引用し翻訳

論文概要
目的
1.臨床における関節原性筋抑制の関連性を明確にすること 
2.臨床で利用しやすい治療的介入の最新のエビデンスを紹介すること
3.紹介した治療的介入の理論的なメカニズムを考察すること。

方法
関節原性筋抑制の治療的介入に関する文献を PubMedとWeb of Scienceのデータベースから1986年~2021年までに発行された122本の論文を解析した。

結果
1. 関節原性筋抑制と臨床の関連性 
系統レビューの結果、AMIのメカニズムを説明する二つの理論が提案された。一つ目は、外傷により靭帯内の機械受容器が破綻し、関節からの求心性神経入力が低下したことが原因とされる“求心路遮断メカニズム(Deafferentation mechanism)”。二つ目は、痛みや関節内浮腫により侵害受容器と関節包に存在する機械受容器の活動が上昇し、過剰な求心性神経入力が起きたことが原因とされる”感覚過負荷メカニズム(Sensory Overload mechanism)”。これらの理論から、AMIの治療的介入として怪我による感覚入力の変化を回復・整えることが有益なのではないかと考えられる。
 
2. 臨床で利用しやすい治療的介入の最新のエビデンス
エビデンスによって支持された治療的介入のまとめ(図2)。緑色の枠は、実際の関節損傷または模擬関節損傷の被験者から得たエビデンスを示し、黄色の枠は健常者から得られたエビデンスを示す。色付きの枠はエビデンスの強さや質を反映するものではない。AMIを急性・亜急性期で解消できなかった場合、持続的な筋機能不全を引き起こす可能性があるとされている。従って、慢性期における介入の有用性を論じる必要があるが、慢性期における介入は比較的新しい手法なため“新たな介入”と記した。


図2. Norte G, Rush J, Sherman D. Arthrogenic muscle inhibition: best evidence, mechanisms,
and theory for treating the unseen in clinical rehabilitation. J Sport Rehabil. 2021;31(6):717-35.より引用し一部翻訳

3.治療的介入の理論的なメカニズムの考察(一部抜粋)
局所的関節冷却
局所的関節冷却とは、損傷した関節周囲にアイシングを施すことである。2014年Dr. Joseph M. Hartは前十字靭帯再建術後の患者が膝関節を20分間冷却した結果、大腿四頭筋の随意収縮力、ストレングス、そして運動ニューロンプールの興奮性が上昇したことを報告した2。さらに別の研究では、冷却の効果は60分間持続し、引き続き行う運動療法中AMIの影響を一時的に取り除くことができたと報告している3。関節損傷後、痛み信号は小径の感覚求心性神経を経て抑制性の情報を中枢神経に伝達する。冷却は皮膚の温度受容器の活動を亢進し、また疼痛がある場合の侵害受容器の活動を低下させる。結果、AMIを引き起こしている異常な感覚入力を変化させるに至ったと考えられる。

まとめ
関節原性筋抑制は、関節損傷後に見られる臨床所見(筋力低下、筋の活性化不全、萎縮)の一因です。当系統レビューの結果、様々な治療的介入を支持するエビデンスが増えつつあることがわかりました。医療者としてエビデンスに基づき最良の治療法を提案することは重要ですが、Dr. Norteらは、治療法は医療者と患者による共有意思決定(shared decision-making)を通じて患者一人一人のニーズに合わせて個別化されるべきと提案しています。前回のAU#24ではアイシングに関する研究を紹介しました4。その流れから今回は局所的関節冷却を抜粋して紹介しました。
 
引用文献
1.     Norte G, Rush J, Sherman D. Arthrogenic muscle inhibition: best evidence, mechanisms, and theory for treating the unseen in clinical rehabilitation. J Sport Rehabil. 2021;31(6):717-35.
2.     Hart JM, Kuenze CM, Diduch DR, Ingersoll CD. Quadriceps muscle function after rehabilitation with cryotherapy in patients with anterior cruciate ligament reconstruction. J Athl Train. 2014 Nov-Dec;49(6):733-9. doi: 10.4085/1062-6050-49.3.39. PMID: 25299442; PMCID: PMC4264644.
3.     Hopkins J, Ingersoll CD, Edwards J, Klootwyk TE. Cryotherapy and Transcutaneous Electric Neuromuscular Stimulation Decrease Arthrogenic Muscle Inhibition of the Vastus Medialis After Knee Joint Effusion. J Athl Train. 2002 Mar;37(1):25-31. PMID: 12937440; PMCID: PMC164304.
4.     AU#24「軽微な筋線維の壊死を伴う筋損傷後のアイシングは誘導型一酸化窒素合成酵素表現型マクロファージの侵入を制限し、筋再生を促進する」
 
筆頭著者:杉本健剛
編集者:井出智広、姜洋美、岸本康平、柴田大輔

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?