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石を磨く(詩)

  石を磨く   丸田洋渡


石を磨く/風の音の下/風の音、というのは果たして どれくらい精確な表現なのだろう/石を磨く/風で葉が揺れる/比喩を持ち込むなら 風が葉を寝かしつけているところ/風は少しの間揺りかご/比喩、というのは果たして どこまでを言うのか/言ってしまえば、私が生きていること自体が ものすごく下品な比喩に思える/石を磨く/どれだけこうしているか分からない/どれだけ考えているか分からない/人、というのは果たして どれくらい考えながら生きているものなのだろう/考えれば考えるほど生きるのが面倒になってくる/それは、生きるという比喩自体の重量なのかもしれない/考えない方が楽なのだろうか/そもそも考えるべきことなど初めからあっただろうか/私は何を考えた気になっているのだろう/何を考えながら考えているのだろう/一つでも何かを丁寧に考えることが出来ただろうか/石を磨く/私は言葉を使って考え、/ときには言葉を用いることなく考える/言葉ではない考え方 は難しそうに思えるが/まだ言葉を覚えていなかったころの考え方で考えるだけである/少しの間幼児化する/ひたむきに風は私を寝かしつけようとする/考えるという行為は、言葉を必要としてはいない/言葉があれば、すこし前に考えた段階までひとっ飛びで省略できるだけである/思考に対する栞として言葉があるということだろうか/石を磨く/私が石を磨くとき、そこに石という名詞も磨くという動詞も存在していない/私すら存在していない/なんとなく空間があって/磨かれるものと磨くものが同居して/絶え間なく関係しあっている/今も/私のために用意された椅子に/私は座っていない/まるで私を含めた空間自体が、存在自体を煙たがっているように/紐解いていけば全てのことが潔癖に行き当たるかのように/石を磨く/時間が分からなくなった私は、次第に時間を必要としなくなった/時間というのは厳然と存在しているものではなく ただ一つの体感に過ぎないということが分かる/私は一人の 硝子のようで/眼差す他者を求めていた/自分だけでは透明で/とんと収拾がつかなくなってしまった/終わらせることも 始めないことも出来た/私が持て余した自由が/石に移っていけばいいのに/石を磨く/透明になった私は、少し昔の私と/遠く昔の私と/私の前の私と/ゆっくりと一致して/ところどころにノイズが走って/石を磨く/毎秒姿を変える私がどれだけ多層になっていっても/透明のままであるのは/私自身が比喩であるからなのだろう/やはり/風が私をすり抜けて/川の向こうを辷っていった/石を磨く/言葉は私を解剖しはじめる/比喩なのだから解読なのか/透明な飛沫を伴って/少しづつ切り開かれていく/磨く手と磨かれる石とが残って/その他すべては退きはじめている/石を磨く/石を磨く/世界が毅然として比喩を撥ねのけるために

 
20220714

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