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鉄琴/宝石(詩)

 詩 二篇


 鉄琴   丸田洋渡

 うちは木琴やからごめんね、と言われて、別に謝らんでいいよ、と答えた。何故かその子が泣いてるから、泣いていいんはこっちだけやのに、と思いながらハンカチを渡した。/自分以外の全員が木琴で、私だけが鉄琴であることは、はじめは自慢だったが、今はもうお金をいくら払ってもいいから木琴にしたいと恥ずかしく思っている。/放課後、涙を溜めながら早足で階段を下りると、関係のない地学の先生が「なら木琴買えばいいじゃん」と笑っていて、「それができるんならもうしてます」と睨み返した。/学校を出て、涙を落としながら角を曲がると、待ってくれ! と後ろから声を掛けられる。/クラスメイトの、なんとか君だった(みんなから、本名とはかけ離れたあだ名で呼ばれていて、わたしは彼の本名もあだ名すらも忘れている)。「おれんち、楽器屋だから、なんとかなるかもしれん。だからそう落ち込むなよ」と、心から心配してくれているような表情だった。/「落ち込む、とかはもう違う。気持ちは嬉しいけど、迷惑かけたくない」/私は走ってその場を離れようとしたが、彼が私の腕をつかんで、「なんでおまえはいっつもそんな……」「何?」「お前がどう思ってるか知らんけど、みんなお前の手助けがしたいって思ってる」「それが何? その手助けは届いてないし、気持ちだけじゃもうどうにもならんことくらい分かってよ」/彼は手を離して、/「お前はみんなに愛されてるってことだけは分かっといてくれ!」と叫んで、逆方向に帰っていった。まるで負け惜しみみたいで、聞いてられなかった。/学校を卒業したら、これもいい思い出として思い返すんかなあと思うとちょっと面白い。でもその頃には、今のこの苦しさは千分の一くらいになっていて、今のうちから、時間というシステムに腹が立って仕方なかった。/私は誰もいない家に帰って、部屋に入ってすぐベッドに体を投げた。そしてひとしきり泣いたあと、布団のなかで目を瞑って、鉄琴の練習をした。必死に両手で想像の鉄琴を演奏する。こういうところを、みんなが愛してくれているのかなと思うと、ますます泣けてきて、練習どころではなかった。


 宝石

 シートベルトをつけていないと/子ども用スプーンが/回転するための助走に/新宿駅/アイスが再び凍る/夜になる/入口の販売員に話を聞く/「あとにしてくれ、今は子どもで手いっぱいなんだ」/持ち帰って、皆で分け合って食べた/カーニバル/機械室/聞こえているが文法がなっていない/ハーモニーで/うしろで燃えている絵/私たちを照らす電気のその電力/私は花火が見える所定の位置につき、食べられるものを食べた/無料の祭に惹かれて来ると 、全員が声を奪われたように、口をぱくぱく動かしているだけで、何一つ音は無く静かだった/それについて議論したかった。でも声を出しているこちらがふざけているような気持になって、話すのもやめた/
 声に気づいた警備員が奥の方から近づいてくる。/正しくは、警備員の役割を担っているだけの青年だったようだが/「すいませんけど、声出すんなら、あっちの有料の祭ん方へ移動してもらえます?」/お金ですか、と聞くと、お金です、との深い頷き/わかりました払います、と私は左のポケットから金貨を出した/これって使えます?/相手が首を横に動かそうとしたとき、「使えますよね?」と即座に圧をかけた/私は圧をかけることに関しては得意だった/警備員もどきは、あいまいな口調で、「たぶん駄目だけど、俺がこれを欲しいんで、個人的に通してもいい?」/それは質問ですか、と聞くと、質問っていうかあ、と言う/なんでもいいですが通りたいのでそのようにしてください/月みたいな笑顔で、そちら御通り下さいと道を丁寧に開けられた/

