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酔っ払いの戯れ言〜リプライズ〜

酒を買う。今日はクリスマス・イブだ。ケンタッキー・フライドチキンを手土産にして、ビルの裏手に回る。人通りは無い。、他人の視線から上手に逃げられる。故障して「使用中止」の張り紙が貼ってある送水口と薄汚れたベンチで仕事帰りのオジサンが迎えてくれる。ホコリだらけのバックパックがベンチの足元に無造作に置かれている。工事現場の交通案内で使われる指示棒がアンテナみたいに突き立っている。オジサンは今日もゴキゲンだ。
「ご苦労さま、よく頑張ったな」
「無事に今年もこの日を迎えることができました。」と僕はおじさんにチュ-ハイを目の前で振った。こんないつものやりとりが安心できる。安い師走のル-ティンだ。
「年寄りくさいことを言っているよ。おまえもそう思うだろう。」と酔っ払いのおじさんは隣の真鍮製の送水口に話しかけた。手元にあるワンカップのおかげでで安心していられる瞬間だ。すでに出来上がっている。酒の賜物だ。
「今日はどんなお話をしていらっしゃるのですか?」と僕は聞いた。オジサンが送水口と会話するのは慣れっこになっている。酔っ払いの戯れ言。テキト-に合わせた方が盛り上がって、面白い。そこら辺は心得てる。
「真鍮は銅と亜鉛の合金だ。そんな話はどう(銅)でもいい、俺の性には合えん(亜鉛)だとさ。」
「オヤジ・ギャグですか?横っ腹に穴が空いてる大ベテランと話が合いますね。」
「馬鹿言うなよ。俺は現役だよ」
この場所でチュ-ハイを飲むようになってから、口の利き方が悪くなった。それは自分でも自覚している。酔いがまわれば世界は丸くなる。それまでの話だ。僕はメガネ・オジサンの描かれた箱をオジサンに振って、示した。オジサン二人は共に笑顔だ。僕も笑顔だ。
「フライド・チキンを食べませんか?」
「青年よ大志を抱け!いい傾向だ。」
「フライド・チキンですよ。プライドじゃないですよ。」とオジサンのつまらないボケにやる気のないツッコミ。間が抜けているからこそ場が盛り上がる。
「今日はいやに寒いですね。雪でも降ってきそうだ。」
「確かにな。ほらもうやってきた。」とオジサンは手の平を上にして、右手をまえにゆったりと出した。揺らぎながら差し出された指先に雪の粒が落ちて、すぐに消えた。その手が微かに震えているのは寒さと雪の冷たさだけだろうか?お互いに深くは詮索しない。それがこの場所のマナ-だ。それは心得ている。
「今夜は楽しい夜だ。メリ-クリスマス。雪が降ってきたね。あんたも楽しくやろうよ。」とオジサンは言った。壊れた送水口を観ていない。視線が中空をさまよっている。僕の背筋に冷気が走った。余計ななお節介だけど、心配になる。
「メリ-クリスマス。確かに降ってきました。今夜は特別な夜になりそうです。」
僕の後ろで声がした。若い男の子の声だ。やたらと高い位置から声が響く。
慌てて振り返った僕はかなり太り気味のサンタクロ-スがそこにいた。唐揚げとビールは控え目にしたほうがいい。声は若い。未成年だろう。すでに酒の味は覚えたのかな?それでも余計なお節介はしない。お互いに深くは詮索しない。それがこの場所のマナ-だ。彼が現在を楽しむことが大切だ。
「メリ-クリスマス。」とだけ僕は彼に言った。

〜ギタリスト・大黒朋哉のインタビュー記事からの抜粋〜

両親を予備校の合宿に参加するからと騙して、7万円を出して貰って、ギターを買ったんだよ。そして、いざ冬休みになったら、家に居るわけにいかないから、友達の家に転がり込んでデパートでアルバイトをしていたよ。店長から「大黒君、君さサンタクロースになってよ。身長がデカイし、体型は布袋をお腹に詰めれば幾らでも誤魔化せるから」と云われて、サンタクロース役をやっていた時だった。腹の部分が異様に膨らんでいて、動き回るのが本当に大変だったと今でもよく覚えてる。休憩場所として使っていたビルの裏手の壊れた送水口のところでカップ酒を飲んでいるオジサン達がいて、ちょうどその時に雪と「ホンキー・トンク・クリスマス」のアイデアが降ってきた。彼らが「メリ-クリスマス。降ってきたね。」と急に声を掛けてくるから、俺は「確かに降ってきました。」と答えた。アンテナにどこからか電波が飛んできたんだよ。その時に絶対に俺は「日本で一番デカイ音で自分のギターを響かせる」と決めて、今に繋がっている。あのオジサンはどうしているのか分からない。俺の曲を何処かで聴いていてくれたら嬉しいなってデビュー以来、今でも思っているよ。俺にとって強烈なクリスマスの思い出だね。

その記事を読んだのはいつ頃だったかな。このインタビュ-に出てくるオジサンたちが僕たちだったなら、この世界にはロックの神様なんて存在しないって思う。僕は元気さ。歳は重ねたけど、未だに現役だ。しかし、オジサンはかなり複雑で説明に困るってこんな状況だよな。
「クリスマスになるとあの曲がどこかで聞こえてくるんだよ。何かさ、嬉しくなっちゃうよね。」
オジサンはいつもそう言うのさ、そして、酒の量が増えるんだよな。ロックの神様がどこかに存在すればオジサンはあちらの世界に旅立って、伝説になっているはずさ。彼は未だにバリバリだ。ズレて、歪んで、笑ってる。それでいい。真相を今やスタ-になった彼に確認はしない。お互いに深くは詮索しない。それがこの場所のマナ-だから。だけど、僕もオジサンもクリススになると嬉しくなっちゃうよね。


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