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人生、再入荷しました-JAXA宇宙飛行士受験を振り返って得られたもの

おまけ以外の本文は無料で読めます。

JAXAの宇宙飛行士公募に応募していたが、次のセミファイナルには進めなかった。気持ちの整理をするためにこれまでを振り返る事にする。当初4000人以上いた応募者が4000→1000→200→50と減っていき、今後はおそらくは最終選抜に残るのは8-10人にだろう。ここからは椅子取りゲームの色彩も帯びてくる事に少し嫌な気持ちもしていたから、もうちょっと勝ち残れるかとも思っていたとはいえ、この知らせを見たときにほろ苦さの混じった大きな安堵を感じた。

(1)一次医学検査 :合格
(2)医学特性検査 :合格
(3)プレゼンテーション試験 :合格
(4)資質特性検査 :合格
(5)運用技量試験 :合格
   総合評価:不合格
(備考)第一次選抜通過者は、検査及び試験がすべて合格であり、プレゼンテーション試験、資質特性検査、運用技量試験の結果から総合評価により判定し、上位50名のみとしています

これを見る限り、すべての項目はJAXAが求める基準を満たしてはいたが、その総合スコアにおいて上位50人には入れなかった事になる。

(おまけ以外本文無料で読めます)

挑戦していた理由

これはシンプルな信念が根底にあって、「向いている人が向いている事をやるべき」と思ってる。適性があれば、自分の意志にかかわらずそれをすべきだ、とも言い換えられる。挑戦していた理由の1つ目は適性を知るためだ。

2つ目の理由は、挑戦の過程そのものを重視していた事だ。昔、ある宇宙飛行士が子供向けに書いた文章で、「宇宙飛行士に向いている人というのは、学級委員長ではなく、転校生に最初に話しかける人だ」と言っていた事をずっと覚えていた。宇宙ステーションという閉鎖環境でうまく任務を果たすには、一言でいうと「善良な人間」である事が求められる。

宇宙飛行士には数人しかなれないとしても、「宇宙飛行士を目指す人」には誰もがなれる。私はどちらかというと邪悪な人間だったから、選抜に参加して、宇宙飛行士を目指す事で、ナイスガイになろうとした。

総じて、「できるならやる」「過程に意味がある」というのが大きな動機だったため、受験者中で最も情熱に欠く挑戦者だったかもしれない。でもそれは間違ってないと思っている。

「宇宙飛行士になる」事を目的とすれば、その目的のために自分をよく見せようとしたり、取り繕ったりするインセンティブが生じる。でもそういう取り繕いはしんどい。でも「挑戦し続ける事」を目的とすれば、理想の宇宙飛行士を常に意識し、特に人当たりの面で常に自省を続ける事ができる。

挑戦により得られた成果

残念ながらまだこの段階ではいわゆる泊まり込みの選抜試験のような醍醐味は得られなかった。人間ドック程度の医学検査のみで、精査入院なみの医学検査はセミファイナルで予定されている(予算を考えれば当然)

一方で目指す過程で成長するという目標は一定の成果を挙げることができた。まず1つ目は過去・現在・未来の自分を再観測できたということだ。

過去
ESを作成したり、各課題を提出する際は自分の歩みを振り返った。それによりその過去から導かれる自己の強みと弱みを知ることができた。

現在
諍いを柔軟に避け、善人であろうとする規範が生まれた。
また視力や柔軟性といった項目も重視されている事からデスクワーク時のストレッチや目を休める習慣を身につける事ができた。

未来
宇宙に捧げるかもしれなかった人生が丸々手元に残った。

こうしてみると未来の選択肢が変更された事は相当に大きいように感じられる。こうみえて私は結構楽天家だから、すべての選抜に合格してしまったらどうしようか、というのはちょっと考えたりしていた。

つくばに住み、人生のすべてを宇宙に捧げる。夏休みや有給はあるとしても、自由度は低くなるし、ソリが合わなくても身動きは取りづらい。年収も今の3割程度になるだろう。もちろん宇宙、もしくは月に行く、というのはそれを無効化するほどの魅力がある事には間違いない。選ばれたら、恭しくその任務を拝命するだろう。

