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レカネマブが抱える倫理的問題について

レカネマブを含めたアルツハイマー病の抗体医薬の承認に伴い、
認知症に関する脳脊髄液・血液バイオマーカー、APOE 検査の適正使用指針の改定版 と
アミロイド PET イメージング剤の適正使用ガイドライン
が公開された。
なお、レカネマブ自体に対する我が国での適正使用指針は現在作成中、のようだ。
この2つのガイドラインを読んだうえで、改めて自分の考えをまとめておきたい。

前提として、この薬に大した効果がないことは第3相試験のデータをみれば明らかだ。

ゆえに、私自身が積極的に投与を患者に勧めることは、まずもってあり得ないだろう。
だが、期待をよせている方(家族)は、現在の承認段階で少なくない。
そして、今の流れだと、来年初めには保険適応となる。
私に彼らを止めることができるのか、と思うと、正直自信はない。
例のmRNA医薬もそうだったように・・・

この薬剤を承認し、保険適応するためには、最低でも以下の体制が必要なはずだった。
① アミロイドPETが可能な施設を増やし、かつ保険適応とすること
② 脳脊髄液アミロイドβ42/40測定を保険適応とすること
③ APOE遺伝子(アポリポプロテインE遺伝子)検査が行えること
④ ③の検査に対して遺伝子カウンセリングを行えること

①と②はand/orでもいいかもしれない。

共に脳内アミロイド蓄積の有無を知るために必須だ。
現在、①ができる施設は現在でも国内で60施設程度だという。費用は30~60万円だそうだ。
②は2万円ぐらいが相場、のようだ。正直アミロイドPETよりはかなり安価である。脳脊髄液採取は、侵襲的検査の中では比較的安全だとは思うが、当然血液検査に比べるとリスクは高いし、時間もかかる。①よりははるかに施行可能施設が多いのは間違いないけれど。
・・・・正直なところ、①の額を躊躇する経済状態の方が、恐らく高額に設定されるであろうレカネマブを、2週に1回の投与を継続することは難しいだろうな、とは思う。高額医療費支給申請をするとしても、一度は支払わなければならないからだ。しかも、そもそも自己負担額も決して安くはないのだ。

でも、まあ金で解決できることは、まだいい。
いや、本当は全然良くないのだが。

問題はむしろ③だ。

APOE遺伝子検査は抗アミロイドβ抗体医薬を投与する際には、投与後の脳浮腫や出血のリスクを投与前に予測するためには「推奨」どころか「必須」の検査だと、個人的には考えている。
この点に関しては、👇の岐阜大の下畑先生のブログに簡潔に全て書いてあるが、自分の勉強のために以下にダラダラと述べておく。

APOE遺伝子はアルツハイマー病(以下AD)の発症に大きく関与しており、さらに3つの遺伝型ε2、ε3,ε4が規程されている。
AD患者にはε4の頻度が高く、ε2の頻度が低いことから、前者はADのリスク因子、後者は防御因子として作用していると考えられている。
さらに健常者でもっとも多いε3ホモ接合体者に比べてε4ヘテロ接合体者は2~4倍、ε4ホモ接合体者では10~15倍程度ADの発症リスクが上昇する、という。
(ホモ、ヘテロに関しては高校生物の解説が分かりやすい👇)

ε4ホモ接合体者の子は、少なくともε4を1つ以上持つ高リスク者であることになる。

つまり子は親の遺伝子型を知った瞬間に
「自分はADを発症するリスクが高い」
「しかも親の体質を受け継いたことが原因で!」
という宿命を背負わされることになる
のだ。

遺伝子検査を簡単に扱ってはいけないのだ。

なのに、遺伝子検査を軽く考えている人が未だに少なくなくて、本当に辟易する👇

こんな報告書が送られてくるらしい・・・

しかし、それでもこの遺伝子検査は必須であるべきなのだ。
何故か?

