Stir/Scarlet (50首)
Stir/Scarlet 丸田洋渡
天の暖炉 天の暖炉ここは だからもう動かないで眠る気でいるよ
○
季節考 後ろからコーヒーが来て前から紅茶が来た 窓に風
喫茶店カランコロンカラン常連とおぼしき人のベージュの装い
紫が頼んだモーニングセットにベージュが「私も」と囁いた
そんなに辞めたいんなら辞めれば? 氷ごと割れてしまったグラスを拾う
スカーレット 狂いだした腕時計をこの世界そのものだと思う
色褪せる家族 掻き混ぜるカクテル 眠るには記憶が多すぎる
○
昨日も明日も楽しかったし楽しそう缶のココアが滑って凹む
卒業式前日のあの昂揚と感傷……眠りながら歯を磨く
良い友を持っていたなとよく思う椛まみれの自販機のお茶
元気にしてるかなってもうそればっかりで でも怖くて聞けはしなかった。
新作が出ない出ないと思ったら七年前に亡くなっていた
だとしても晴れない思い 垂れ落ちる受話器から声の砂嵐して
おもしろい。立てていること。地球儀の中の私を陸ごと撫でる
あの頃という他にない 猫がいたりいなかったりの坂を歩いて
○
夢に見る 言わなかったら四人とも幸せになれたんだろうかと
友だちA・C・D・Eが消えていく神話のような積雪の朝
Lucid Lucid Lucid Dream 月蝕の平均台をゆるりと歩く
命からくる火花を蒐集するのが好きで瓶だけの部屋を造ったくらいだ
カレイドスコープ 銀の受話器を手に取って木造のあなたと話し込む
めまい まだ話し声がする高架下 硝子世界の崩壊と再建
剥きだしの硝子の眼 ああ綺麗な手 光で溶けてしまう関係
in vain 血管をほどいていると次々に罵声が飛んでくる
紙みたいに密かに話したとしても宇宙は聞き耳を立てている
夢の最後の珊瑚礁 海水で焦った胸を両手で押さえて
○
想像のあなたはまだ泥人形で関節を回転させている
太陽が降りては降りては水たまりへ口づけて離れて口づけた
図書館の噂を聞いて地下街に来てみたら肉屋しかなかった
人でないもの載せすぎて叫び声夜通しあげ続けたエレベーター
一階の人は天井の、三階の人は床のその先を見つめた
建物はラフ・スケッチの 映画館よりはカジノに近い保育所
悲しませてはいけないと集まってくれた全ての学級担任
浮き上がる金魚〈テープの時代は終わり、CDも古びようとしている〉
可塑の街 ゆれる夢の渦 液状の抱擁は混ざるマーブル模様
いのち短し○いのち短し○いたずらでドミノに息を吹きかける感じ
まるで宇宙の煮沸消毒 まるで宇宙の煮卵にスープをかけている
○
倒れたらどうするんだろう電波塔 誰がどうしてくれるんだろう
水泳の息をつかって文字を書く 小学生で書道なら完璧
蜜と蝋で一杯の通学路へとあなたの熱視線浴びながら
おちる涙は銀紙のクリスマス緋色の子どもに緋色の願い
脳は不思議な水をあつめて放火魔のムーンサルトが失敗に終わる。
月で暮らす いずれは映画館も出来て映画評論家も増えてきて
重力が無くな る 気絶した鯨 もう元に戻らないエアバッグ
○
席を立ち席に戻ってきたころには全光景がやつれて見えた
二周目があったらきっと 初めから聞く気もなかった雪の講義で
透明の紐でちぎれた花の首 Todestrieb 風の結び目
オルガンと天蓋 向こうからの声に向こうの違う声が応じる
ティアラ 愛に毒されて彼らはテーブルからカウンターに変えた
貸看板に貸看板と書いてある 助手席のあなたは夢の中
○
後ろには運河とそこに浮かぶ船 not yours 黄いろい時間
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