 一歩一歩/踏み入れると、有料の世界はきらびやかで、恐ろしくて/全身は感じた。/全てがうるさい。/音といい、声といい、言葉といい、色といい、指し示せる全ての事項が/ほう/金貨一枚でこれほどまで世界を格上げできるのかと思ったし、やっぱりお金かーとも思ったし。/振り向くと警備員もどきは建物の陰に隠れて、手のひらの上にある金貨をまじまじと見ていた。嬉しそうに空にかざしたりしている/なんだか惜しいことをしたなあ/
 知らない民族の知らない衣裳の知らない舞踊/人間の柔軟性の限りを尽くした姿勢で宝石を売っている人/食べられるとは思えないカラーの食べもの/この道の先に、無印良品があったら、私は絶対に笑うだろう……/周囲の人々は、メロディアスなイントネーションで喋っているが、意味はいまいち理解できない。/うるさいが何一つ理解できない状態と、まったくの無言状態との差は一体どれだけあるのか。/
「おれは歴史学者だが」と聞こえた/意味すぎる/その声のする方に目を向ける/ある男が破れた金魚すくいのポイを持ったまま、屋台の店主に話しかけている/有料版の金魚すくいは圧巻だった/金いろの魚ではなく、魚のかたちをした金だった。/魚っぽい金が、緩やかに動いている。動きが遅いから掬う難易度は下がっているように見えたが、重さがあまりに違いすぎて、すぐにポイが破れてしまう。/「おれは歴史学者だが/息を飲む/「それでもこのポイは変更できないものか」/「なら変えない方がいいんじゃないのか」と店主。/「でも、あんたが何者だとしても、うちは金さえ払ってくれればそうするよ。あらゆる手を使ってポイを強力にしてみせよう」/「じゃあ」/歴史学者のポケットから、生の金貨がぼろぼろと出てきた/「何枚欲しい?」/店主は金魚みたいに目を輝かせ、「もらえるなら全て」/「へえ」/大きいつくり欠伸/「じゃあ5枚」/あい/じきに鉄でできた網が渡された。/なんだあれ/確実だ。あんなの微塵もおもしろくない。確率自体を扱ったゲームなんじゃないのか/遊びをつまらなくさせるためにわざわざ金を支払うなんて愚行だ/傍を通り過ぎようとふんふんと歩く/「あ!」/なんだなんだと振り返ると、歴史学者が穴の空いたポイを空中に掲げている/紙と同じように溶けているように見える/「これは水に溶ける鉄なのか?」/店主はにんまり/「そうです」/それなら面白い/私の後ろで歴史学者は、「新しいものを教えてくれたことに感謝するよ。五枚の価値はあった」/
 はたして/このまま歩いていって祭の最後の地点には、何かがあるか、誰かがいるか、どちらかだと思った。/「どっちだと思う」/子どもが右後ろにいてくりくりと私を見ている/「知ってるの?」/「うん」/「教えて」/「人」/と即答/見たことあるの?/ある、見に行くたびにそれは変わってる/何人もいるってこと?/二人、ひとりは、ずっとそこにいる。それを見ているもうひとりが、いつも変わってる/なんで見に行くの、/時々、見たくなるから/私たちの会話はテンポよく続いた/子どもは急に覚醒したように飛び跳ねて、/私の目の、眼球の寸前で停止/キスするほど近いところに立って、目を見開いて、/「一度見たらねえ! またすぐに見たくなるよ!」と言った。/

 私は有料の祭が見てみたいという一心で、それ以外の欲求は無かった/欲しくもなく、欲しくなることも無かった/直進で歩いて行けた/それに、おかしい/心電図/電撃/ハート/ラブ/的な直感で、ここで買ったものは持って帰れないような気がした/浮かされているだけで/ね/周囲のきらびやかさは限度を超え始め、雨みたいに、絢爛さが浸透してきて/目を開くことすらやっとの地帯/その向こうの行き止まりに、金と赤色の広い空間が見えた。/あの子どもの言うとおり、人はここに二人いる。/一人は、死んで横になって倒れている。見開いた目は乾燥して罅が入ろうとしていて、来場者の方を凝視している。もう一人はそれを見下ろしている/全身黒い服を着ている/死体は喋れないだろうから、見ている方の人に、何をしているんですかと聞くと、/「弔いです」/と言う。/(こんな場所で?)/さっきの角度では見えなかったが、死体の腹部は開かれて、宝石がぎしぎしと詰められている。/ここで揃えたのだろうか/ここでしか、揃わないのだろうか/ところでところで/さっきの子どもは見に来るたびに、見下ろす人の顔が変わっていると言っていたが/それは一体/顔をよく見せてもらって/わ/私が驚いた瞬間、見下ろしていた人は心で泣きはじめて、それが黒い光になって、たちまち私の体に浸透した/あらら/私が悲しくなってきて/死体を見下ろしている/とても宝石が足りない気がする/でも私は買ってこなかったから/この人に差し出すものは何も無いなあ/長いなあ/なんか……/

 しばらく/カレンダーは何十枚かめくられ、/子どもはスキップで見に行った/見下ろす人が、どうも見たことあるかも無いかも/いつ会って、いつ会わなかったか/子どもの記憶力には限度がある/しかし子どもは子どもごころに、/宝石を羨む気持ちはよーく分かる。/と思った。



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