第3相試験の報告に下記の表がある。
ARIA-E : Amyloid Related Imaging Abnormalities with Edema or Effusion
ARIA-H : Amyloid Related Imaging Abnormalities with Hemosiderin deposits簡単に言うと、ARIA-Eは脳浮腫ARIA-Hは脳出血、を示唆する頭部MRI所見がある、ということ。
symptomaticは症候性、つまり「症状がある」ということだ。

ARIA-Eは、ε4を持たない人で5.4%出現に対して、ε4ヘテロ接合体者で10.9%、ε4ホモ接合体者で32.6%(!)出現している。
さらに、症状のあるケースに限定しても、ε4を持たない人で1.4%発症に対して、ε4ヘテロ接合体者で1.7%、ε4ホモ接合体者で9.2%発症、となっている。
脳浮腫は、例え今は症状がないとしても、長期的な影響に関しては誰もわからない。ただ、私の経験上、どの場所に浮腫ができたかにもよるとは思うが、影響がない訳がない、と思う。

Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease Table 3

ARIA-Hは、ε4を持たない人で1.9%出現に対して、ε4ヘテロ接合体者で14.0%、ε4ホモ接合体者で39.0%(!!)出現している。
プラセボ群ですら、ε4ホモ接合体者は21.1%で出現しているのは、そもそもアミロイドアンギオパチーによる出血リスクが高いからだろう。

さらにε4の有無にかかわらず、大出血(macrohemorrhage)が0.7%、プラセボ群で0.2%だ。これを多いとするのか、少ないとするのか?
他の出血性変化に関しては、すぐには症状は出ないかもしれないが、
微小出血(microhemorrhage)のある人が、その後に大出血を起こすケースは少なくない。
脳表ヘモジデリン沈着(superficial siderosis)は病変の広がりの程度やどこに限局しているか、にもよるが、長期的な影響はあると考えた方がいい。

Lecanemab in Early Alzheimer’s Disease Table 3

浮腫であれ出血であれ、ε4ホモ接合体者の方は、相当リスクが高い、という結果が出ている。ε4ヘテロ接合体者でもリスクは高い。
「大きなデメリット」と「吹けば飛ぶよなメリット」という、あまりにもバランスの悪いことになっている。
まるで例のmRNA医薬のようだ。

だから、せめてAPOE遺伝子検査を施行し、投与によるリスクを予測すべきだ。
でも困ったことには・・・・

本邦では APOE 遺伝学的検査は主に研究目的に実施されており、実臨床への応用が可能な体外診断医薬品承認を受けた APOE 遺伝学的検査は整備されていない。(中略)
保険外診療 や Direct-to-Consumer(DTC)検査として APOE 検査がわが国で提供されているが、その検査には認知症や遺伝医療の専門家が関与していることは少なく、十分な情報提供や検査後のサポートが行われるとは言い難い状況である。
APOE 検査に対する自己決定が、不十分な情報に基づいて行われている懸念がある。

認知症に関する脳脊髄液・血液バイオマーカー、APOE 検査の適正使用指針の改定版 より

さらに、前述したような「次世代に宿命を背負わせる問題」があるわけで、

④の遺伝子カウンセリングは必須だろう。

でも、その受け皿があるのか?ないよね・・・

一体、何を根拠に承認できたのか、保険適応が可能なのか、理解できない。まあ、恐らくは「アメリカ様が承認されたから」しか理由はないのだろう。例のmRNA医薬と同様に・・・

今後現れるであろう新たな抗アミロイドβ抗体医薬(ドナネマブなど)も同じ問題を抱えている。
こんなものを今の人類のレベルで適切に扱えるのか?
我々はそんなに賢いのだろうか?
mRNA医薬と同じく、医療技術がパンドラの箱を開けてしまった、超えてはいけない分水嶺を超えてしまった。
そろそろそれに気づかねばならない。
警戒しなければならない。


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