人生、再入荷しました

人生に選択はつきものだ。とはいえ、多すぎると次の一手が読めてもその先が読みにくくなる。選ばれた場合、選ばれなかった場合、また結果が出るまでに今関わっているプロジェクトが完了している場合、完了していない場合、組み合わせの数は無数に広がる。

選択肢の不確定性が増すほどに、考えなければならない事も増えるし、決まるまで選択できないことも増える。多くのものが宙に浮いてしまう。だが、実際は宇宙飛行士候補には選ばれなかった。JAXAに差し出すつもりでいた人生が丸々手元に残った。

なんたる幸運か。もう今日からはこれを、自分の思うように計画し、設計していけるのだ。想像してみてほしい。いきなり人生がまるごと一つ手に入ったんだ。(もとから自分のものだったとはいえ)

最終試験で噂される回転椅子試験を突破するため、あえて車酔いを誘発しながら本を読んだりする必要はない。あまり健康増進には効果の乏しいシャトルランも、苦手な前屈も練習する必要もない。

選抜されたら途中で途絶える事になっていた研究も、その心配なく続けられる。その先に思い描いてた夢、脳研究における、一種の革命にも挑戦することができそうだ。思えば、こっちの挑戦があまりにも難しすぎて、そこから逃げたくて宇宙を目指していたところはあるかもしれない。

怖くて仕方ないほど好きなもの

この上半期、YOASOBIの群青をよく聞いていた。「好きなものを好きだと言う 怖くて仕方ないけど 本当の自分 出会えた気がしたんだ」という歌詞は心に強く響いて選抜試験にエントリーするときの背中を押してくれた曲だった。

その後も折にふれてこの曲を聞きながら選抜試験の日々を過ごしていたのだけれども、怖くて仕方ないほど好きなものは、宇宙ではなく、今進行中のプロジェクトや手の中にあるアイデアの卵の方だった事に今日気づいた。まるで生まれ変わった気分だ。

好きなコピペに以下のようなものがある。

10年後にはきっと、せめて10年でいいからもどってやり直したいと思っているのだろう。今やり直せよ。未来を。10年後か、20年後か、50年後からもどってきたんだよ今。

今までピンと来なかったけど、もし将来、過去の何処かのタイミングに戻れるとしたら、選抜試験を受ける前ではなく、むしろ今日という日を選ぶだろう。選抜試験をもう一度受けて今度はセミファイナルに進むことよりも、むしろ、人生がまるまる一個分儲かった日を起点にして、より達成感の大きな人生を選ぶだろう。

死線をくぐってきた武士は大河ドラマでは「一度捨てた命、主君のために捨てることに躊躇はござらん」と言いがちだ。自分はそこまでは達観してはいないけれど、一度捧げて戻ってきた人生なので、もう一瞬たりともつまらん事には使わないようにしよう。これに気づけただけでも、挑戦した価値は十分にあった。

おまけ

JAXAは5年後にもまた募集をするそうです。ここまで選抜を進める上で役に立った本を3冊をまとめておきます。主にSTEM試験と一般教養試験の対策本です。バベルの塔のように参考書を積み上げた写真をSNS挙げている人いましたが、この3つを必須問題だけ解いたら十分戦えました。

特にSTEM試験では1問を除き全問解けたけど、JAXAから届いたSTEM試験の偏差値と受験者数から順位を計算したら7位だったので、全問正解は最大でも6人程度と考えています。

STEM試験の通過はおそらく5年後も200人程度になると思うのでトップを取る必要はないし、今回のノウハウが出回ってインフレしたとしてもさすがに全問正解が100人以上出るとは考えにくいです。なのでペーパーテスト対策はさっさと終わらせてベスト10か30くらいにポジションを取って、浮いた時間で本業に集中して自分の価値高める方が個人にとってもJAXAにとっても社会にとっても良いんじゃないでしょうか。

セミファイナル進めた人、あるいは5年後再チャレンジする人はご武運を。

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